The Constant Gardener   ナイロビの蜂  (2005年9月)

ケニアに赴任中の庭いじりが趣味の温厚な英国人外交官ジャスティン・クエイル (レイフ・ファインズ) の妻テッサ (レイチェル・ワイズ) は、流産して以来、精神的に安定していなかった。そんな矢先,テッサは出先の車の中で黒こげの死体となって発見される。同行していた黒人医師アーノルドの所在が知れず,状況は不倫の末の愛憎のもつれを示していた。しかしそのことを信じられないジャスティンは、単独で調査を開始する‥‥


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「ナイロビの蜂 (ザ・コンスタント・ガーデナー)」は、ジョン・ル・カレの同名原作の映像化である。とにかく評がよく,今年、アカデミー賞シーズンが終わって以来,初めて大人の鑑賞にも堪えるエンタテインメント作品が現れたと評されている。ま、それは誉め過ぎだとしても,そこまで言うからには見ないわけにはいくまい。


ところがこの作品,監督はなんとフェルナンド・メイレレスなのだ。あのリオのスラムの原初的エネルギーを余すところなくとらえた「シティ・オブ・ゴッド」のメイレレスが、なんと、英国ミステリ界,というよりは,既に英国文学界の重鎮といった感のあるル・カレの映像化に抜擢されるとは,いったいどういう経緯があったのか。まあ,誉められているんだから当初の目論みというか,狙いは当たったんだろうが,しかし、メイレレスねえ。


私はミステリ好きではあるが,近年はあまりル・カレは読んでいない。ル・カレ作品は面白いのであるが,どんどん重厚長大になってきて,とっつきにくくなってきた嫌いがあるのは誰しも認めるところだろう。というわけで、スマイリー三部作以来,実はル・カレ作品はほとんど読んでいない。読んでいる最中は面白いのだが,電車の中で読んでいて目的地に着いたので電車を降りなければならなかったり、ご飯の時間だというので読むのを一時停止したりすると、この遅々たる歩みの重厚なのりがこの先まだずっと続くのかと、ちょっとげんなりするのも事実である。また上下分冊か。ああ,一気に読めた「寒い国から帰ってきたスパイ」の時代はよかった、なんて言いたくもなるのだが,この、ほとんど文学作品めいてきたル・カレ作品にはまると、なかなか帰って来れないだろうなというのもまた,よくわかる。


一方,ル・カレの最新の映像化である「テイラー・オブ・パナマ (パナマの仕立て屋)」の方も見ていないのだが,こちらはジェイムズ・ボンド俳優と化したピアース・ブロスナン主演ということで,最初から見るつもりがなかった。ル・カレ作品をボンド俳優で映像化なんかして欲しくないと思ったのは私だけではないだろう。それなのになんだってまたル・カレ本人がこういう作品で脚本を書いているんだ。それなりに新しいル・カレ・ファンを増やしたらしいのはご同慶の至りであるが,しかし、映画でこそ重厚長大の3時間のル・カレ作品を見てもいいぞとこっちは思っているのに。


今回「ナイロビの蜂」で主人公ジャスティンを演じるのはレイフ・ファインズで,英国人外交官という役どころであるが,彼自身はスパイではない。むしろそれらしい行動をしているのは彼の妻のテッサの方だ。ジャスティンは,どこから見ても四角四面で真面目一徹の,よく言えば真摯,悪く言えば融通の利かない人間だ。その彼が妻の死をきっかけとして,自分でも意外なほどの行動力を発揮して妻の死の裏側に潜む真実を追究しようとする。


ファインズは元々柔らかく、真面目な印象があるから、むろんこの役は結構はまっている。欲を言えば,彼はこの役にはハンサムすぎるんじゃないかという気もしないではない。彼ほどのハンサムが、いくら真面目すぎるとはいえテッサ以外の女性からほとんど顧みられないというのは、無理があるんじゃないかという気がする。その点を除くとほとんどパーフェクトな配役で,人が英国スパイものに求めている内容をほとんど満たしていると言えよう。言っていることには必ず裏がある英国上流階級社会。確かにこれはル・カレの世界だ。


メイレレスがこの作品の監督に起用されたのは,たぶん、ほとんどの舞台となるケニアの鬱勃とした生のエネルギーをとらえきれるだろうと判断されたことが要因だったのに違いないが,意外にもメイレレスは洗練された英国社会を描くことにも力を発揮している。考えたらリオのギャング社会も英国の上流社会も、どちらもパワー・ゲームの世界であり、本質は一緒なのだろう。結局,人間の質に違いはないのだ。


一本の映画として「ナイロビの蜂」が満足できる作品であることには疑いの入れようがないが、一方、これをル・カレ作品の映像化として見る場合,2時間の映画作品が、読むのに一両日では終わらない原作をどれだけ忠実に映像化しているかは疑問だ。上下2冊の原作を2時間にまとめるためには,かなり細部を端折っているのは確実で,細部をこれでもかというくらい書き込むことによって成り立っている最近のル・カレ作品の雰囲気や特質を映画に反映させるのは、かなり難しいだろうと思う。実際の話,ル・カレ作品は簡単に終わらないからいいという言い方もできるのだ。そのため、映画がどこまで原作のファンを満足させたかは、映画のできとは関係なく難しいだろう。


にもかかわらず、やはり「ナイロビの蜂」はいい。確かにこういう、シリアスでありながら楽しめる大人向けの硬派なエンタテインメント作品というと、最近では「クラッシュ」以来という気がする。一応2時間は余るのだが,あっという間である。私が見に行った時は、わりと高めの年齢層の観客で劇場はかなり埋まっており,チケットを買う列に並んでいると、前からも後ろからも、この映画は誉められているよ、きっと面白いぜという話がちらほらと聞こえてくる。みんなちゃんと前知識を仕入れてから来てんだなあ、だいたいいつもカンと気分で見る映画を決める私が最も不勉強なのかもしれないと、ふと思ったりした。






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