Mother!


マザー!  (2017年9月)

一番最初の疑問は、なぜ「マザー」ではなく感嘆符のついた「マザー!」なのかということだが、それはたぶん、単純に「マザー」という作品が既に他にいくつもあったからではないかと思う。差別化を図っただけというものだが、あるいはもっと深謀遠慮があったかもしれない。実際の話、私がこのサイトに書いた「マザー」だけでも、ボン・ジュノの「母なる証明 (Mother)」とロジャー・ミッシェルの「パッション (The Mother)」がある。


今回のダーレン・アロノフスキーの手による「マザー!」は、どうもホラーらしい。とはいえアロノフスキーには、「ブラック・スワン (Black Swan)」という本質はホラーの作品もあったわけであるからして、「マザー!」も通り一遍のホラーであるわけがない。


予告編を見た限りでは、「マザー!」は主演のジェニファー・ロウレンスとハビエル・バルデムの二人の間における対立や葛藤を描く心理ホラーかと思っていたが、いざ映画が始まってしばらくすると、結構人が出てくる。


詩人の夫 (バルデム) と妻 (ロウレンス) は、人里離れた大きな一軒家に住んでいる。どうやら引っ越してきて間もないらしく、妻は夫の詩作活動の邪魔をしないよう、自分で家の中をペイントしたりして気ままに生活している。


そこになんの連絡もなくいきなりやって来るのが夫のファンであるという男 (エド・ハリス) で、人のいい夫は妻の気持ちにまったく気づかず、家は二人には広過ぎるくらいだからと、部屋を提供する。すぐに男の妻 (ミシェル・ファイファー) も登場し、そこに成長した二人の息子も加わる。


男は結核のような病に冒されており先は長くなさそうで、彼の妻はどうやら仕切りたがりのようだ。息子たちは負け組の男たちのようでお互いいがみ合っている。彼らはすぐにまるで自分の家のように我が物顔で家の中を闊歩し始める。そして事件が起き、息子の一人が死亡する。通夜が営まれ、友人知人たちが大挙して家を訪れる。家はもはや夫と妻のものではなくなっていた。


一見して思い出すのはヒュー・ウォルポールの短編「銀の仮面 (The Silver Mask)」で、赤の他人が住人の人のよさにつけ込んでいつの間にやら家を乗っ取っているという、すごく後味の悪い、いわゆるイヤミスの走りのような作品だ。「マザー!」ではその人のよさに突け込むエド・ハリスとミシェル・ファイファー、特にファイファーがいい味出している。女の直感ですぐにロウレンスの痛いところを見抜き、ねちねちといたぶる。ロウレンスは、しかし、本来のあんたなら絶対やり返すだろうになにを我慢してんだと思わせてしまうところが難か。というか、だからこそアロノフスキーはそういう耐える表情をロウレンスにさせたかったのだろう。因みに二人の息子に扮するドナール・グリーソンとブリーン・グリーソンは、実の兄弟だ。


そんなこんなで家はほとんど群衆によって占拠され、傍若無人な振る舞いによって物が壊され、家自体まで崩壊し始める。これは実は「アッシャー家の崩壊 (The Fall of the House of Usher)」だったかと思わされ、しかし最後の幕切れは‥‥実はよくわからなかった。同じ心理ホラーでも話としてはわかりやすかった「ブラック・スワン」に較べ、かなり裏読み筋読みを許すところがある。何かの伏線か比喩か象徴かと思えるものだらけだが、それが何を意味しているかを解読するのは実際に映画を見ながらでは時間がなく、家に帰ってきてからでは既に細部や時間軸がごっちゃになってほとんど再現解読不可能だ。


登場人物はロウレンスだけでなく、共同主演のバルデムを含め、名前がない。IMDBのクレジットを見ると、みんな彼とか彼女とか男とか女とか職名になっている。要するに、登場人物は名前や性格ではなく、ある一定の役割が与えられているほとんど寓話であるため、名前を必要としない。名前がないので、この項のあらすじを書くのもなかなか書きにくかった。しょうがないので便宜的に妻とか夫とか女とか書いてみたりしたが、なぜバルデムは母の対称である「父」でも「夫」でもなく「彼」なのか、深読みしたら切りがない。


後半に大挙して登場してくる群衆も、すべて愚か者、浮気者、間抜け、酔っ払い、盗人、無能等、個人ではなく役割、職業名で列記されており、徹底して個の尊厳は剥奪されている。ロウレンスは、タイトル・ロールのマザー、母という名がついているのだが、実際には彼女はマザーと呼ばれることはない。果たして「マザー!」というのが単純にロウレンスを指しているのかということも、意見の分かれるところだと思う。それにしてもあのオチはいったいなんだったのか。ああ、もやもやの気分は晴れない。










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ある女 (ジェニファー・ロウレンス) と男 (ハビエル・バルデム) の夫婦は、人里離れた大きな一軒家に二人だけで住んでいた。引っ越してきたばかりで、詩人で次作の構想に余念のない夫が机に向かっている間、女は家の壁にペンキを塗ったりして過ごしていた。ある日、夫の詩のファンという男 (エド・ハリス) が家にやって来る。こともあろうに夫は、充分余裕があるからと言って、妻の気持ちなどお構いなしに、男に部屋を提供してしまう。ほどなくして男の妻 (ミシェル・ファイファー) と二人の成長した子供たちもやって来て、まるで自分の家のようにわがまま放題し始める‥‥


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