Nightmare Alley


ナイトメア・アリー  (2022年2月)

最初「ナイトメア・アリー」の宣伝を耳にしたのは、スポティファイで音楽を聴いている時だった。そのコマーシャルである人物がもう一人の人物に、お前は人の心が読めるか、と尋ね、もう一人が’、できると答える。この声は聞き覚えがある。ジョシュ・ハートネットか (実はブラッドリー・クーパーだった。) 

 

いずれにしてももうそれだけで、ああ、もうこの映画、いいや、と思った。人の心を読めるテレパシー能力を持った新種のマーヴェルものか。もういい加減この種のものは見飽きた。そしたらそのすぐ後に、ギレルモ・デル・トロ監督作品、と流れ、その瞬間、印象が180度反転した。この題材が、スーパーヒーローものか、それともデル・トロ作品になるかで、話はまったく別物になる。これは見ないと。 

 

基本的にマイナス思考、悲劇志向のデル・トロの視線は、過去を向くことが多い。視点を逆に未来に据えたSFの「パシフィック・リム (Pacific Rim)」が少なくとも興行的に失敗したのは、単純にそのせいだろうと思う。今回の「ナイトメア・アリー」は本来の路線に回帰した、というか、「ナイトメア・アリー」は1947年製作の同名タイトル (邦題「悪魔の往く町」) のリメイクであり、舞台を特に現代に翻案するようなことはしていない。その必要を感じなかったのだろう。 

 

だいたい、異形の者が絡まないと話にならないデル・トロ作品において、一時代昔の巡業カーニヴァルが舞台というのは、いかにもしっくり来る。カーニヴァルやサーカスには、サイド・ショウと呼ばれる、後ろめたい雰囲気を伴う見世物ショウがつきものだ。「ナイトメア・アリー」における巡業カーニヴァルも、もちろんそのサイド・ショウ的なものが主体で、ちょっと大掛かりなカーニヴァル、もしくはサーカスならありそうな、空中ブランコや綱渡り、もしくはトラやライオンを使った芸が一切登場しない。中心となるのは人の心を読むメンタリスト芸であり、いんちきエレクトリック・ショウであり、そして当然、異形の者の見世物だ。 

 

現在NBCで放送され人気のあるタレント発掘勝ち抜きリアリティ・ショウの「アメリカズ・ガット・タレント (America's Got Talent)」では、メンタリストが結構よく出てきて上位に絡むことが多い。近年では最も印象的なメンタリストの一つに、ザ・クレヤヴォイアンツというカップルがいて、往年のハリウッド映画の主人公のような出で立ちでショウを行う。要するに「ナイトメア・アリー」でのスタンとモリーそのままで、こういう系譜がちゃんとできてたんだなと思わせる。 

 

スタンとモリーはメンタリストとして成功し、成り上がる。しかしスタンはさらに高みを目指す。そしてもちろん、主人公が破滅せざるを得ないのはデル・トロ作品であるからして当然だが、果たしてそこにどういう意外な展開、感情の起伏が挟まるかが、デル・トロの腕の見せ所だ。 

 

デル・トロ作品のキー・ワードは、虫、異形、変異、といった辺りに求められ、その特質は悲劇、というかアンハッピーエンド、それに由来する切なさにあるが、意外に、それらに付随して当然と思われるエロティシズムには、実はあまり関係しない。 

 

今回も、スタンはジーナ、モリー、リッターの、少なくとも3人の女性と明らかに深い関係になるが、それが前面に現れることはほとんどない。三角関係のジーナ、若い溌剌としたモリー、ミステリアスなリッターと、それぞれに魅力とセクシーさがあり、そのうち一人だけとでもかなりのエロティシズムが醸成できそうなものだが、そこにはほとんど力点が入っていない。 

 

異形、異質はエロティシズムとかなり近そうな位置にあると思えるのだが、どうやらデル・トロの中ではそうではないようなのだ。というか、そこにあまり惹かれていない。それとも本人はそこにも目配せしているつもりだろうか。同じ作品をデイヴィッド・クローネンバーグが撮ったら、この1万倍はエロくなるのは確実だ。一方で、話の持つ悲劇性はまったく飛んでしまったに違いない。 

 

そういえばデル・トロは、「シェイプ・オブ・ウォーター (The Shape of Water)」でも、半魚人と人間のラヴ・シーンという奇想天外の、しかもほとんどエロくないシーンを撮っていた。彼の視点は、成熟したエロティシズムではなくて、もっとピュアな本質的な悲劇、切なさに向かう。まだ幼い少女が主人公の「パンズ・ラビリンス (Pan's Labyrinth)」がいまだに最も記憶に残っているのは、そのためもあるのだろう。デル・トロには、いつまでもマイナス思考でくよくよめそめそしていてもらいたいと思うのだった。 



 










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1939年、流れ者のスタン (ブラッドリー・クーパー) は巡業カーニヴァルに拾われて職を得る。スタンは読心術を行うメンタリストのジーナ (トニ・コレット) とピート (デイヴィッド・ストラザーン) と近しくなり、アシスタントをしながら自分もその腕を磨く。スタンはさらに、エレクトリック・ショウを行うモリー (ルーニー・マラ) とも緊密な関係になり、彼女を連れてサーカスを去る。二人はメンタリストとして上流社会で成功し、スタンはそこで謎めいた精神科医のリッター (ケイト・ブランシェット) の知己を得る。リッターはスタンに知人を紹介し、スタンは着実に富裕層に足場を固めていくが‥‥ 


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