Avatar


アバター  (2010年2月)

下半身が麻痺している元海兵隊のジェイク (サム・ワーシントン) は、遠い星パンドラで進行中のミッションに、死んだ兄の代わりに参加する。それは先住民族ナヴィを模して作られた疑似生命体 -- アバター -- に最新科学の力によって心を同化させ、ナヴィの世界に入り込んで彼らを今住んでいる場所から移動させ、その地下に眠っている資源を人類のものにしようという計画だった。ジェイクのアバターは多少の反感を買いながらもナヴィの世界に入り込み、ネイティリ (ゾーイ・サルダナ) と恋仲になる。一方人類側を代表するセルフリッジ (ジョバンニ・リビシ)、その先鋒クオリッチ大佐 (スティーヴン・ラング) らは、一時も早くナヴィを駆逐して森の中を支配しようと、いつでも兵器を使用できるよう、手ぐすね引いて待っていた‥‥


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実は女房がしつこい風邪に悩まされて、このところ人混みをパスして、映画館からも遠ざかっている。医者にも行って薬ももらっているのだが、ぐずって完治しない。H1N1でないだけまだましかとも思うが、のどがよくなったかと思ったら腹、腹がよくなったかと思ったら鼻、頭が痛くなったり熱が出たりという具合に症状が移動して、快癒しない。職場を休んだのは1日だけで、あとは100%の状態ではないが通勤できないというほどでもないのだが、それでも全然好ましい状態じゃないのはもちろんだ。


そんなわけでここ数週間、映画は私一人で見ていた。最近見ているのがアクション系に偏っているのは、そういう理由がある。しかし、女房が「アバター」だけはぜひ見たいというので、これは一緒に見るつもりでいた。ただし、女房は3Dが苦手で、あのメガネかけると頭痛くなるから、3Dではなく、併映している3Dじゃない普通の2Dヴァージョンを見て、私だけ3D版を見て後でおち合おうというふうに画策していた。


しかし女房の健康状態が今イチ、それなのに映画は2時間半だ、それで来週、また来週と延ばし延ばししているうちにマルチプレックス上映が1館上映になり、2Dヴァージョンの上映がなくなり、それどころかさすがに3Dでも来週も上映しているかどうか怪しくなり始めた。それで意を決して、さすがにこれはもう今週見るしかない、女房にお前も腹をくくれ、もしダメだったら途中で諦めでロビーで待ってろ、後で拾ってやるからと言って一緒に出かけた。


私たちが3D映画を見るのは2003年の「スパイキッズ 3D (Spy Kids 3D)」以来だから、かれこれ7年近く前になる。あの時のDメガネは、上映中常時使用ではないにもかかわらず、段々メガネの鼻当てのところが痛くなり、途中からスクリーンに集中できなくなった。だから本当のことを言うと、今回も最初から3Dという点ではあまり期待していなかった。目や鼻が痛くならない程度に3Dを楽しませてくれればいいくらいにしか思っていなかった。


そしたら、本編上映前にかかる他の映画の予告編がすべて3Dだったのにまず驚いた。昨年、「ザ・バンク (The International)」を見た時も、予告編の多くが3Dで、やがて3D映画が劇場を席巻するようになるかと思わせられたが、それが現実化してきたという印象を強くした。ティム・バートンの「アリス・イン・ワンダーランド (Alice in Wonderland)」が3Dだったとは知らなかったし、「ヒックとドラゴン (How to Train Your Dragon)」も「シュレック・フォーエヴァー・アフター (Shrek Forever After)」も「タイタンの戦い (Clash of the Titans)」も、すべて3Dだ。


そして本当に驚いたのは、3Dシステムの進歩だ。3Dメガネ自体が単なる赤と青のセロファンをくっつけただけというようなチープなものではなく、プラスティック製の、一見3Dグラスというよりはサングラスみたいなものになっている。しかも長時間かけていても、鼻の付け根はやはり少しは痛くなるが、目や頭が疲れて痛くなるということがない。いかにも3Dというようなサーヴィス精神旺盛な、わざと何かが目の前に立体で飛んでくるみたいな演出は影を潜め、もっといかにも現実味のある3D作品になっている。「スパイキッズ」みたいに3D撮影の部分になったらメ3Dガネをかけるのではなく、全編を通して3Dメガネをかけて見るのだから、いちいち3Dにこだわって撮っているのではないということもあろう。しかし時折自然に話に挿入される奥行きのある映像はいかにも3Dという感じで、唸らされる。


「アバター」は、最初に監督のジェイムズ・キャメロンが製作にとりかかったというニューズがニューヨーク・タイムズの一面に載っているのを見たのが、既に5、6年前のことになる。あるいはもっと前だったかもしれない。たかだか映画製作が始まったというだけのニューズが天下のタイムズの一面に載っていたことがすごく印象に残ったので、今でもよく覚えている。


記事を読んでなるほどと思ったのだが、その作品「アバター」は、ほとんどがCGによる製作で、基本的に生身の俳優はほとんどがグリーン・スクリーンの前で演技するだけ、それも限られたもので、ほとんどは登場人物もCGで製作するという。もしこれが成功すれば、将来、映画製作に俳優はまったく必要なくなるかもしれない。そうなると俳優はおまんまの食い上げ、しかし俳優の出演料がまったくかからなくなることでその分製作費が浮き、その部分で他のことができるようになる。もしかしたら近い将来、ハリウッド・スターは人工的に作られたものになるかもしれない。いずれにしても、「アバター」は将来の映画製作システムを根本から変える可能性を秘めていた。タイムズもその可能性を嗅ぎとったからこそ、わざわざいつ完成するかもわからない作品についての話を一面に載せたわけだ。


あれから何年も経ち、その「アバター」が完成した。いったい製作に何年かかったのか。しかし予告編ではシガーニー・ウィーヴァーやサム・ワーシントンの生身の姿も見えるので、全部がCG製作というわけでもなさそうだ。また、公開時に何度もエンタテインメント・ニューズ関係の番組で見せられた映像では、わざわざ人間がまずグリーン・スクリーンの前で演技し、その上からCGを被せていくという手法で製作されていたようだ。


異なる生命体のナヴィは人類の体格の2倍近い大きさがあるので、メイキャップだけでエイリアンに扮するということができない。胴や手足のバランスも違う。エイリアンといえども顔の微妙な表情はやはり今でも直接誰かが演じるか、あるいはその上にメイクする方がCGよりいいと言わざるを得ないが、しかし、人類ではない誰も見たことのないエイリアンなのに、CGが誰かが演じるよりよくないとどうして断言できる?


「アバター」は、話自体は特に目新しいものでもなんでもない。細部だけをとるとすべてなんかどこかで見たり聞いたりしたような部分ばかりだ。しかし、それらを再統合して、誰も経験したことのない3Dによって新しい世界を構築してみせた、その力技こそがキャメロンの真骨頂だろう。思えば「タイタニック (Titanic)」も、基本的に耳タコの話を再構築した物話だった。しかし、その既に知っている話を、まるで初めて見るようなスペクタクルとして提出して見る者をあっと言わせたところに、「タイタニック」の醍醐味があった。そしてそれは「アバター」でも変わらない。


「アバター」を見て、私はなんとなくピーター・ジャクソンの「ロード・オブ・ザ・リングス (The Lord of the Rings)」を思い出した。なんとなくジャクソンが「ロード・オブ・ザ・リングス」で試みて失敗したことを、ここでキャメロンが実現してしまったという気がしたのだ。「ロード・オブ・ザ・リングス」を見た時、私の右隣りに座っていた女房も、左隣りに座っていた若者も、後半はすやすやと寝ていた。「タイタニック」を見た時は、女房は無理な姿勢なのに3時間身じろぎもしないでスクリーンに集中し過ぎたせいで、見た後に身体のあちこちが痛いと訴えていた。


そして今回、当初の心配も杞憂に終わり、進歩したテクノロジーのおかげで私も女房も3Dメガネをかけていても頭が痛くなることなく最後まで見続けることができた。女房は、3Dで見てよかったと、見るまでとはまったく逆の意見を口にしていた。そしてやはり、身じろぎもしないで2時間半集中していたせいで、上映が終わった後、腰が痛い、立てないと「タイタニック」の時と同様のことをほざいていた。キャメロンにとっては最高の褒め言葉だろう。


私としては、「アバター」に感動するというよりは、とにかくキャメロンに感心する。クリント・イーストウッドが作る作品が映画そのものであるというのとは別の意味で、キャメロンが作る作品もまた映画だ。映画そのものの発祥が、観客をあっと言わせる見せ物であったということを、キャメロン作品は思い出させる。これはすごいことなのではなかろうか。思わず、わあと言ってスクリーンを凝視してしまう。


ニューヨークは今冬、記録的に雪が多い。「アバター」を見てからも既に何回か降っている。家の中から、外を歩いていて、雪が降るのを見ていると、遠くに降る雪はゆっくりと、手前に降る雪は速く落ちてくるように見える。その様子を見る度に、まるで「アバター」みたいと「アバター」を思い出すのだ。そうじゃなくて「アバター」が現実を模しているのだが、そう思わせるだけの力が「アバター」にあるということだろう。目の前を、あの浮遊クラゲのような物体が舞っているような錯覚を起こしそうになる。








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