Pacific Rim


パシフィック・リム  (2013年7月)

「ゴジラ (Godzilla)」以降、アメリカでも大型エイリアンや怪獣、モンスターの類いは目新しいものではなくなった。それでも、やはり怪獣という言葉は日本語であり、大型モンスター=怪獣という図式は日本特有のものだった。たった今までは。 

  

最初は特にTVに注意を払っていたわけではなく、「Kaiju -- カイジュー」という耳に馴染みのある単語がいきなり耳に入ってきたので目を上げたら、「パシフィック・リム」のTVコマーシャルで、そこにロボットやら怪獣らしきものが映っていた。聞き間違いかと思って、女房に、今、この怪獣をカイジューって言ってなかった? と訊いたら、キッチンで作業していた彼女は、案の定、聞き間違いじゃないの? とにべもない。 

  

しかし、徹底して大量にかかり始めたコマーシャルをちゃんと見ると、明らかにその怪獣をカイジューと呼んでいる。やっぱし怪獣をカイジューって呼んでんぜと女房に告げると、彼女も、本当だ、これ、何なの? と腑に落ちない様子。それから徹底した宣伝構成とマスコミの記事によって、これがギレルモ・デル・トロによるハリウッド製怪獣映画であることを知るまで、さほど時間はかからなかった。 

  

怪獣をカイジューと呼ばせていることからもわかるように、デル・トロは日本の怪獣ものに造詣が深い。エンタテインメント・ウィークリーの記事によると、幼い頃から日本のアニメや怪獣映画に慣れ親しんできたというデル・トロが最も影響を受けた日本のロボットは、「鉄腕アトム (Astro Boy)」と「鉄人28号 (Gigantor)」だそうだ。実はロボット内部に人が入り込み操縦するという形態から、「パシフィック・リム」が影響を受けているのは「マジンガーZ」か「機動戦士ガンダム」辺りだろうと予想していたのだが、デル・トロのロボット好きはそれよりもさらに古い筋金入りのようだ。 

  

しかし、では「マグマ大使」や「ジャイアント・ロボ」はメキシコでは放送してなかったのだろうか。私ならロボットものならこれらも忘れず言及しておきたいところだ。また、怪獣と対決するなら、ロボットだけではなく「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」的な正義の味方も欲しいところだが、ここは彼らはデル・トロが考えるロボットものの文脈にそぐわなかったのだろう。しかし今後に期待する。 

  

たぶんに大型ロボットを操縦するという形態は、日本特有のものと思える。今でこそ大型怪獣やそれに対峙するロボットはアメリカでも珍しくはなくなり、そこまで大型ではない、「リアル・スティール (Real Steel)」のような外部操縦型もあるが、やはりロボットものはジャパニーズ・カルチャーと無縁ではあり得ない。原産国である日本にオマージュを捧げるといったさり気ない言及は必須だ。 

  

一方、これまで数々のスーパーヒーローを輩出してきたアメコミ文化においては、人間と等身大でないスーパーヒーローはいなかった。彼らは人間ではないエイリアンであっても、基本的に体格は人類とほぼ変わらない。たとえ悪役やモンスターが巨大化しようとも、基本的に「インクレディブル・ハルク (The Incredible Hulk)」のような数少ない例外を除いて、スーパーヒーローはそれまでと同じ大きさのままで敵と戦った。 

  

ところが和製マンガ・アニメは、大型スーパーヒーローを出現させる。それがロボットであり、あるいはウルトラマンだ。ウルトラマンに至っては、日常では人類と等身大で、火急の場合にウルトラマンに変身するという段階を踏まなければならない。しかもスーパーヒーローでいられるのは3分間だけなのだ。それでも、でかい敵をやっつけるためには、こちらも大型化しなければならない。敵がでかければこちらもでかくなって敵を打ち倒すというのは、どちらかというとアメリカ的な発想だ。はっきり言って同等の腕力がなければ負けてしまうという短絡の発想でしかない。そこでこそ知恵と技術と勇気を使う日本式のものの考え方が生きてきそうな気がするが、まったくそんなことはない。 

  

たぶん、日本でスーパーヒーローが大型化する場合があるのは、そこに知恵と勇気だけではどうしようもない場合もあるという諦観というか、戦争に負けた経験がものを言っているのではないかという気がする。そこで二進も三進も行かなかった場合の、最後の切り札がウルトラマンであり、変身だ。要するに外部依存だ。そもそもウルトラマンは日本人ではないし、人間ですらない。そういう、まったくの部外者に対して我々を守ってくれるようお願いしなければならない。これはどう見ても敗戦国のものの考え方だろう。自分たちで自分たちの身を守りきれないからこそ、ウルトラマンが必要だった。 

  

戦争に負けたことがないアメリカは、既存のスーパーヒーローだけでなんとかやっていける。そして近年アメリカのスーパーヒーローですら巨大化する傾向がある のは、アメリカ人も、所詮は人類は温暖化や自然驚異に屈せざるを得ないことを身を持って知り始めたからではないだろうか。 

  

そしてついにアメリカも人乗り込み型の巨大ロボットを手にしたわけだが、それでも作ったのはメキシコ人のデル・トロだし、ヒーロー・ロボットの操縦者の片方は日本人だし、もう片方だって白人とはいえ英国人、指揮官も英国系黒人、イエーガーの本拠があるのは香港と、アメリカはかなり蚊帳の外、今回に限って言えば、怪獣の上陸する被災地以上の何ものでもない。そして実はそのことが、興行収入という点ではマイナスに働いたようだ。 

 

今夏は結構金をかけたハリウッド映画の失敗作の当たり年だそうで、ジョニー・デップ主演の「ローン・レンジャー (The Lone Ranger)」を筆頭に、こけた大作が目白押しだ。で、既に「パシフィック・リム」もその列に連なる失敗作の最新例という評価をもらっている。確かに私の場合も、デル・トロと菊地という二人の名前がなかったら、今さら怪獣ものかと思ったのは間違いないだろう。 

  

「パシフィック・リム」が少なくともアメリカではヒットしなかったのは、上に挙げたように主要登場人物をアメリカ人が演じていないこと、および、タイトルが示している通り、舞台が太平洋側に偏ってしまっていることが最大の要因だと思う。南北アメリカ大陸の西海岸やアラスカ、日本、中国東海岸、東南アジア、オーストラリア等、怪獣に襲われる国々はまだいい? しかしそれ以外のアメリカ大陸東海岸やヨーロッパ、アフリカの国々の人々にとって、怪獣云々はそれこそ対岸の火事でしかない。どうせうちには来ないんでしょ、だったら関係ないよね、うちは他にも経済問題山積みだから、怪獣を気にしている暇なんかないというのが正直なところなのではなかろうか。 

  

しかし、それでも太平洋深海で生まれたゴジラに敬意を表し、その正統なる係累をアピールするからには、怪獣はやはり太平洋生まれでなければならない。とはいえ案ずることはない。太平洋は結局大西洋に、世界中に繋がっているのだ。怪獣が大西洋やインド洋、地中海の沿岸都市に出没し始めるのも時間の問題だ。その時、「パシフィック・リム」は「ワールド・オーシャン・リム」として、新たな怪獣退治の第一歩を踏み出すに違いない。 









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太平洋深海に怪獣が出現するようになり、沿岸を襲い始める。人類はイエーガーと呼ぶ人乗り込み操縦型のロボットを開発、怪獣と戦わせる。なかでもヤンシー (ディエゴ・クラテンホフ) とローリー (チャーリー・ハナム) の ベケット兄弟によるイエーガーは怪獣退治に抜群の成績を誇った。しかし怪獣も進化、ベケット兄弟のイエーガーを打ち破り、ヤンシーは死亡、ローリーも失意のまま一線を去る。やがて人類はイエーガー計画を縮小、香港の一部の機能が存続するだけになる。イエーガー計画を指揮する怪獣退治の伝説的勇者であるペンテコスト (イドリス・エルバ) は、秘蔵っ子のマコ (菊地凛子)、戻ってきたローリー、そして期待のハンセン兄弟らと共に、怪獣たちとの決戦に備える‥‥


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