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トラフィック  (2001年1月)

2000年末のデッドラインぎりぎりになって、オスカー戦線に間に合わせようと、スタジオのそれなりの自信作が相次いで公開された。その筆頭がこの「トラフィック」である。この映画、そういう映画があることは知っていて、できもよさそうだとは聞いていたけど、いきなり12月末のゴールデン・グローブ賞のノミネーション発表で、作品賞、監督賞、脚本賞の主要3部門にノミネートされているのを見た時には驚いた。だってこの映画、基本的にはまだ公開されていなかったのだ。見ているのは業界やマスコミ関係者だけで、彼らが見てよいと思ったからといって、まだ実物を見てもいない我々一般市民は、いきなりつんぼ桟敷に置かれたようなものである。少なくともアカデミー賞はノミネート作品発表の時までにすべての作品は出揃っているが、ノミネート作品に未公開作品が混じってしまうゴールデン・グローブ賞は、選択の基準を考え直した方がいいのではないか。


しかしまあ、そういう関係者が挙って誉める映画が公開されるのを待つ、という気分も悪いものではない。特に一昨年、昨年と、「イギリスから来た男 (The Limey)」、「エリン・ブロコビッチ」と水準以上の作品を連発し、今最も期待されている監督スティーヴン・ソダーバーグの新作となればなおさらである。


「トラフィック」は89年にイギリスで製作されたミニシリーズ「トラフィック (Traffik)」を下敷きにしている。メキシコを経由してアメリカに流れるドラッグに対する、現代アメリカのドラッグ戦争を描くものである。映画は3つの主要なストーリーが交互に描かれる。メキシコで2大麻薬カルテルに戦いを挑む麻薬取締官ハヴィア・ロドリゲス(ベニシオ・デル・トロ)、ワシントンD.C.で新たな麻薬取り締まりの長官に任命されたロバート・ウェイクフィールド (マイケル・ダグラス)、サンディエゴの何も知らない有閑マダムのはずだったのに、裏で麻薬を扱って逮捕された夫のために新しい世界に足を突っ込むことになるヘレナ (キャサリン・ゼッタ-ジョーンズ)が、いわば各ストーリーの主人公となる。


それぞれのストーリーもよく練られていて、実に面白い。どのストーリーも、膨らませて1本の話にしても充分よくできた作品になるだろう。脚本は「英雄の条件」のスティーヴン・ギャガン。メキシコ編では、まずデル・トロがこんなにいい役者だとは知らなかった。たまたま先日TVでアベル・フェラーラの「フューネラル」を見る機会があった。そこでのデル・トロは大きな役ではなかったとはいえ、それでも印象に残るようなものではなかった。「ユージュアル・サスペクツ」も、ケヴィン・スペイシーがいたこともあって、やはりそれほど印象に残っていない。それがここではどうだ。一匹狼的なエージェント姿が、実に様になっている。こんなに印象的な演技のできる役者だとは思ってもいなかった。


ワシントンD.C.編で、実の娘がヤク中になっていることを知らずに麻薬を取り締まる側の最高の地位に着くウェイクフィールドを演じるダグラスと、その妻バーバラを演じるエイミー・アーヴィングは悪くはないが、その娘キャロラインを演じたエリカ・クリステンセンと、彼女に薬を教える同級生のセスを演じたトファー・グレイスは、さらにいい。クリステンセンは、はっきり言ってどう見ても美人の部類に入る顔立ちではないが、そのため逆に役に真実味を与えることに成功している。確かにこういう子ほど薬に手を出しそうだ。グレイスはちょっとFOXの「ダット・セヴンティース・ショウ」を見ないうちに、大分成長していて驚いた。いいとこの甘ったれた坊っちゃん風の雰囲気がよく出ており、クリステンセンと共にこの映画の掘り出し物の一人である。


サンディエゴ編では、DEA (Drug Enforcement Agency: 麻薬取締局) のエージェントに扮するドン・チードル、ルイズ・ガズマン、小物のドラッグ・ディーラーに扮するミゲル・ファーラーなど、ここでも印象的な人物は多いが、やはり何の取り柄もなさそうな有閑マダムがドラッグ・ビジネスに足を踏み入れて行く様を説得力たっぷりに演じたゼッタ-ジョーンズが、他を圧倒している。ゼッタ-ジョーンズって「マスク・オブ・ゾロ」しか見てなく、アクションもこなせる女優、くらいにしか思っていなかったので、正直ここまでできるのかと驚いた。多分本当の妊娠中に撮影したのだろう、顔がむくんでいて、これじゃ全然美人じゃない。出演をOKしたのはまずかったんじゃないの、現旦那のダグラスのごり押しがあったんじゃない、と危惧していたが、まったくの杞憂だった。逮捕された夫に面会しに刑務所に行ってさめざめと泣くだけしかできなかった女性が、自分の生活のステイタスを落とさないために人殺しを依頼するのも辞さないようになっていく。車の中で殺せ殺せと叫ぶところなんて、むくんだ顔が異様に迫力あった。


これだけの人間が出ていて、ほとんどミスキャストに見える人物がいないというのは大したもんだ。というか、役者のそういう実力を引き出すソダーバーグの力量というものに本当に感心してしまう。この中ではただ一人、ゼッタ-ジョーンズの夫の弁護士を演じるデニス・クエイドが、大きくクレジットされている割りにはほとんど出番もなく、その上あまりしっくり来なかった。私は実は結構彼が好きなのだが、今回は?マークだな。あと、「エリン・ブロコビッチ」に続いて、アルバート・フィニーがちょい役ながら出演している。彼は出番が少なくともほんとにいい味出すなあ。


映画を見てまず最初に気づくのが、3つのストーリー毎に異なるカラーの発色の相違である。メキシコ編ではほとんど真黄色に近い、粗い粒子の画像であり、ワシントンD.C.編はちょっと青っぽく、サンディエゴ編が最も常識的に普通のカラー画像に近い。メキシコ編の画像の粗さなんて、わざとというより、まさかヴィデオで撮ったのかと一瞬どきりとしたほど粗い粒子になっている。サンディエゴと、そこからそれほど離れているわけでもないメキシコでこれほど風景の色が変わるわけがない。私はちょっとやり過ぎかなと思った。もちろん本当に変わるかどうかが問題となるわけではないのだが。その撮影を担当しているのも、誰あろうソダーバーグその人である。


それと、これ以上派手にやると、気になって逆効果になるという寸前でうまく留まっているジャンプ・カットも、冒頭でなかなか効果的に使われている。わざとやり過ぎて見る者を不安定な気分にさせるラース・フォン・トリアーのジャンプ・カットに較べたら、ソダーバーグのジャンプ・カットはちゃんと物語をうまく語ることに貢献している。ただし、物語を語る達人であるソダーバーグは元々ジャンプ・カット向きの人ではなく、話が展開するにつれてジャンプ・カットはなりをひそめるようになる。


ソダーバーグは、いまや名実共にハリウッドの監督の第一人者となった。10年前にもろインディインディしている「セックスと嘘とビデオテープ」を見た時には、この監督がハリウッドで成功するとは夢にも思わなかった。ウッディ・アレンみたいな知的アンチ・ハリウッド派の代表になるかと思ったのに、いまやハリウッド的アクションを撮らせてもそつなくこなす。ロジャー・ドナルドソンの「13デイズ」を見ていないから断言はできないが、今現在、政治スリラーでこれだけ興奮させてくれるのはソダーバーグとマイケル・マンくらいしかいないと思う。マンがフィジカルなアクションの達人なら、心理的アクションでソダーバーグの右に出るものはいない。


しかし膨大な人と金が動き、これまでとは製作規模が桁違いの「トラフィック」はソダーバーグに相当な苦労を要求したようで、もう2度とこの手の作品を撮るつもりはないらしい。撮影中はありとあらゆる難問が山積みで、ほとんど気が狂いそうになったと言っている。ま、そんなこと言わず、適当にほとぼりが冷めたところでまたもう一回こんなやつを撮ってもらいたい。と私が要請しなくても、きっとあともう数年経てばもぞもぞとまたぞろこの手のやつが撮りたくなるに違いない。こういうのは絶対癖になるのだ。賭けてもいいぞ。


ソダーバーグは「エリン・ブロコビッチ」と「トラフィック」で、ゴールデン・グローブ賞の監督賞にダブル・ノミネートされた。アカデミー賞でもダブル・ノミネートされたら、1938年の第11回アカデミー賞で「汚れた顔の天使」と「四人の姉妹」でダブル・ノミネートされたマイケル・カーティス以来62年ぶりの快挙となる。でもその時は監督賞は「我が家の楽園」でフランク・キャプラがとったんだけどね。いずれにしても売れっ子監督なら年間何本も監督した62年前と異なり、年間1本以上監督することが稀な現在のシステムでは、その重みが違う。昨年は一昨年の 「アメリカン・ビューティ」みたいなその年を代表する絶対的作品というものがなかったが、しかし少なくとも監督についてはソダーバーグの年として記憶されることになるだろう。ソダーバーグは既に一度一緒に作品を撮ったジョージ・クルーニーやジュリア・ロバーツとまた組んでの「オーシャンと11人の仲間」のリメイクが次回作に決まっている。撮影は今夏というから、今年中の公開は無理かも知れない。しかしまた期待してしまう。







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