Training Day

トレーニング・デイ  (2001年10月)

テロリスト・アタックの衝撃から人々も立ち直り始め、映画館にも人が戻ってきた。映画館だけじゃなく、TV、音楽、舞台と、人々は悪夢を吹っ切るようにまた競ってエンタテインメントに群がり始めており、世紀の大事件が起こった直後にしては、人々の立ち直りの早さは驚くほどだとニューヨーク・タイムズが評していた。


それにしても、「パール・ハーバー」が公開されるのが今じゃなくてよかったと、心から思う。あれは今か年末に公開されていたら、戦争ムードの国民を刺激して、今夏公開した時の2倍は人が入ったんじゃないかと思う。「リメンバー・パール・ハーバー」の合い言葉が巷に吹き荒れたんじゃないかと思うと、ぞっとする。やっぱり平和が一番だ。


さて、「トレーニング・デイ」である。実はこの映画もその他大勢に等しく公開延期になった口で、本当なら先々週、9月21日公開予定だった。舞台はLA、別にテロリストが出てくるわけでも飛行機が乗っ取られたり高層ビルが爆破されるわけでもないのだが、国民が映画という気分でもない時に公開してもしょうがないということで、延期になっていた。その上、作品内に派手にどんぱちがある映画はまずいという配慮が働いたのだろう。


念願のLAPD (ロサンジェルス警察) で刑事として働くことになったジェイク (イーサン・ホウク) は、ヴェテラン刑事のアロンゾ (デンゼル・ワシントン) と組まされる。アロンゾと一緒に街を流し、様々な体験をするうちに、ジェイクはアロンゾが結構汚いことにも手を染める悪徳刑事だということに気づく。しかしそれなりに経験を積んだアロンゾは刑事として頼りになることも事実で、綺麗事だけじゃこの仕事はこなせないとうそぶくアロンゾに、ジェイクは段々と感化されていくが‥‥


これまでほとんど悪役とは無縁だったデンゼル・ワシントンが、汚いことに平気で手を染める悪徳刑事を好演。こうやって見ると、ワシントンは悪役も結構いける。悪役としてデビューして、段々性格俳優から主演を張るようになる俳優というのは結構いるが、これまで正義の味方的役ばかりこなしてきた俳優が、本格的悪役を演じるというのはあまり例がない。それでもちゃんと役が板についているように見えるところなんか、さすがである。この役のためにわざと体重を増やしたんだろう、上着を脱ぐと腹に肉が溜まって、ちゃんと嫌な中年野郎に見えるように身体を作っている。アメリカでは役作りに体重の増減を図ると批評家の受けがぐんとよくなるし、その上まだまだスクリーンの上ではマイノリティの黒人がいい演技を見せると、挙ってアカデミー会員が投票するので、ワシントンはまたオスカーにノミネートされるという気が濃厚にする。


一方の、新米刑事となるイーサン・ホウクも、彼って既に30歳を超えてるだろうから、今さら理想に燃える新米刑事なんてちょっと無理があるんじゃないのと思っていたが、全然悪くない。ワシントンと五分にわたりあっている。しかし今回はワシントンの映画なので、頑張っているとは思うが、見終わった後にワシントンほどの印象が残らず、損している。話の上では彼の成長物語ともとれ、主演といってもいいくらいなのだが、いかんせん今回は脇ということで我慢するしかないだろう。


演出は「リプレイスメント・キラーズ」のアントワーン・フクア。というか、私は「リプレイスメント・キラーズ」を見ていないので、ラップのミュージック・ヴィデオの監督、特に「デンジャラス・マインズ」の主題歌、「ギャングスタ・パラダイス」の監督としての印象の方が強い。「トレーニング・デイ」にも、人脈を活かしてスヌープ・ドッグやドクター・ドレイ等のラッパーやメイシー・グレイ等の黒人歌手が大勢出ている。それにしてもラッパーって、ドラッグ・ディーラーやアディクト、その他もろもろのギャングなんて役をやらせると、皆、全然違和感なくはまるよなあ。


悪徳警官といえば「セルピコ」か「プリンス・オブ・ザ・シティ」がすぐに思い浮かぶが、これらは悪徳警官に囲まれた正義の警官が主人公であったため、正確には悪徳警官を主人公とした作品とは違う。完全に悪役を主人公にしちゃうと、最後は勧善懲悪がお決まりのコースのハリウッド大作アクションとしては異色作になってしまい、収まりが悪くなる。だから「トレーニング・デイ」も、ポイントはワシントン演じるアロンゾがいったいどこまで悪役なのか、本当に骨の髄まで悪役なのか、最後に何かの大きなどんでん返しがあるのか、と思わせることで観客を最後まで引っ張る。特にワシントンは現在、黒人ではほとんど唯一とも言える、白人を相手に堂々と主役を張れる俳優であるので、よけい悪役というのが意外に思える。


正義の味方的主人公が悪役を演じるようになったというので真っ先に思い出すのは、やはりジョン・トラヴォルタであろう。「ブロークン・アロー」、「フェイス/オフ」、ついこないだの「ソードフィッシュ」と、いつの間にやら悪役をやるほうが多くなってしまった。ただし、トラヴォルタの場合、どんなに悪役をやらせてもやはり根っ子の方の愛嬌が顔を出すので、100%悪役といっても、どうしても憎みきれないところが残る。最近ではやはりこれまで善玉専門のハリソン・フォードが「ホワット・ライズ・ビニース」で悪役をやって意外性を出していたが、あれは追い込まれて悪いことをしてしまったという設定だった。そう言えば、フォードもトラヴォルタも、どちらもアメリカ大統領の役もやっている。役者も善玉も悪役もこなせる清濁併せ呑むような度量がないと、大統領役は巡ってこないということか。ということは、ワシントンが大統領役をやるのもそう遠い話のことではないだろう。


悪役とは違うが、今、女優で最も高額のサラリーをとるジュリア・ロバーツが、彼女が最も人気のある女優である所以の笑顔を一度も見せない、ダークな「ジキル&ハイド」に主演して大コケしたことを思うと、たとえ人気のある俳優でも、自分の持ち味以外のところで勝負しようとすると、えてして失敗しやすい。観客はそれを欲してないからだ。私は「ジキル&ハイド」はロバーツのベストのパフォーマンスの一つと思ったが、誰も見てくれないんでは話にならない。それが今回のワシントンは、最初から悪役、悪役とうたっている。そこまで強調されると、逆に見る方としてはなんか裏があるのではと思ってしまう。ワシントンの悪役なんて、観客は本心から信用してないのだ。かくいう私もその一人であった。さて、で、本当はワシントンはどこまで悪役かということについては、見てのお楽しみということにしておこう。いずれにしても彼のベストのパフォーマンスの一つという評が多いが、それは間違いないと私も思う。







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