Saint Maud


セイント・モード/狂信  (2021年9月)

こちらでも書いたのだが、先頃、ハリケーン・アイダの残滓と呼ばれた熱帯低気圧がアメリカ北東部を直撃した。既に上陸して数日経っており、勢力はだいぶ衰えて、こちらの印象としては、アイダがちょっと熱波を和らげてくれて逆にありがたいかも、くらいの気持ちだった。 

 

もちろんこの甘い予想は徹底的に裏切られ、ニューヨーク、ニュージャージーでは50人近くの死者が出る大型災害になった。記録的豪雨のせいでサブウェイに水が溢れ、私の住むアパート・ビルの前を濁流がものすごい勢いで流れているのを見た時には、本気で恐怖を感じた。 

 

地下も冠水、というか水没、ストレージに保管してあった本やマンガの類いは半分以上水に浸かってお釈迦。ホット・ウォーター・タンクも逝ってしまい、再設置に一週間待ちで、その間ずっと水シャワー。家全体がダメージを受けたり、半地下に居住してて濁流のせいで溺れ死んだりした者たちに較べればまだましとはいえ、それでもかなりの時間、労力、心労、金を消費した。 

 

何もそういう疲弊した状態で「セイント・モード」を見なくても、と自分でも思うが、そういう心身状態だからこそ「セイント・モード」に惹かれたとも言える。今年前半のショッカーではない心理ホラーとして最も話題になっていた。 

 

元看護師の主人公のモードは、勤めていた病院で何らかの問題を起こしてたぶん解雇されていたことが冒頭で明らかにされる。次にモードが働き口を得たのは、病気のために引退して一人暮らしをしている元著名ダンサーのアマンダの住み込みの介護で、気分屋で気性の荒いアマンダの下で長く介護を続けられたのはこれまでいなかった。 

 

ほとんど生まれ変わって妄信的に神を信じているモードは、アマンダに神に祈ることで救われると進言し、アマンダの態度も軟化する。しかしアマンダの元には定期的にかつての仲間や娼婦が訪れ、モードはそれがアマンダを堕落させるものだと思っていた‥‥ 

 

モードがかつて働いていた病院で何かの事件を引き起こしたのは確かだが、それが具体的に語られることはない。しかしその事件によってモードが一層狂信的に神にすがるようになったことだけは確かだ。そしてそういう者は自分が信ずるものだけしか見えなくなり、周りのものは目に入らなくなる。 

 

もちろんそういう者に待っているのは破滅しかない‥‥のだが、果たして本当にそうなのだろうか。もしかしてその先に待っていたのは、救済、あるいは奇跡であったのかも‥‥とも思わせるような撮り方をしているのも、また、「セイント・モード」の怖いところとも言える。 

 

だいたい、思い込んだ人間を描く作品は、昔からホラーになると相場は決まっているが、一線を越えちゃうと、一般常識やこちらの判断を度外視したことが起こり得るというのもよく描かれ、そうすると今度はそれは奇跡なんて呼ばれてしまう。 

 

なんてことを思ったのも、先頃、死んだかつてのベイスボール・プレイヤーが甦って一緒にベイスボールに興じるという、話を要約すると荒唐無稽なトンデモ作品でしかない「フィールド・オブ・ドリームス (Field of Dreams)」がいまだに人々に愛され、実際にMLBがそのテーマでコーン畑にボール・パークを作ってゲームを行ったのを見たからかもしれない。あまりに話がこちらの想像を超え過ぎると、人の気持ちをつかんでしまうのだ。 

 

いずれにしても、「セイント・モード」は、やっぱり一番怖いのは思い込んだ人間かと思わせてくれる。果たして人間と、その思い上がった人間に近年思い切り天罰を与えているように思える自然と、どちらがより怖い存在か。現時点では、まだ人間の方が怖いかと思えるのだが。 

 












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かつてダンサーとして名を馳せたが、今では病気と年齢のせいでほぼ社会から遠ざかっているアマンダ (ジェニファー・イーリー) の元に、新しい住み込みの介護としてモード (モーフィッド・クラーク) が派遣されてくる。モードは以前働いていた病院で問題を起こしていたのだが、アマンダには献身的に仕え、やがて信頼を勝ち得る。モードはアマンダに、共に主に祈ることを勧め、二人の友情はますます強固になるように見えたが‥‥ 


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