The Speed Cubers


ザ・スピード・キューバーズ  (2021年2月)

かつて、ドキュメンタリーというジャンルとの特質として、何が起きるかわからない突発時に対応するために、機材は質より機動性が重視された。いざという時にカメラを担いで走れないようではドキュメンタリーは撮れないからだ。そのため、民生用カメラで撮った映像は質が粗く、はっきり言って映画館の大きなスクリーンでは到底見れたもんじゃなかった。 

 

それが近年、撮影機材の品質向上により、プロ用機材を使わなくても民生機器で高品質映像が撮れるようになったおかげで、ドキュメンタリーというジャンルが大きく様変わりした。昨年の「ハニーランド (Honeyland)」、一昨年の「フリー・ソロ (Free Solo)」等、むしろ映画館の大きなスクリーンで見てこそという、映像の面でもスクリプト作品に劣らない作品が製作できるようになった。

 

さらに忘れてならないのが、Netflixの台頭だ。これまではTV先導で、PBSとHBOがほぼすべて賄っているという感のあったドキュメンタリーというジャンルにNetflixが参入したことにより、ドキュメンタリーの裾野が一気に広がった。Netflixはさらに短編やシリーズ等、これまでドキュメンタリーというジャンルではほとんど見られなかった柔軟な編成で作品を製作、テーマも硬軟とり混ぜた様々な作品を投入、これまでドキュメンタリーに興味を持っていなかった視聴者も取り込むことに成功した。数年前の「メイキング・ア・マーダラー (Making a Murderer)」、および昨年の「タイガー・キング (Tiger King)」や「ザ・ラスト・ダンス (The Last Dance)」等の成功なくして、今のドキュメンタリーの隆盛は考えられない。 

 

そして個人的には、これらの作品ほど話題になることはないが、新たな世界を見せてくれるという点で、Netflixがストリーミングする単発短編ほど面白く興味深い作品群は他にあまりない。 

 

ここ最近だけでも、日本で女子相撲の第一人者に迫る「リトル・ミス・スモー (Little Miss Sumo)」(「相撲人」という漢字が添えられているが、これがもしかしたら邦題か)、「ザ・トレーダー (The Trader)」というタイトルで、東ヨーロッパのトレーダーを捉えるものかと思ったら、トレーダーはトレーダーでも株のトレーダーではなく、中世時代のように物々交換 (トレード) で生きている人々の橋渡しをするトレーダーを捉える作品等、目から鱗の作品が並ぶ。そして個人的には、その中でも最大のヒットが、「ザ・スピード・キューバーズ」だ。 

 

かつて一世を風靡したルービック・キューブという玩具がある。今では特に見る頻度が高いわけではないが、それでも今でもこれに熱中している者たちは世界中に大勢いる。そういう者たちを集めての世界大会もある。 

 

正直に言うと、ほとんどルービック・キューブで遊んだことのない私は、キューブといえば皆同じもので、3 x 3や4 x 4、5 x 5という大きさの種類があることも知らなかった。もちろん数が多くなればなるほど揃えるのが難しくなることは言うまでもない。上級者になると目隠ししても揃えられる。足指で揃えることのできる者もいる。しかし、それでも競技としての花形は、3 x 3のキューブでスピードを競う部門だ。この部門は現在、開始して10秒以内で全面揃えられないと世界の一線級とは戦えない。この一瞬のエキサイトメントは、まさしくスポーツだ。 

 

その中でも現在、抜きん出て力のあるのがオーストラリアのフェリックス・ゼムデグスと、アメリカのマックス・パークだ。フェリックスは白人、マックスは韓国系アメリカ人で、自閉が入っている。自閉症やサヴァン症候群の者は、自分が興味のあるものに対しては非常な集中力を示して抜きん出た能力を示すことがあるのはつとに知られている通りで、マックスもその例に漏れない。一時フェリックスの独壇場だったスピードキュービングで、あれよあれよという間にフェリックスの持つ世界記録を塗り替えた。 

 

ロウ・ティーンから頭角を現したマックスは身体的にも成長して、今ではたぶん上背は180cm以上あるだろう。しかし人付き合いが苦手、というかできないマックスは、この世界に入るきっかけになったフェリックスを信頼しており、たぶん親以外でまともに話のできる相手はフェリックスしかいないと思われる。フェリックスもこれに答えることでよい師弟、ライヴァル関係が生まれた。 

 

しかし2019年のスピードキュービングの世界大会は二人共不調で、共に10秒弱の記録しか出せない。これでは勝てない。二人共内心の焦りの色が表に出始める‥‥。 

 

さてドキュメンタリーというと、反射的に連想するのはマイケル・アプテッドの「アップ (Up)」シリーズで、たぶん今年最新作の「63アップ (63 Up)」が公開もしくは放送されるはずとつらつらと思っていた矢先、そのアプテッドの訃報が報じられた。 

 

考えたら7歳から撮り始められた登場人物が既に63歳になっているのだ。最初にシリーズを始めたアプテッド自身は、さらにもっと歳をとっている。もう鬼籍に入ってもいいくらいの歳になっていたのだ。しかしきっと彼の遺志を継ぐ面々によって、「アップ」シリーズは続いていくに違いない。そしてその「アップ」自体の登場人物も、そろそろ一人欠け二人欠けとしていくんだろう。願わくば最後の一人まで「アップ」シリーズが続いていってくれますように。しかし私自身もそれを見届けることができるんだろうか。 


 









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ルービック・キューブの世界大会に出場する二人のスピードキューバーを捉えるドキュメンタリー。


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