TENET


TENET/テネット  (2021年1月)

本当は「TENET」は、家のTVではなく、映画館で、是非ともIMAXで見たかった。昨秋、収容人員を制限しながらではあるがようやっと映画館が再開して、これでなんとか平常に戻れるかもと思ったのも束の間、逆に第2波の猛攻を受けたアメリカは、春先の何倍もの勢いで新型コロナウイルス感染者が続出した。是非大きなスクリーンで「TENET」を見たかったのは山々だが、万が一感染した場合、泣きを見るのはこっちの上に、感染拡大を助長したとして非難すら受けかねない。年が明けたら晴れて「TENET」と思っていたのだが、ここはもう、ワクチン接種が浸透するまで映画館通いは待つしかないと諦める。 

 

冒頭、ウクライナのオペラハウスのシーンで、既に、ほうっとため息が出る。これだよこれ、CGに頼らない、うちの42インチのTVですら伝わってくる圧倒的な実写の映像の迫力、臨場感。既にノーランの真骨頂が横溢している。「ダンケルク (Dunkirk)」で、迫力のために椅子からずり落ちそうになったのを思い出した。あー、本当にIMAXで見たかった。 

 

一方、うちのTVでよかったかもと思わされたのが、その内容の難解さだ。TVのキャプションをオンにして、所々、今どんな会話してたのか、これはどういう意味なのか理解し損ねそうな部分はキャプションを読んでいたのだが、それでもよくわからない。これ、映画館でキャプションなしで見てたら、完全に途中で置いてきぼりを食っただろうと思った。 

 

時宜的なものもあり、「TENET」から最も強く連想したのは、アメリカの内政を一人で滅茶苦茶にしたドナルド・トランプだ。周知のようにトランプは飛ぶ鳥跡を濁しまくって大統領職を追われたのだが、トランプが辞める前の最大の焦点が、果たして彼は自分自身に恩赦を与えるかどうかだった。辞める直前の恩赦の大量投げ売りは、そいつらを逮捕した司直の苦労をまったく無視するもので、そのことを苦々しく思っている者は多かった。 

 

そして、トランプ自身も自分に恩赦を与えたかったに決まっている。しかし自分で自分に恩赦を与えた瞬間、自分が犯罪を犯したことを認めることになる。なぜなら、恩赦は犯罪を犯した者を許すことだからだ。そしてもし、後日法律的に自分自身に対する恩赦は認められないということになったら、その時こそトランプの有罪は確定する。 

 

トランプが自分自身に恩赦を与えるかどうかで迷ったのは想像に難くない。たぶん、彼自身はそうするつもりでいたろうが、周りの者が、それはやばい、それをやってしまっては本当に後戻りはできなくなる、万が一セルフ恩赦が認められなかった場合、その時は自分で自分に有罪を宣告しているに等しい、それに、たぶん、さすがにそれは国民の反感を招くだろうと、引き留めたのではないかと思う。 

 

いずれにしても、トランプが自分自身に恩赦を与えた瞬間に同時に有罪も確定するというジレンマは、それまではあらゆる可能性、確率が許されていたものが、一つの物事が決まった瞬間に他のすべても確定するという量子力学的な命題を連想させた。もちろんそういう連想をしたのは、クリストファー・ノーランの「TENET」を見ていたからに他ならない。 

 

ただし、「TENET」では、一度確定したはずの歴史を、時間を逆行することでやり直す。私の理解では時間の逆行が科学的に全否定されていないのは、「時間」が方程式にも利用されるからだ。時間が数式で取り扱うことができる以上、それは他の数字と置換可能であり、したがってそこでは負の時間もあり得る。すなわち逆向きの時間も概念上は存在し得る。 

 

ノーランは、これまでもそういった時間や次元といったものに深いこだわりを持っていた。しかし「TENET」を見た後だと、たかだか30分前が思い出せない「メメント (Memento)」なんて、見た当時にあれだけエキサイトしたのが不思議なくらいに思えてくる。ガイ・ピアースに「TENET」見せて、どういう顔をするか見てみたくなる。 

 

「インセプション (Inception)」では他人の無意識の中に入り込む。これはとりも直さず他人の時間を生きていることに他ならず、そこから「TENET」まではもう一歩という感じがする。そしてでき上がった「TENET」は、ノーランの集大成的な趣がある。順行する時間と逆行する時間が同時に混在するという訳のわからないイメージが面前に展開する。よくわからないが、しかしわからないのに何故こんなにも人を興奮させる。 

 

たぶん、現在の量子力学は時間の逆行性について完全に否定はしてなくても、それでも、順行する時間と逆行する時間が同時に存在することについては否定するんじゃないかと思う。映画の中でも言及されている通り、祖父殺しのパラドックスを回避できる理論は今のところない。ニールの口癖は、「起きてしまったことは起きてしまったこと」だ。これって、時間は逆行できないと言っているのと同じことではないか?

 

しかし、「TENET」では過去の自分と今の時間 (あるいは未来の自分と今の時間?) が同時に存在する。これって既に過去を変えたことにならないか。そうすると、今いる自分は既に別ものではないか? それとも過去が変わったということを含めての一つの歴史なのか。ということは何度も死んでまた生き返ることを繰り返すというのもあるのか。あるいは「ミッション: 8ミニッツ (Source Code)」や「ハッピー・デス・デイ (Happy Death Day)」のように、時間を逆行することによって、少しずつでも歴史は改変されていくものなのか。 

 

いや、逆行と順行が同時混在する世界は、やっぱり過去を繰り返すこととは違うような気がする。考えてもよくわからず、段々頭が熱出しそうだ。しかし確かにイメージとしてはまったく斬新で初体験で、とにかく面白いと言うしかない。ノーランって、やっぱりすごい。そう言えば「メメント」のピアースは、「タイムマシン (The Time Machine)」で既に時間を逆行したり未来に進んだりしていた。そして何度過去に遡っても、恋人の死を救うことはできなかった。もしかしてそのことと「TENET」は何か関係しているか? ああ、やっぱり熱出しそうだ。 













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ウクライナのオペラハウスでの人質救出作戦に失敗した名もなき男 (ジョン・デイヴィッド・ワシントン) は、死を選ぼうとして服毒した薬が実はダミーであり、すべては男を試すための筋書きに過ぎなかったことを知る。名もなき男はTENETという組織のことを教えられ、重力に反して下から上に上る弾丸を目にし、時間を遡るという手段を使って世界を滅亡させようとしている計画が進行していることを教えられる。名もなき男はニール (ロバート・パティンソン) をリクルートし、インドの武器商人に元に飛び、そこでセイター (ケネス・ブラナー) というロシア人が裏にいることを知る。セイターに近づくために名もなき男は、夫婦ではあるが仲は破局していた美術商である妻のキャット (エリザベス・デビッキ) と接触する‥‥ 


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