Dunkirk


ダンケルク  (2017年8月)

昨年だか、最初に「ダンケルク」のポスターを見た時、「40万人の兵士が故郷に帰れない時、故郷が彼らの元にやってきた (When 400,000 men couldn't get home, home came for them)」というコピーを見て、またクリストファー・ノーランが突拍子もない作品を撮ったみたいだなと思った。 

  

考えていたのは、未来的な戦争で兵士が戦場に取り残された。だから超能力かあるいは超未来的装置によって、とある国が国ごと、もしくは島ごと空を飛んで自国の兵士の元に参上仕ったというものだ。「インセプション (Inception)」「インターステラー (Interstellar)」の監督だ、そのくらいやってもおかしくない。一昨年の「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン (Avengers: Age of Ultron)」において、一つの国が宙に浮かぶというシーンをこちらは既に見ている。ノーランにしてはこのイメージは既に遅きに失しているなとすら思ったくらいだ。 

  

ところがいざ映画が公開間近になると、その予想が大きな間違いであることに気づかされる。どうやらこれは、史実を元にしたドキュドラマらしい。CBSの深夜トークの「ザ・レイト・ショウ (The Late Show)」を見ていたら、ゲストにケネス・ブラナーが出てきて、「ダンケルク」は第二次大戦時にフランスの港町ダンケルクに追い詰められた連合軍兵士を、英国の漁師や海の男たちが総出で船を出して脱出させたという史実を描くものだと話していた。ほぼ民間人によるこの作戦、というよりも暴挙は、最初3万人脱出させることができれば上出来と見られていたが、英国南部の漁民が大挙して参加し、最終的に36万人を脱出させることに成功する。 

  

地図を見ると、実際英国側のドーヴァーとフランス側のダンケルクはあまり離れていない。ブラナーは25マイルだと言っていた。つまりマラソンの距離とほぼ一緒だ。ドーヴァー海峡を跨ぐ英仏ってなんとなく遠く離れたイメージがあったが、そんなことはない。波さえ荒れてなければ、小さな船でもやろうと思えば往復できる。実際にそうやって何十万人もの兵士が、民間船によって英国側に脱出した。なるほど、それが「故郷が彼らの元にやってきた」という意味だったのか。 

  

ブラナーは北欧TVの「ヴァランダー (Wallander)」ではスウェーデン人に扮していて、今秋公開の「オリエント急行殺人事件 (Murder on the Orient Express)」ではベルギー人だ。しかし「レイト・ショウ」ではコルベールを前に、いかにも嬉しそうに、どうだと言わんばかりに鼻高々という感じで喋っていた。やっぱり英国人なんだな。 

  

いずれにしてもノーラン作品、SFだろうが史実だろうが関係なくこちらは最初から見るつもりではいたが、いざ公開されると非常に好評で、しかもアクション・シーンはすごく、2時間休む暇ないテンションの高さが持続する、これを十全に体験するには、是非IMAXで見るべきという意見がやたらと目につく。 

  

普段なら3DとかIMAXとかに気を惹かれることはほとんどないのだが、今回ばかりはさすがに気になった。アメリカではNetflixが、劇場公開の映画を同時にストリーミングでも配信して、フィルムの手触りを重視する監督からは不評をかこっている。ノーランもその一人で、映画は映画館で見るべき、IMAXならなおさらというようなことを言っていたので、しょうがない、ここは本人に敬意を表するかと、IMAXで見ることにする。 

  

女房に「ダンケルク」はIMAXで見ることにしたがどうすると訊くと、ノーラン作品を見たいのは山々だが、最初から最後までアクションぎゅう詰め、息つく暇もない2時間のパニック・アタックに耐え切れる自信がなく、一人で見に行ってと辞退される。というわけで一人で「ダンケルク」を見に行く。IMAXって十何年以上も前に、オーランドのディズニーワールドで、よく覚えてない自然ものを見て以来じゃないか。 

  

話はダンケルクから撤退しようとするが、人のあまりの多さにびびって、ずるして自分らだけなんとか船に乗り込もうとする兵士たちと、兵士たちを助けるべくドーヴァーから船を出す漁師一家、彼らを援護しようとする英戦闘機のパイロットらを交互に描く。兵士らの中心人物を演じているのはフィオン・ホワイトヘッドだが、途中で加わる一人に扮しているのが、元ワン・ディレクション (既に解散してるんだっけ?) のハリー・スタイルズだ。ダンケルクにいる英軍側の指揮官に扮しているのがブラナー。漁師を演じているのがマーク・ライランス。彼に助けられる兵士にキリアン・マーフィ。パイロットにジャック・ロウデンとトム・ハーディという布陣。 

  

見所は山のようにあるのだが、個人的に特にエキサイトさせてくれたのは、戦闘機のコクピットの中からの視点でとらえた映像で、スクリーンが間近で上下に高さもあるIMAXがとらえるコクピットは臨場感たっぷりで、前からも後ろからも機銃の音が聞こえ、座席が震え、まるで自分が戦闘機に乗って空中戦しているみたいだった。これが零戦で、もっとアクロバティックな宙返りみたいなことをやってくれれば椅子の上でひっくり返るような体験をさせてくれただろうにというのは、燕返しをたぶん知らないノーランに言っても詮無いか。確かにこれだけでも、うちの女房はパニック・アタックで病院送りになっていたかもしれない。 

  

スピットファイアの指揮をとっているパイロットの機は、燃料計の不具合で残量がわからない。それで友軍機の情報と飛んでいる時間であとどれだけ飛べるかを計算しながら飛んでいるが、友軍機も撃ち落とされてしまう。そろそろ帰らないとやばい。しかし海上では明らかにこちらの援護を必要としている者たちがいる。彼らを見捨てては帰れない。それで結局燃料がなくなるまで飛びまくって味方を援護する。 

  

映像がパイロットの視点の時は、機外の戦闘アクションが見えて当然エキサイティングなのだが、正面からそのパイロットをとらえる映像では、動きはほとんどない。ゴーグルをして顔の下半分も覆われているため、目も見えなければ表情もわからない。ほとんど何も見えないのに、頭の中では、燃料の残量を計算しながら敵機を追い、友軍機を援護し、海上のことを常に考えながら目まぐるしく変わる戦局に対応して、頭の休まる暇がない。それがわかる。手に汗を握る。何も動きがない強烈なアクションという矛盾を実現しているという、クリント・イーストウッドの「ファイヤーフォックス (Firefox)」に匹敵するシーンと言える。少なくとも歯を食いしばる演技のできたイーストウッドに対し、こちらは顔をほぼ全部覆われている。 

  

最後、燃料を使い果たして帰還できず、ダンケルク上空を滑空して浜辺に着陸したパイロットは、新型機の極秘機構を敵方に見せるわけにはいかず、機を燃やしてから駆けつけたドイツ兵に投降する。ここでやっとゴーグル、マスクを外し、その下から現れたトム・ハーディを確認する。最初に現れた時はゴーグル、マスクはしてないのでちゃんと見ていればハーディだと気づいたはずだが、その時ちょっと何か別のことに気をとられていて、一瞬誰か確認し損ねていた。


海上では無線で友軍機と会話もしていたが、言葉がこもってここでもハーディとは気づかなかった。ハーディか、そうか、あの「ダークナイト・ライジング (The Dark Night Rises)」でバットマンを見下したハーディだったか。いずれにしても私にとっては最後に正体が明らかになったハーディの格好よさは、しびれたの一言。先頃物故したサム・シェパードの「ライト・スタッフ (The Right Stuff)」を思い出した。私にとっては最高の演出効果となったと言える。

 










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第二次大戦時、ドイツ軍が圧倒的勢いでフランスに進出する中、連合軍は撤退を余儀なくされていた。英仏海峡側の町ダンケルクまで退いた連合軍は、英国軍の船によって撤退するはずだったが、ドイツ軍のUボートが睨みを利かしているためそれもうまくいかず、兵士たちが無事帰れる保証はどこにもなかった。英国側ではその事実を知った漁師たちが、兵士たちを救うために自分たちの船を出してフランスに向かう‥‥ 


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