こないだ見たCWの「アイゾンビー (iZombie)」は、死人の脳を食べた主人公ゾンビが死者の生きている時の記憶を垣間見ることで、殺人事件の解決に役立てるという話だった。今回の「スティッチャーズ」は、同様に死者の脳から記憶を取り出すが、脳を食べることによってではなく、死んだばかりで完全に活動が止まっているわけではない脳に特殊な装置で同化して、過去の記憶を探る。
脳の活動というのは畢竟電位の変化によるものらしいから、それを考えると、この方法はゾンビが死者の脳を食べてついでに記憶も自分のものにするというのよりは説得力がある。だいたい、脳を食べたからといってその記憶まで得ることができるなら、ハンニバル・レクターなんていったい何人分の人生を生きていることになるやら。
その点、完全に死んでいるわけではない脳から記憶を引き出すというのは、まだ理解できる。コンピュータをリスタートする時に内部の残留電力を完全に消すために5分待って再度電源を入れるというのは、コンピュータの故障や不具合で色々苦しんだ者なら誰でも経験している。つまり、パワーを消しても、コンピュータの内部のサーキットは、しばらくはまだ生きている。人間もまた然りで、心臓と脳がまったく同じ瞬間に動きを止めるわけではない。たとえ心臓が止まっても、脳からなんらかの情報を引き出せるはずなのだ。
その脳から取り出した記憶の断片をつぎはぎ (スティッチ) して、犯罪の解決に役立てようという政府の秘密研究施設で働く者たちが、「スティッチャーズ」だ。番組第1回では、ほとんどアスペルガーで周りの人間の意見を忖度しない一匹狼的主人公のカースティンが、政府の秘密組織からリクルートされる。
カースティンが連れて行かれたラボには、爆発事故死した男の死体があった。彼はまだ他にも爆弾を仕掛けている可能性が高く、カースティンはその場所を探るために男の脳と同化して死ぬ間際の記憶をスティッチする。カースティンは、男がテロリストではなく、研究の成果を盗まれて事故死した恋人の復讐のために爆弾をしかけたことを理解する。しかしどこに爆弾を仕掛けたかまではわからない‥‥
番組の映像としての最大のネックは、死者の過去の記憶にアクセスして追体験することになるカースティンが見るものが、第三者の視点になっているという点にある。死者が見たものを見るということが「スティッチ」のポイントであるはずだから、ここはカースティンが見るものは、死者の視点から見たものと同一でなければならない。しかし番組では、死者の記憶を追認しているカースティンは、死者の傍に立ってそれを見ているのだ。これは違うという気がする。
チャイニーズ・レストランの地下に時代の最先端技術を駆使したラボがあるというのも、「キングスマン: ザ・シークレット・サーヴィス (Kingsman: The Secret Service)」くらいはったりを利かせているなら見応えがあるが、カーテンを引くと出てくるのは単に地下に続くエレヴェイタだけというのは、ちょっとちゃちい。他にも、死んだ恋人の事故のシーンもあまり上手じゃないし、地下に閉じ込められ、ちょっとでも動くと感知して爆発させるはずのセンサーは、これで爆発しないのなら落っことして逃げても大丈夫じゃないかと思えるくらい感度が鈍い。
等々、総じて番組全体の印象は、ちょっと子供騙しくさいかな、というものだ。設定自体は悪くないかなと思うが、最先端技術の粋を集めているはずのラボより、一時代前の技術の名残りでしかないはずのFOXの「フリンジ (Fringe)」のラボの方が、なにか「感じ」がある (ここで「フリンジ」を思い出したのは、ラボの中の水槽にあるのは言うまでもない。) 秘密エージェントの女性アクション・ヒーローとしては、主人公のカースティンに扮するエマ・イシュタより、やはりABCの「エイリアス (Alias)」のジェニファー・ガーナーか、USAの「コバート・アフェア (Covert Affairs)」のパイパー・ペラーボの方が格好よく見える。が、イシュタは将来有望と見た。
ま、そういう欠点も見えるが、番組を放送しているのがABCファミリーという子供・家族向け番組のチャンネルだから、それもわからないではない。因みに現在ABCファミリーが放送している最大の人気番組は、「プリティ・リトル・ライアーズ (Pretty Little Liars)」だ。むしろそういうチャンネルでハードSF系番組を作ろうとした姿勢を誉めるべきかもしれない。