The Big Short


マネー・ショート 華麗なる大逆転  (2016年2月)

「マネー・ショート」は、2007年の住宅ローンの崩壊に端を発し、翌年のリーマン・ショック、そして世界中を巻き込んだ金融危機を描く作品だ。「しあわせの隠れ場所 (The Blind Side)」、「マネーボール (Moneyball)」で知られるマイケル・ルイス同名原作 (邦題「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」の映像化で、ブラッド・ピットが「マネーボール」に続いて出演および製作も兼ねている。演出はアダム・マッケイ。


私たち夫婦のような、金持ちとはまったく言えない庶民階級の者ですら、将来のことを考え、幾らかは投資に回している。ただし、もちろん素人のこととて自分たち自身でそういうことができるわけもなく、ファイナンシャル・マネジメント会社に運営してもらっている。利回りのいい、投資的な預金口座も持っている。


そのため2000年代中盤がアメリカ経済空前のバブルというのは、私たちですら実感でわかった。なんとなれば預金口座の利回りが、当時5%あった。CDとか定額預金とか一定期間手を出せない口座ではなく、使おうと思えばいつでもいくらでも引き出せ、いくら足してもいい預金口座だ。その頃家を買おうとしてせっせと貯蓄しており、頭金を出せるくらいの金がその口座にあった。その利子が、毎月300ドルくらいついていた。株に回している金も順調に増えていたし、定年後にもらえるアメリカ版の年金であるソーシャル・セキュリティは、いくつになったらいくら貰えるとちゃんとわかるようになっているが、それも着実に増えていた。そのため女房と二人して、こんなに早く金って増えるものなのか、これなら老後は安泰だなと話し合っていた。


むろんそうは簡単には問屋は卸さない。それからそうしないうちにバブルは崩壊し、ほぼ毎月利回りは低下し続けた。わずか数年の間に0.5%まで落ちて、以来ずっと何年も下げ止まりの状態が続いている。コンドを買ってしまったので口座にはその時の半分くらいしか金は入ってないが、利子は半分どころではなく、月10ドルしかついてこない。正直、金が増えているという感じはまるでしない。株も、プロが投資しているはずなのに長い間低迷していた。我々がどうこうできるものでもないから、夫婦して、毎月金入れてるのにどんどん目減りして行くってどういうこと、と溜め息つくのが関の山で、手のうちようがなかった。それでも、0.01%とか言っている今の日本のマイナス金利状態に較べると、まだましか。


最も理不尽に感じるのは、なぜそうなるのか、皆目と言っていいほどわからないことだ。経済が冷え込んだというが、私たちは普段通りに働いて、生活している。いったいいつどこでどう冷え込んだんだ。住宅ローンを安易に乱発すると、破産が増え取り立てに苦慮する結果になりそうだなくらいはわかる。しかし、その失敗の尻拭いがなぜ私たち一般市民に回ってきて、リーマン・ブラザーズは政府から何億ドルも金をもらって自分たちのボーナスに当てるなんてことができるんだ。それは犯罪ではないのか。


とまあ、私たちのような金融の門外漢にとって、「マネー・ショート」はかなり敷居が高いというか、理解しづらい。製作者もその辺は重々承知しており、そのため、いきなり登場人物の一人であるライアン・ゴズリングがカメラ目線になって、状況の説明を始めたりする。あるいは、なぜだかいきなりなんの脈絡もなくセリーナ・ゴメスがブラック・ジャックのテーブルに現れて、なぜ住宅ローンが崩壊したかを説明する。


これは確かに金融商品についての理解の助けにはなるが、映画作品としては、話の流れを妨げることおびただしい。登場人物の一人であるゴズリングが説明役を買って出るならまだしも、なんでまたゴメス? とかなり思う。そしてそのような製作者の配慮にもかかわらず、それでも、やっぱり私たちのような金融素人にとって、根幹のところはやっぱりわけがわからないのだ。


そのため、私は途中でかなりストーリーをロストしたが、一緒に見ていたうちの女房は私に輪をかけてストーリーを追えなかったようで、途中で完全に筋を追うのを諦めたそうだ。それもかなり早い段階でそうなったらしく、あとはもう寝ることに徹したため、最終的に頭が痺れるくらい寝てしまったと言っていた。


もっとも頭が痺れたのは劇場が寒かったせいもあると言っており、私も確かにそれはあると思った。寒いのでジャケットを脱がないで見ていたが、それでも手が冷えてかじかんできたので、途中から手をポケットに突っ込んで見ていた。他の観客が特に寒そうに見えないのは、やはり着込んでいる脂肪の層の厚さのせいかと文句も言いたくなる。ジジババ層の多い劇場だと、さすがにどこも暖かくしているが、今日のように若いファミリーの街ホボケンの劇場だと、周りは二十代三十代の若いカップルや家族ばかりで、きっと体温が高いに違いない、とまあ、映画自体よりかじかんだ手の冷たさの方がより鮮明に記憶に残っている。


こういう、見る者を選ぶと思える経済テーマの作品が作られたのは、まず第一に金融危機がなんとか終焉らしきものを迎え、世情が安定し、人々が当時を回顧できる精神状態になったことが挙げられると思う。戦争があるとその数年後に必ずそれについての映画が作られるようなものだ。そして他に、一昨年のスコセッシ-ディカプリオの「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート (The Wolf of Wall Street)」の興行的な成功も、与って大いに力になったのではと思われる。やはり経済や金融は、素人には理解し難い。ウォール街テーマでこれまで成功したのは「ウォール街 (Wall Street)」と「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」くらいしかないことが、それを証明している。


それがここへ来て、金融危機をテーマにした映画やTVが、続々と製作、公開、放送され始めている。TVではABCが、稀代のマネー・スキャンダルを一人で演出したバーニー・メイドフのドキュドラマ・ミニシリーズ「メイドフ (Madoff)」を先頃放送した。因みにタイトル・ロールを演じているのはリチャード・ドレイファスだ。ショウタイムではデミアン・ルイスとポール・ジアマッティ主演で「ビリオンズ (Billions)」が始まった。HBOもメイドフのドキュドラマを製作中だし、映画でもジョージ・クルーニー主演の「マネー・モンスター (Money Monster)」が5月公開だ。ここへ来てやっと、人は当時を客観的に見てエンタテインメントとして楽しめるようになった。というか、エンタテインメントというにはまだ腹立たしい気持ちが先に来るから、せめてあの時何が起こったかを確認しようと思うくらいにはなったということか。









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2000年代前半、アメリカの景気は空前の活況を呈していた。しかしヘッジ・ファンド・マネージャーのマイケル・バリー (クリスチャン・ベイル) は、このバブルは遅かれ早かれパンクすると予測、自身の裁量で巨額の金を動かして住宅ローン市場の逆を行く投資をしてパートナーたちを激昂させる。一方バリーの動きを聞いたドイツバンクのジャレッド・ヴェネット (ライアン・ゴズリング) は、マーク・バウム (スティーヴ・キャレル) と共に行動を起こす。若い起業家のチャーリー・ゲラー (ジョン・マガロ) とジェイミー・シプリー (フィン・ウィットロック) も偶然からこの情報を入手、住宅ローンはパンクすると確信するが、なにぶん彼らは若過ぎて元手も信頼もない。そのためメンターのベン・リッカート (ブラッド・ピット) を仲間に引き入れる。一方、国の根幹を成すに等しい住宅市場が崩壊するとは彼ら以外誰も考えておらず、彼らの意見やそれに応じた行動は、周りの者の疑惑や不信、嘲笑の対象になりこそすれ、誰も信じてはいなかった。そして2007年夏を迎える‥‥


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