放送局: ESPN

プレミア放送日: 7/4/07 (Wed) 12:00-13:00

実況: ポール・ペイジ、リチャード・シェイ


内容: 2007年度開催の歴史的ホット・ドッグ大食いコンテスト中継。


_______________________________________________________________


アメリカ人でも松井やイチロー、ダイスケの名を知らないスポーツ・ファンはまずいないと思うが、名を知らなくても顔だけならほとんどすべてのアメリカ人が知っているという日本人アスリートがいる。彼をアスリートと呼ぶかは疑問だが、もちろん大食い界のプリンスことタケル・コバヤシがその人だ。


ある日突然アメリカの大食い界、端的に言って最も著名な大食いコンテストであるニューヨークはコニー・アイランドで行われる恒例のホット・ドッグ大食いコンテストに燦然と現れたコバヤシは、2001年から2006年まで連覇に次ぐ連覇で人々の記憶に残ることになった。コバヤシという固有名詞は知らなくても、ほら、あのインディペンデンス・デイのホット・ドッグ大食いコンテストで毎年1位になるやつ、と言えばまず十中八九、ああ、あの男、と納得してもらえるはずだ。


ホット・ドッグのブランド、ネイサンズが主催のこのコンテストがアメリカで最も著名なのは、第1回開催が1916年と歴史が古いこと、ニューヨークで開催されていること、ホット・ドッグといういかにもアメリカ的な食材を対象としていること、毎年独立記念日に開催されること、等がその理由として挙げられる。だいたい地方都市に行くと必ず当地の特産を利用したこの種の大食い早食いコンテストがあるが、やはりネイサンズ・ホット・ドッグ・コンテストがその最高峰であるのは間違いないところだろう。


とはいえ、やはり大食い競争がごくごく一般的な意味でスポーツとして認められるかは疑問だ。なんてったって近年のエコ思想に逆行しているし、見た目にはばっちいし、見てて気持ち悪くなったりするし、正直言って私も特に見たいと思う競技ではない。コバヤシがこれほど注目されているのでなかったら、積極的にパスしたいところである。


ところが、あの小さな身体でその倍の体重のあるアメリカ人の何倍も食べることのできるコバヤシの意外性、端的に言って見世物性に目をつけたスポーツ専門局ESPNは、近年自社コマーシャルにコバヤシを起用するなど積極的にコバヤシを売り出しにかかった。元々この分野はゲテモノ・リアリティ番組に食指を伸ばしていたFOXが得意としていたのだが、ESPNは一昨年、大食い競争USオープンを中継するなどFOXに代わってこの分野に力を入れ始めた。その核となったのがコバヤシである。


コバヤシは戦前の予想通りUSオープンで楽々と優勝したが、彼の知名度がどんどん上がるに連れて、今度はなんであんな小さなやつに大食いで勝てないんだと、なんにでも一番でないと納得しないアメリカ人が敵愾心を燃やし始めた。当然ESPNはこうなることを見越してムードを煽り、コバヤシや大食い大会に注目が集まることを狙っていたわけだから、その目論見は見事に成功したと言うべきだろう。そして打倒コバヤシを目指す挑戦者の中から、ついにコバヤシを射程距離に入れた挑戦者が出現した。それが近年めきめきと頭角を現してきたジョーイ・チェストナットである。


チェストナットは、実は一昨年のUSオープンでは一回戦で敗退している。それが短期間でこれだけ伸びてきた。要するにコバヤシの食いっぷりを見て研究したというのがありありで、チェストナット自身、コバヤシがいなければ今の自分もなかったというようなことをインタヴュウで答えていた。チェストナットは今年のホット・ドッグ大食いコンテストを前に、ついにこれまでコバヤシが持っていた、12分間のホット・ドッグ大食い記録である53個を大きく塗り替える59個を達成、コバヤシの連覇に黄信号が灯った。


しかも大会直前には、コバヤシが原因不明の奇病で顎が開かなくなり、王座維持どころか大会出場まで危ぶまれるという事態が発生した。たぶんプレッシャーとストレスのためだろう。いずれにしても、こういう経緯がデイリー・ニューズやニューヨーク・ポスト等のタブロイド紙ではなく、天下のニューヨーク・タイムズの社会面に写真入りで大きく扱われていたというところが、この大会の注目度の高さを物語っている。結局コバヤシはこの局面を克服して無事当日、会場に姿を現した。


いかに伝統ある大会といえども、元々は街角で始まった大会であるからして、今もこの大会は屋外のストリート沿いで開催されている。規模が大きくなったからストリート自体は閉鎖されて見物客に解放されているのだが、今年はついに王座奪回かという希望と番狂わせに対する期待のために、どう見ても例年より客が多い。主催者発表では見物客は3万人で、ほとんどメッツやヤンキースの試合の観客の数と変わらない。それが全員立ち見である。たぶんそのほとんどはこの後、その辺りやイースト・リヴァー沿いで行われる、これまた名物のメイシーズ主催の花火大会を見に移動するんだろう。


さてこの大会、現在ではこの種の大会をサーキットとして統括するIFOCE (International Federation of Competitive Eating: 国際大食い連盟) によって、ちゃんとルールが取り決められている。それによると制限時間は12分、基本的にはその間に多くのホット・ドッグを食った者の勝ちで、年齢制限は18歳以上となっており、バンズとホット・ドッグを別々に食ってもいいが (これこそコバヤシが発明した食い方に他ならない、) 両方とも食ってはじめて1個と見なされる。食ったものを吐き戻した場合 (「リヴァーサル・オブ・フォーチュン (Reversal of Fortune)」) はその場で失格、「押し込み (ダンキング (Dunking))」は5秒以内、と細かいルールがあるところが、やはりスポーツとして見なされる所以かと思わされる。しかし自分で自分自身にダンキングなんて、自分がフォアグラ用のガチョウになったような気がしないだろうか。因みに優勝者は1年間ホット・ドッグ食い放題だそうで、正直勝ってもそんな副賞は欲しくないんじゃないかと思う。


本選を前に注目はやはりチェストナットとコバヤシで、なんでもコバヤシは親知らずが痛んで抜いたばかりだそうだ。どうやら顎が開かなかったというのはそのせいだったらしい。心因性のものではなく単純に歯痛のせいか。しかし見ているとどうやらその影響はほとんどなさそうで、少し安心する。ESPNは当然コバヤシ-チェストナッツ対決で煽っており、わざわざこれまでに日本人アスリートが達成したスポーツ記録の数々を紹介するのに余念がない。これまでのコバヤシの記録と共に、サダハル・オーの868本ホームラン記録、モハメッド・アリと戦って引き分けたアントニオ・イノキ、タイホー・コーキの大相撲優勝32回、シズカ・アラカワの2006年冬季五輪フィギュア優勝がTV画面に表示されるが、その脈絡のなさがなんともおかしい。


いずれにしてもこの構図は以前FOXが「マンvsビースト」を放送した時、コバヤシを日本、クマをアメリカと見立てての強引な日米対決にしたことと同じだ。そうやって愛国心を煽って盛り立てようという魂胆はみえみえなのだが、わかっちゃいようがいまいが、乗りやすいアメリカ人は自ら挙ってその術中に陥って盛り上がるのだった。その方が楽しくていいと私も思う。


そしてついに勝負は始まり、終始チェストナットがリード、コバヤシがそれを追うという展開になる。前半はこの二人にパトリック・バートレッティが絡もうとしていたが、後半息切れし、結局戦前の予想通り、勝負の行方は完全にコバヤシとチェストナットの二人に絞られる。前半では常にコバヤシより2-3個先を行っていたチェストナットだが、後半コバヤシも意地を見せ、チェストナットに並びかかる。しかし一瞬並んだかと思ったらチェストナットはその少し先を行くという展開を譲らず、残り2分を切って、ついに二人とも今年チェストナットが書き換えたばかりの59個に到達、未知の領域に入る。


そして二人共62個に達し、残り10秒という最後の秒読みに入り、あと1秒というところでついにチェストナットは63個に到達、一方、コバヤシはそれまでに食ったのを吐き出してしまう。思わず釣られて私も吐きそうになった。


いずれにしても、コマーシャルを挟んで中継が帰ってきた時は、チェストナットの記録は66個になっており、どうやら途中で数え間違いがあったらしい。なんだ、思ったより競ってたわけじゃなかったのか。コバヤシは制限時間1秒前とはいえ明らかにホット・ドッグを吐き出してしまっており、厳密に言えば失格で、中継アナウンサーもこの処理はどうするのかと懸念を表明していたが、結局63個のまま記録は残されたようだ。


因みに後日、この判断に対する関係者の談話がやはりタイムズに載っており、それによると、コバヤシは吐き出しはしてもそれをこぼさすにまた呑み込んだから失格ではないとのことだった。それでも、厳密に言うとやはりいくらかは口の端からこぼれていたのはTVカメラがちゃんととらえていたのだが、そこまで言うのは酷ということか。あるいはコバヤシに対する温情というよりも、コバヤシの63個という記録があってこそチェストナットの66個が意味があることを意識したという見方もできる。


コバヤシはその後、さすがに体力の限界を感じたのか、大食いサーキットからの引退を表明した。私も潮時だと思う。これ以上大食いを続けたらあんたの命にかかわるような気がする。それに、私ももうやはりこれ以上大食いは見たくない。何度見ても最後には吐きそうになってしまう。ついでに言うとESPNがこの大会を中継するのもこれが最後で、来年からは放送権はスパイクTV (吹き替え版「風雲! たけし城」をやっているチャンネルだ) に移る。来年からは新チャンピオンによる新たなアメリカの国技? が展開されることだろう。いずれにしても、わかったからもう勘弁してくれという気分だ。当分は大食いはもういいです。     






< previous                                    HOME

 

2007 Hot Dog Eating Contest


2007ホット・ドッグ大食い競争   ★★

 
inserted by FC2 system