The Traitor


ザ・トレイター  (2020年2月)

実はこれ、3週間前に見た作品なんだが、遅筆のせいで今書いている。その3週間で、映画視聴環境は一変した。コロナウイルスの蔓延のせいで、現在では映画館は閉鎖されている。それでも先週は私がメンバーの映画館チェーンからのe-メイルで、当館は消毒作業を徹底して安全に観客が映画を鑑賞できるよう万全を期しています、なんてのが来てたが、その1週間後には閉鎖だ。万全も何もない。 

 

おかげで人々が家を出られないために、 Netflixを代表とするストリーミング・サーヴィスの業績だけは好調のようだ。これに対応するために、ディズニーの「2分の1の魔法 (Onward)」やユニヴァーサルの「透明人間 (The Invisible Man)」が、現在公開中であるにもかかわらず、ストリーミングでも提供すると発表している。「透明人間」は見るつもりでいたので見れるならありがたいと言えばありがたいが、一抹の寂しさというか、なんかなあという気分は否定し難い。しかしこの状態、いったいいつまで続くのやら。 

 

さて「ザ・トレイター」だが、イタリアン・マフィア史上最大の裏切り者を描くドラマと聞いて最初に連想したのは、マーティン・スコセッシの「アイリッシュマン (The Irishman)」だったというのは、時宜を考えれば実に普通というか当然の流れだと思う。 

 

しかし、これがアメリカを舞台にする「アイリッシュマン」や「ゴッドファーザー (The Godfather)」等のハリウッド映画ではなく、イタリアが舞台の実際のイタリアン・マフィア、つまりコーザ・ノストラを描くヨーロッパ映画となると、また話は違ってくる。演出はと見ると、なんとマルコ・ベロッキオだ。 

 

正直言うと、ベロッキオというと、私の場合、「肉体の悪魔 (Devil in the Flesh)」の衝撃が大き過ぎて、いまだにあのエロティシズムの印象から抜け切れていない。しかし前回見た「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女 (Vincere)」では歴史ものに挑戦していたし、調べてみるとそれ以降もコンスタントに、どちらかというとヒューマン・タッチのドラマを撮っている。どうやら「肉体の悪魔」の方が異質というか突出した作品のようだ。 

 

「ザ・トレイター」は今度は、裏切りや暗殺、権謀術数渦巻くマフィアの世界、端的にはそのマフィアを裏切って裁判で証言した男を描くドラマで、ヒューマンなドラマともまた違う。どうやらベロッキオって、懐の深い、イタリアでは大御所であるらしい。 

 

イタリアのマフィア、コーザ・ノストラは、鉄の規律で結束する世界有数のギャングだ。というか、だった。それに楔が打たれたのが、1986年のいわゆるマフィア大裁判 (Maxi Trial) と呼ばれるマフィアの人間を裁く裁判で、斯界の大物の一人だったトンマーゾ・ブシェッタが、掟を破って裁判で証言した。結果として、何百人ものマフィアの人間が有罪判決を受けている。 

 

裁判の描写で最も印象的だったのは、証言するブシェッタを取り囲むように、傍聴席の後ろの鉄格子の後ろに、その証言の対象であるマフィアの顔役の面々が裁判に出席しているというお膳立てだ。わざわざそのために裁判所内に格子牢を作ったのか、それとも最初からそもそもそういう建物だったのか。 

 

いずれにしてもそのため、厳粛に証言しているはずのブシェッタに対して、後ろからギャングの面々の野次が飛び交う。あまりうるさいので裁判長も何度も静粛を求めるのだが、そんなのに耳を貸す輩ではない。まあ、今ではたとえ民主主義を謳っている国家でも結構国会では野次だらけだったりするのをうんざりするほど見せられているので、ギャングが野次を飛ばしても驚くには当たらないのかもしれないが、しかし、これでまともに裁判が進められるのかというくらい事態は紛糾する。 

 

それで、ではそれほど自分の潔白を主張したいのかと、ギャングの一人が房から出されてブシェッタと共に壇上で証言を求められると、途端にぼろが出て言葉に詰まる。そうするとこれまで後ろで野次りまくっていた他のギャングも今度はだんまりを決め込むなど、まるで喜劇を見せられているかのような展開になる。これって全部現実に起こったことというのが、俄かには信じ難い。 

 

こういう裏社会では、規律、掟、忠誠が何よりも重要であることは、マフィアであろうがヤクザであろうが変わりない。誰かが裏切れば組織自体が揺らぎかねない。そのため、だいたい裏切り者は死でその罪を償うというのは、洋の東西を問わない不文律になっている。 

 

一方、ブシェッタは一般市民や行政の点から見ると法に則ってマフィアを取り締まれるありがたい存在なのだが、マフィアから見ると、裏切り者の下衆野郎だ。おかげで民衆からも、信用できない者として見られがちで、結局ブシェッタは、裁判以降、家族共々アメリカに亡命して、名と、たぶん顔も変えて、証人保護プログラムの元で、死ぬまで住居を転々として過ごした。あまり楽しくない晩年であったことは想像に難くない。 












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1980年代初頭、麻薬の利権をめぐってシシリアン・ギャングの間で抗争が絶えなかった。ギャングの顔役の一人であるトンマーゾ・ブシェッタ (ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ) は、当初抗争をなんとかして治めたいと考えていたが叶わず、ブラジルに移住する。しかしブシェッタがサンパウロにいる間に息子や親族がイタリアで何人も殺された上、ブシェッタ自身も麻薬取締法違反で逮捕され、イタリアに送還される。ブシェッタはコーザ・ノストラの掟を破って、組織の内幕を裁判で証言することを選択する。 


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