ザ・グッド、ザ・バッド、ザ・ハングリー (The Good, the Bad, the Hungry) 

放送局: ESPN 

プレミア放送日: 7/2/2019 (Tue) 20:00-21:30 

製作: ハイムズ・フィルム、ESPNフィルムズ 

製作総指揮/監督: ニコール・ルーカス・ハイムズ 

出演: タケル・コバヤシ、ジョーイ・チェストナット、ジョージ・シェイ 

 

内容: ホットドッグ早食い競争で長い間ライヴァルだったタケル・コバヤシとジョーイ・チェストナットの関係に焦点を当てるスポーツ・ドキュメンタリー。 


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The Good, the Bad, the Hungry


ザ・グッド、ザ・バッド、ザ・ハングリー  ★★★

個人的には、大食い早食いをスポーツとして見ることには抵抗がある。大の大人が口から食べ物をぼたぼたこぼしながらそれでも口の中に食べ物を詰め込んでいく。なんと言っても見てくれが悪過ぎる。限界に達すると、盛大にそれまで胃の中に詰め込んだものを吐き出したりする。こっちまで吐きそうになる。 

 

勝負が競った時のエキサイトメントがないとは言わないが、それでも、勝負が競れば競るほど、視覚的には汚くなっていく。少なくとも美意識という観点から見た場合、あまり誉められた競技ではないという印象は、否定し難い。 

 

アメリカでその大食いを代表するものは、毎年7月4日の独立記念日にニューヨーク、ブルックリンのコニー・アイランドで開催されるホットドッグの早食い競争であることは、誰にも異論はないだろう。アメリカで早食い大食いと言えば、誰でも即座にこのイヴェントを思い浮かべるはずだ。毎年スポーツ・チャンネルのESPNが生中継することでも知られている。 

 

そのホットドッグ早食い競争で、一時、毎年優勝し続けた一人の日本人がいた。それがタケル・コバヤシ (小林尊) だ。身長170cmあるかないかの小兵が、頭一つほど図体がでかく、体重では倍ぐらいありそうな奴らに囲まれ、それでも彼らを上回る量のホットドッグを、次々に胃袋に収めていく。なんでそれだけ食ってお前はそんな身長と体重しかないんだ? 

 

かつて12分間、現在では10分間という制限時間内に、コバヤシを筆頭に優勝する者たちはだいたい50個から60個内外のホットドッグを食べる。というか、胃の中に押し込む。コバヤシはホットドッグをバンズとドッグに分割し、バンズは水に浸して一気に喉の奥まで突っ込み、ドッグと交互に食すというスタイルで記録を伸ばし、2001年から2006年まで50個前後のホットドッグを食い続けて6年連続でチャンプになった。コバヤシがチャンプになる前の年の優勝記録が25個だから、一気に記録を倍増させたことになる。 

 

ホットドッグを12分間で50個も食える人間がいることを誰も予期していなかったため、参加者の後ろでカウント・レイディが持つプラカードの数字が足りなくなり、急遽手書きで書き加えたという逸話が残っている。コバヤシの登場によって、それまでは単にお祭り的催し物だった大食いが、記録の更新と、それに伴う戦術やトレイニングが必要となるスポーツとして認識されることになった。 


コバヤシ自身の知名度もウナギ上りで、「マン vs ビースト (Man vs Beast)」「ザ・グラットン・ボウル (The Glutton Bowl)」等、FOXを中心に一時流行ったこの手の特番があると、なにはともあれ呼ばれて出場し、そして勝っていた。


この、一時無敵を誇ったコバヤシに、ホットドッグ勝負で初めて土をつけたのが、ジョーイ・チェストナットだ。ガタイがでかく、いかにも一見スポーツ系のチェストナットは、2005年からコンテストに参戦、この時は32個のホットドッグを平らげたが、コバヤシの前になす術もなく敗退した。しかしここでコバヤシの用いるホットドッグ分割呑み込み法を目にしたチェストナットは、自分もこれを取り入れ、翌年、今度は52個のホットドッグを完食、53個で優勝したコバヤシにあと一歩というところまで詰め寄った。 

 

チェストナットは、翌2007年から2009年まで連続して僅差でコバヤシに競り勝ち、王者の名を不動のものにした。それまで優勝者がホットドッグを50個強程度完食していたものが、二人が競ることによってさらに記録が伸び、2007年にチェストナットが完食したホットドッグは66個だった。 

 

2008年からはそれまでの12分間から10分間に競技時間が縮められたが、それでもチェストナットが完食したホットドッグは59個であり、ペースは落ちていない。その後チェストナットは2018年には74個のホットドッグを完食、この数字が今のところ世界記録だ。チェストナットはその後、2015年に一度マット・ストーニーに破れた以外はすべての年で勝ち、押しも押されぬチャンピオンとして大食い界に君臨している。 

 

一方、コバヤシはチェストナットに3連敗したとはいえ、大食い界における功績は大きく、2010年も当然チェストナットとの一騎打ちを行うものと期待していたファンは多かった。ところが、トーナメントを主催する国際大食い競技連盟 (International Federation of Competitive Eating: IFOCE) と契約条項で揉め、契約書にサインしなかったコバヤシは、参加を認められなかった。IFOCEの契約では他の国の他の大食いトーナメントへの参加を大きく制限され、別に活躍の場をアメリカだけに限っているわけではないコバヤシとしては、到底受け入れられるものではなかったようだ。 

 

それでもコバヤシ自身はトーナメントに参加したかったものと見え、ファンの応援もそれを後押ししたのだろう、コバヤシはトーナメント当日、会場に姿を現し、ファンから押されるようにステージに上ろうとしてセキュリティと揉み合いになり、逮捕され、手錠をかけられ、連行された。このシーンは当日の全米のニューズで報道された。 

 

私の目から見ると、コバヤシはただ、せっかくだから勝ったチェストナットにおめでとうでも言って握手して帰りたかっただけなんじゃないかと思ったが、観衆としては、そこで本当のチャンピオンはオレだ! とでも宣言させて場を無責任に盛り上げようとしてコバヤシをステージ上に押し上げようとして、それで結果としてセキュリティと揉み合いになったという印象を受けた。 

 

いずれにしても、なぜコバヤシはトーナメントに参加できなかったのか、なぜ逮捕されたのか、その後コバヤシはどうなったのかという疑問を持ったファンは多く、それらの問いに答えるのが、「ザ・グッド、ザ・バッド、ザ・ハングリー」だ。 

 

番組は、コバヤシがなぜ大食いという道に進んだのかというそもそもの発端から本人に話を訊く。それによると、コバヤシが大食いするようになったきっかけは、高校時代にあるという。寺の住職の息子だったコバヤシは、当時結構もてたそうで、コバヤシに食べてもらおうと弁当を差し入れする女の子がそこそこいたそうだ。せっかくの差し入れを食べないと悪いと思って、律儀にそれらの弁当をすべて完食したのが、コバヤシの今に至る大食いの道の発端で、毎日2、3kgの弁当を食っていたそうである。なんというか、わりといい奴なんだな、お前、というのが、率直な感想だ。 

 

番組でさらに驚かされるのが、コバヤシがやたらと泣くことだ。インタヴュウの最中に、実はあれはああだった、これはこうだったと、過去を懐古してやたらとよく泣く。こんなに涙もろい男だったのか、お前、と、これまた意外。わりと冷静にインタヴュウに受け答えしているチェストナットが、こちらはやたらとクールに見える。 

 

実際の勝負の場では、どちらかというとコバヤシよりもチェストナットの方が感情の起伏が激しいという印象を受けるのだが、プライヴェイトではまったく逆に見える。きっと二人共外野からでは計り知れないプレッシャーやストレスを受けており、その対処法の差が周りの者に与える印象の差となって現れるのだろう。彼らは彼らで大変だ。 

 

コバヤシは、今ではこのトーナメント以外の色んなところで別のトーナメントやら招待試合やらに出て生計を立てているらしい。現在、NFLで、国歌斉唱時に人種差別問題に異議を申し立てるために、黙って立て膝をつき、結果として干されて現在プレイできないコリン・カパニックという著名プレイヤーがいる。本人にどんなに才能があっても、ボスや開催団体に楯突いたら、干される。要するにコバヤシも同じ運命を辿った。それでも、今では吹っ切れて新しい道を歩んでいるコバヤシは、ラッキーと言えるかもしれないと、他に潰しの利かないカパニックを見ていると思う。 

 

因みに2017年にチェストナットが完食した72個のホットドッグは、合計で19,000kcalになるそうだ。成人男性の一日に摂取する推奨カロリーは、日本人で2,200kcal、アメリカ人が2,500kcalだ。いずれにしても、その10倍近いカロリーを、一日どころか一食で摂取してしまう。必須栄養素では、一日の推奨摂取量に対し、脂肪が1,600%、塩分1,900%、炭水化物700%、タンパク質1,400%と、これまた桁違いに多い。こうやって数字として示されると、大食いファイターは長生きしそうもないなと思ってしまう。 











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