Undercover Boss   アンダーカバー・ボス

放送局: CBS

プレミア放送日: 2/7/2010 (Sun) 22:00-23:00

製作: ステュディオ・ランバート

製作総指揮: スティーヴン・ランバート、ステフ・ワグスタッフ、イーライ・ホルツマン

アナウンサー: マーク・ケラー


内容: 企業の経営者が素性を偽って、自分の経営する企業の前線で下っ端の従業員と共に働いてみる様をとらえるリアリティ・ショウ。


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アメリカで年間で最大の視聴率を獲得するTV番組は、NFLの優勝決定戦「スーパー・ボウル (Super Bowl)」中継だ。だいたい毎年8,000万人から1億人くらいの視聴者を獲得している。レギュラー番組では圧倒的人気で毎週視聴率1位の座を占めるFOXの「アメリカン・アイドル (American Idol)」が獲得する視聴者が約2,500万人だから、「スーパー・ボウル」は常にその3倍から4倍の視聴者を獲得していることになる。


これだけアメリカ中の目が集まる一大イヴェントだと、本来ならその中継権をめぐって様々な争奪戦やいざこざ、駆け引きが起こりそうだ。そういう問題を避けるため、「スーパー・ボウル」は毎年4大ネットワークが持ち回りで中継することが決まっている。今年はCBSが「スーパー・ボウル」を中継する番に当たっていた。


これだけ注目されると、当然その直後に編成される番組も、その余韻を駆ってかなりの視聴率を稼ぐことが予想されるし、実際そうだったりする。そのため、「スーパー・ボウル」を中継するネットワークは、毎年その後に力を入れている新番組や、従来人気番組の特別篇を投入するのが倣いとなっている。そして今年、CBSが「スーパー・ボウル」直後に持ってきたのが、「アンダーカヴァー・ボス」だった。


アンダーカヴァーとは、警察用語で囮捜査、潜入捜査を意味する。身分を偽って犯罪組織に潜入する者のことだ。ここでは、とある企業の幹部がアンダーカヴァーでその企業の最も下っ端の従業員と共に前線で働く様をとらえる。英チャンネル4で放送されている番組のリメイクだ。


だいたい、大企業ともなると、その経営者が自分の経営する企業の実態を知っているという、考えたら当然のようなことが当然ではなくなる。経営することと一線でものを売ったり企業の手足となって働くことは別のことなので、経営者がその企業の生え抜きで、ずっと同じ企業で一から始めて出世してきたとは限らない。というか、終身雇用という発想のないアメリカでは、そういうことはほとんどない。誰でも一生で何度も転職するし、また、キャリア組はだいたいにおいて最初の階段の数ステップは飛ばしてすぐ上に行くから、自分が経営する企業でも、その前線、実状は知らなかったりする。


その逆も言え、下っ端従業員が幹部の顔を知っているかというと、まったくそんなことはない。だからこそこのような企画が通る。全従業員がお互いに顔を知っている零細企業や風通しのいい企業では、この企画が意味をなさないのはもちろんだ。


番組第1回では、ウエスト・マネジメント、要するに産業廃棄物処理最大手の、その名もウエスト・マネジメント社のトップがアンダーカヴァーで、従業員と一緒に仕事する。ウエスト・マネジメントというと、私の場合、HBOの「ザ・ソプラノズ (The Sopranos)」を即座に連想する。番組主人公、トニー・ソプラノが経営するのが、なにあろうウエスト・マネジメント企業だった。


とはいえこちらの方は、家族経営の小規模なウエスト・マネジメントであり、ニュー・ジャージーにちょっとした土地とトラックを数台持っているに過ぎず、実状はギャング行動の隠れ蓑くらいのものでしかなかった。しかしこれを全米規模で展開すれば、立派な一大ビジネスだ。しかも時代趨勢を考えれば、この分野は今後まだまだ伸びる。


一方「ソプラノズ」が始まった90年代末は、まだ環境問題が今ほど注目されておらず、ウエスト・マネジメントという用語も定着していなかった。「ソプラノズ」で初めて精神科医のカウンセリングを受けたトニーが、職業を訊かれてウエスト・マネジメント・ビジネスと答え、ロレイン・ブラッコ扮する精神科医のジェニファーがそれをよくわからず、トニーが説明していたのを思い出す。それが今では一大産業だ。


こないだプロ・ゴルフのPGAツアー中継を見ていたら、ウエスト・マネジメント社がツアーの一環で歴史あるフェニックス・オープンの冠スポンサーとなり、正式名称がウエスト・マネジメント・フェニックス・オープンとなっていた。スポンサー名をトーナメント名に被せるツアーの呼称の仕方を知らずに初めてこのトーナメントを見たら、このトーナメント名が意味することをわからず唖然とする者が多いに違いない。


ゴルフ・トーナメントに金がかかるのは常識だ。ただし、ゴルフをする者には企業重役が多かったり、あるいはゴルフは接待に使われたりする。そのため、そういう者たちの目に留まることを見越して、投資や金融関係の大手がスポンサーになったり、TV中継にコマーシャルを出したりする。しかし、あまり産業廃棄物とは結びつきそうもない。逆に言えば、それくらい産業廃棄物処理業が、脚光を浴びるとまでは言わないまでも、人々に認識されるようになってきたか、あるいはそうなろうとしている、あるいはそのための資金力があるほど企業として力を蓄えてきたことの証拠だ。


「アンダーカヴァー・ボス」第1回では、そのウエスト・マネジメント社のボス、ラリー・オドネルが、前線に立って従業員と一緒に仕事をする – つまり、ゴミ拾い的な仕事に従事する。単純に言って、企業トップがゴミ拾いをしているのを見るのは気分がいい。そういう視聴者の気分を見越しての、番組第1回編成だろう。


番組ではオドネルが、前線で働く、持ち場の異なる社員数人に持ち回りでついて回って一緒に仕事をする。例えば、ウエスト・マネジメントをする職場であるから、当然ゴミの仕分けをするという職場がある。ベルト・コンヴェイアの上を流れてくるゴミを、一瞬で見極めてリサイクル、ノン・リサイクル、ガラス、プラスティック等という風に仕分けしなければならない。一瞬でももたつくと、ゴミはどんどん先に流れていってしまい、作業を一時停止しなければならない。一緒に働く他の全員の迷惑になるのはもちろんだ。そしてもちろん、オドネルはかなりもたついて皆に迷惑かける。


ゴミを実際に拾い集めるという仕事では、大きなゴミ袋と銛のようなゴミ拾い器具を持たされたオドネルが、屋外で強風に煽られながら必死にゴミ拾いに奔走する。見ていると、集めているゴミよりも袋からこぼしてしまうゴミの方が多い。オドネルは一緒に作業してスーパーヴァイズしている現実には自分よりかなり格下の黒人従業員から、あんたにはこの仕事は向いてないと冷たく言われてしまう。


極めつけはよく公園やイヴェント会場等で見られる移動式の簡易トイレの清掃で、なるほど、こういう事業にも手を出していたか。当然オドネルも臭いや劣悪労働環境に顔をしかめながら他人のクソ掃除だ。それをやはり黒人の従業員は、この仕事を楽しくやるコツは物事をポジティヴに考えることだと言わんばかりに、鼻歌を交えながらどんどん仕事をこなしていく。思わずオドネルも自分の従業員に感心し、満足する。


番組の最後は、そうやって一緒に仕事をした者たちを本社に集め、今度は背広姿のオドネルが姿を現し、自分は本当は社長なのだと素性を明らかにする。社長にあんたはこの仕事は向いてないと明言していたやつはあんぐりだ。オドネルは彼らに、プロモーションやその他のインセンティヴを約束する。そしてその他の従業員たちの前で、自分がアンダーカヴァーでしたことのヴィデオを見せ、笑いや握手と共に、ポジティヴな姿勢で番組は終わる。


その他の回も進行はほぼ同じだ。だいたい、一線で一生懸命に働いている者を最初から選んでいるだろうから、最終的にはそういう者を顕彰して、今後も皆で一丸となって会社を繁栄させていこう、みたいなノリで締めくくる。必ずしも毎回それだけというわけではなく、時には本当に使えない社員や反抗的な社員が登場して、叱責されたりする時もあるらしい。それはそれで面白かろう。


以降番組に登場する企業は、7イレヴン、バー・レストラン・チェーンのフーターズ (Hooters)、ファスト・フード・チェーンのホワイト・キャッスル (White Castle)、テーマ・パーク経営のハースチェンド・ファミリー・エンタテインメント (Herschend Family Entertainment)、競馬場経営のチャーチル・ダウンズ (Churchill Downs) 等で、フーターズと聞いてにやりとできるのは、このチェーンで働くウエイトの女性が、胸が大きく露出度の高い服を着ていることを知っている男性だろう。要するにアンナミラーズをさらに推し進めて男性向けに特化した感のあるチェーンだ。また、チャーチル・ダウンズの経営者は実は馬が怖いそうで、要するに、経営と企業は別物なんだなということがよくわかる。


私が老婆心ながら要らぬ心配をしてしまうのが、これらのTVに出てプロモートされた者とは別に、どの企業にもいるであろう、人知れず自分の仕事に専心している真面目な従業員たちだ。どんな会社にも、ある程度の規模があれば、要領がいい者、悪い者、必ず両方いる。番組としてはそういう、どちらかといえば日陰で真面目に働いている者をピックアップするというのが方針だろうが、しかし、そういう者はたった一人ではあるまい。一人をピックアップしても、あぶれる者も必ずいる。なにをどうやっても、100%公平というのは無理な話だ。


例えば、ABCのリアリティ・ショウ「エキストリーム・メイクオーヴァー: ホーム・エディション (Extreme Makeover: Home Edition)」では、真面目に働いていても家計が苦しい家庭の家を無料でリニューアルしてあげるという番組だ。もちろんその趣旨に異議はない。しかし、そういう家庭は世の中に五万とある。場合によってはTV局によって無料で家をリニューアルしてもらったその隣りの家も同様に真面目に働いているが、同様に家計は苦しかったりする。その時、リニューアルしてもらえなかった方の家が妬みをまったく感じないことはあるまい。実際の話、そうやって親交が途絶えた向こう三件両隣がままあるというニューズも見たことがある。


同様のことが「アンダーカヴァー・ボス」でも起こることは充分考えられる。というか、絶対起こる。なんであいつよりオレの方が真面目に働いているのにオレはペーペーのままであいつがプロモートされるんだ、という話に絶対なるのだ。これは、もう、絶対だ。賭けてもいい。特にこういうTV番組の場合、最初からフェア意識で作っているわけではないので、よけいそうなる。


また、ちょっと話は違うが、「ホーム・エディション」の前身であるオリジナルの「エキストリーム・メイクオーヴァー」は、性格はいいが今一つ見場がぱっとしない者を整形して美しくしてあげるという番組だ。これに親切心から知り合いを出してあげようとした子がいた。選ばれるためには客観的に見て容姿が普通以下でなければならないという話を聞いて、是非選ばれるよう、友人の容姿について徹底的に悪口雑言並べ立てた挙げ句、結局友人は選ばれなかった。後に残ったのは自分が友人について悪し様に罵ったヴィデオだけで、結局その子の方が心に傷を負って自殺してしまったという痛ましい事件があった。つまり、そういう番組だからこそ、逆に人を不幸にする場合もある。


一方「アンダーカヴァー・ボス」の場合、そのうち番組の前提自体が成り立たなくなるだろう。従業員がボスの顔を知らないことが必須条件というのもさながら、番組がヒットしてしまうと、いきなり職場に中年以上のあまり仕事のできないやつが新入りといってやって来て、誰かについて仕事を教えてもらい、それをTVカメラがとらえるという事態になれば、誰でもこれは怪しい、そういうTV番組があったと思うようになるに違いない。つまり番組がヒットすればするほど、長くは続けられないだろう。この番組、現時点ではそれなりにヒットしているが、持ってあと2、3シーズンというところか。








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アンダーカヴァー・ボス   ★★1/2

 
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