The Batman


ザ・バットマン  (2022年4月)

またまたバットマンだ。いったいこれが何代目のバットマンになるのだろうか。代替わりして続いているスーパーヒーローものは、バットマン以外にもスパイダーマンやスーパーマン等がいるが、バットマンほど何度も何度も演じる俳優が替わり、しかも基本的に同じ話を焼き直して提供しているスーパーヒーローはいない。既にバットマンはシェイクスピアと同じようなレパートリー化している。 

 

今回演出を担当するのはマット・リーヴス、バットマンを演じるのはロバート・パティンソンだ。元々はDCユニヴァース作品として、「ジャスティス・リーグ (Justice League)」フランチャイズでバットマンを演じているベン・アフレックの監督主演で企画されていたらしいが、アフレックが降板して、リーヴスとパティンソンにお鉢が回ってきた。リーヴスはDCユニヴァースとしてではなく、単独の「バットマン」として新たに作り直したということだ。 

 

そのためか、今回はタイトルがいつものような「バットマン」ではなく、「ザ・バットマン」になっている。これまでスーパーマンがザ・スーパーマンだったことはないし、スパイダーマンだって、タイトルが「ジ・アメイジング・スパイダーマン」と形容詞がつかない限り、普通はザ・スパイダーマンとは言わない。それが今回は、ザ・バットマンだ。 

 

調べてみると、2004年のTVアニメーション・シリーズが、「ザ・バットマン」と題されていて、それが唯一の「ザ・バットマン」のようだ。いずれにしても定冠詞がつくところが、バットマンがほとんど普通名詞化している証左であり、同時にこれが唯一無二のバットマンであるという、作り手の宣言でもあるだろう。 

 

今回の「ザ・バットマン」は、腐敗したゴッサム・シティを正すべく行動を開始した、初期の頃のブルース・ウエインことバットマンを描く。登場するメインの悪者はリドラー、それにキャットウーマンが絡むという展開で、1990年代のティム・バートン/ジョエル・シューマッカー演出、マイケル・キートン/ヴァル・キルマー主演、ジム・キャリーがリドラー、ミシェル・ファイファーがキャットウーマンを演じた辺りの時代の「バットマン」を連想する。 

 

思えば、それまではまだ普通のスーパーヒーローの一人でしかなかったバットマンを、ダークサイドのスーパーヒーローとして定着させるきっかけとなったのは、バートンの「バットマン」だった。正確には、バットマンではなく、ジャック・ニコルソン演じた悪役のジョーカー、そしてダニー・デヴィート演じたペンギンが、その後に計り知れない影響を与えた。 

 

バートン版「バットマン」以前のバットマンは、別に特に暗くもない、その他の十把一絡げのスーパーヒーローとほとんど変わるところはなかった。バットマンは、自分自身の生い立ちにも増して、悪役のキャラクターによって造形されたと言っていい。本格推理小説で事件、犯人、悪役がいて初めて名探偵に存在理由があるように、悪役がいてこそのバットマンなのだ。 

 

バートン版バットマンは、実は暗過ぎたと判断したのが明らかなステュディオにより、シューマッカー版ではかなり暗さは抑えられたバットマンになった。しかし、バートン版に多大な影響を受けたクリストファー・ノーランの「バットマン」によって、マイナス思考のバットマンは、世に定着した。それも、やはりバットマンを演じたクリスチャン・ベイルの印象というよりも、ジョーカーを演じたヒース・レッジャーやベインを演じたトム・ハーディの方を覚えている者の方が多いだろう。 そしてトッド・フィリップス/ホアキン・フェニックスによる「ジョーカー (Joker)」は、この路線を決定的なものにした。

 

「ジャスティス・リーグ」はバットマン単体作品ではないので暗さは薄まった印象があるが、今回の「バットマン」は、ノーラン版にも増してマイナス志向全開になっている。スクリーンではなくてストリーミングで家で見たせいもあるだろうが、それにしてもまず絵が暗い。かなり暗いところが潰れる寸前という印象がある。 

 

そのノーランの「テネット (TENET)」で格好いいところを見せたパティンソンが、今回のバットマン/ブルース・ウエインだ。元々暗めの正統派ハンサムという印象・持ち味がよくはまっている。対するリドラーに扮するポール・ダノも、いつも通りの不気味さ全開でバットマンと相対する。キャットウーマンのゾーイ・クラヴィッツ、ゴードン警部に扮するジェフリー・ライト、アンディ・サーキス、ジョン・タトゥーロ、コリン・ファレル、ピーター・サースガード等、脇もしっかりと固めている。というか、ファレルのペンギンは、最初演じているのが誰かまったくわからなかった。 

 

ブルースがそもそもバットマンとしてゴッサムの悪を一掃しようと立ち上がったのは両親を殺されたためで、一人自警団が群衆から支持されるわけもなく、常に民衆から総すかんを食う可能性と紙一重で、それなのにはっきり言って自己中としか思えない独善的な態度を翻さない。暗い奴って自分の殻にこもるよなという感じで、かなりの確率でアスペル入っていそうだ。 

 

これまでもレッジャーのジョーカーからはオレたちは同類だと言われるし、ベインからは見下される。正義というよりも、むしろ悪の立場に近いのがバットマンだ。正直言って、リドラーがバットマンや父のトマスを弾劾するのにも一理ある。 

 

それなのに人々から理解されないといじいじぐずぐずするバットマンがスーパーヒーローとして確立しているのは、その辺のマイナスのさじ加減がうまくプラスに転じているからだろう。こういうスーパーヒーローが他にいない唯一無二というのもよかった。悪やマイナスを内包していると、逆に正義を前面に強く打ち出すことができる。 

 

特に今回は、パティンソンがこれまでの誰よりもバットマンのイメージをよく体現しているという印象がある。ネクラ加減が最もはまっている。ノーランのバットマンを超えるのは難しい、というかまず不可能と思っていたのだが、これはこれでまた新しいバットマンの誕生と言えそうだ。個人的にはこれで3時間という長さでなかったらもっと本気で誉めたいところだが、かなりヒットしたらしいところを見ると、筋金入りファンにとってはまだ短過ぎるくらいかもしれない。ザック・スナイダー・ヴァージョンの「ジャスティス・リーグ」なんて、4時間あるわけだし。


 










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幼い頃、目の前で両親を殺された過去を持つ、ウエイン財閥の御曹司ブルース (ロバート・パティンソン) は、長じてゴッサム・シティの治安を守ることに力を傾けるようになり、バットマンとして活動を始める。折りしもゴッサム・シティの実力者が連続して殺される事件が発生し、バットマンはゴードン警部 (ジェフリー・ライト) と共に共同で捜査を始める。事件現場に必ず謎めいた印を残すリドラー (ポール・ダノ) はブルースを最後の標的としており、リドラーを追いながら、ブルースはまた、両親を殺した者たちの正体にも迫ることになるのだった‥‥ 


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