You Were Never Really Here


ビューティフル・デイ  (2018年5月)

社会に馴染めない男が、売春窟に閉じ込められた幼い女の子を助け出そうと一人無謀な戦いを挑む‥‥という構図で誰もが思い出すのは、マーティン・スコセッシ-ロバート・デニーロの「タクシードライバー (Taxi Driver)」だろう。共に元軍人の男が、退役後に心に闇を抱えながらニューヨークで生きている。


一人はそれでもタクシー・ドライヴァーという職を持っているが、もう一人は雇われの殺し屋だ。一方で天涯孤独のタクシー・ドライヴァー、トラヴィスと異なり、「ビューティフル・デイ」の殺し屋ジョーには母がおり、その面倒も見ているなど、多少家族環境は異なる。それでも両者共、怖い場所に自ら乗り込んで行く自滅型という最大の特徴は同じだ。さらにはジョーには自傷癖まである。


ジョーに扮しているのがホアキン・フェニックスで、相変わらずこういう危ない役をさせるとはまる。さらにちょっと汚さそうだと完璧という、本人にとってはあまり嬉しくもなさそうな格好が見事に合う。


例えば、近年では切れると怖くて印象的というと、すぐ思い出すのは「シェイプ・オブ・ウォーター (The Shape of Water)」「ノクターナル・アニマルズ (Nocturnal Animals)」のマイケル・シャノンが筆頭だが、シャノンの場合、よれよれとかばっちいとかいう感じはあまりしない。どちらかというとスーツや制服姿のまま、つまりなんらかの制度、体制内で怖さを撒き散らす。これは逆に言うと、そういう制度が心を蝕んでいることの証明だろう。


一方フェニックスの場合、まるで一見ホームレスか向こうの世界の人のように切れる。つまり、本質的にやばそうな雰囲気を持っている。そういう奴が手にハンマー持っていたら、それだけでもう、めったやたら怖い。頼むからハンマー手にするなと叫びたくなる。


シャノンは、たぶん切れる相手がいなかったら必要がないから切れないんじゃないかと思うが、フェニックスの場合、荒野にただ自分一人だけでも切れて暴れるんじゃないかという怖さがある。つまり、フェニックスはどこにいようと畢竟自分一人だ。彼の世界は彼一人のものであり、余人は相容れない。そういう彼の印象を極めたのが、「ビューティフル・デイ」だ。


それなのに、というか、それだからこそか、ジョーは年老いた母の面倒を見ている。たぶん自傷癖と自殺願望のあるジョーは、母がいなければとうに自殺しているか、さもなければ銃持って乱射事件起こして警官に囲まれて、撃たれて死んでいるのがオチだろう。最初母が、そして頼まれて救い出した少女ニーナが、ジョーに生きる理由を与えている。


「タクシードライバー」のトラヴィスと「ビューティフル・デイ」のジョーはほとんど死に場所を求めるつもりで少女を助けに行くのだが、アーミー・ジャケットを着込み、頭をモヒカン刈りにして出向くトラヴィスは、ある意味自分の美意識に従って行動している。だからむしろ格好よくさえ見えるのだが、ジョーの場合は、ただただヴァイオレンスの海の中に沈んで行く。格好いいというよりも、痛い、怖いという思いの方が先に立つ。


「タクシードライバー」では最後、トラヴィスはいっそ憑き物が落ちて吹っ切れたような清々しいとさえ言える顔をしているが、ジョーはニーナを助け出してもやはり底なしの泥沼の中だ。誰かフェニックスを助けてやってくれ。










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元軍人のジョー (ホアキン・フェニックス) は、ニューヨークで暗殺の裏稼業をして生計を立てていた。自殺願望があったが、年老いて呆けてきた母 (ジュディス・ロバーツ) の面倒を見なければならず、それはかなわなかった。ある時ジョーは、上院議員から、拉致されて少女売春を強制させられている娘のニーナ (エカテリーナ・サムソノフ) をとり返して欲しいという要請を受ける‥‥


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