たまたまそういう気分になって、久し振りに日中、ウェザー・リポートの「ヘヴィ・ウェザー」を聴いたのは、もちろんニューヨークに接近してきた、低気圧に勢力を弱めたハリケーン・アイダのことが頭の片隅に引っかかっていたからだろう。ルイジアナに大きなダメージを与えたアイダは、しかし、既に北上してニューヨークに近づく頃はハリケーンのカテゴリーから低気圧に格下げされており、アイダ接近を本気で心配していたわけではなかった。むろんそれが大きな間違いだったと、やがてすべてのニューヨーカーおよびニュージャージー州民が思い知ることになる。 

 

特に雨足の強かった水曜夜の9時頃は、実際、これのどこがハリケーンじゃないのと思われるくらいの激しいものだった。とはいえ、私たち夫婦の住むジャージー・シティ・ハイツは高台にあり、水害に巻き込まれるようなことはないだろうと、この時点でも私はまだ事態を楽観していた。 

 

状況が動き出したのは、TVでテニスのUSオープンのナイト・ゲームとパラリンピックの録画を交互に見ていた時だ。ドアをノックする者がいるので誰かと思ったら階下に住む女の子で、壁から水が流れているという、うちらはどうかというものだった。幸い2階のうちらは壁から水が噴き出してくるというようなことはなかったが、たぶん1階と2階の境い目辺りから横殴りで外壁に打ちつける雨が染み込んでいるものと思え、屋外から確認してみようと完全防水のパーカーを着込み、ペン・スタイルの懐中電灯を持って外に出ようとして、絶句した。 

 

家の前の道路が、冠水しているどころか、川になっている。濁流がものすごい勢いで流れている。気軽に足を踏み入れようものなら、流されて持っていかれそうだ。恐怖を感じた。足をとられて流されないように、フェンスから手を離さないようにしながら角を曲がってビルの後ろ側に回り、非常梯子を降ろして2階に上り、壁にここかと思われる亀裂を発見し、ヴィニル・シートでカヴァーして応急処理を施した後、もしやと思ってビル内に戻り、地下室を覗いて、再度絶句した。 

 

地下室が水に埋もれている。どう見ても既に腰高辺りまで水位が上がっている。なんてこった。うちの地下室はかつて、ハリケーン・アイリーンやカトリーナが来た時に30cmくらい水に浸かったことがあるが、今回はその比ではない。 

 

たぶんストレージ・ルームの床から天井まで目一杯詰めている本の半分以上はお釈迦だろうが、気になるのは湯を沸かして溜めておくホット・ウォーター・タンクで、この水位だとコントロール・パネルも水に浸かっているだろうから、逝ってしまう可能性は高い。除湿機とかもアウトだろう。しかし漏電とか断線、火事になることはないだろうかと、そちらが本気で心配だ。しかしこの水では手も足も出ない。 

 

いったん部屋に引き上げ、女房に事態の重大さを報告してしばらくすると、案の定、地下のアラームがけたたましい勢いで鳴り出した。しばらくすると消防隊も到着、地下が水没したことを報告して、火事ではないが、現段階ではなす術もないと説明、一時的にアラームも鳴り止み、彼らも引き上げていった。現段階ではもうこれ以上我々にできることはなく、火事にだけはならないことを祈りながら、就寝する。 

 

翌朝、目が覚めるととるものもとりあえず地下室を確認、水は引いていたが、案の定全5世帯分5台のホット・ウォーター・タンクのステイタス・ランプは消えており、動いている気配はない。いったん電源を切って再度オンにしてみるが、うんともすんとも言わない。2台ある除湿機は、奇跡的に1台はまだ稼働したが、もう1台は死んだようだ。 

 

結局、ホット・ウォーター・タンクは全滅で、買い替えを余儀なくされる。1台2,500ドルで、結構な出費だ。さらに、その後何度もアラームが誤作動で鳴り響くというのを繰り返し、その度に消防隊が駆けつける。仕事だろうとはいえ申し訳ないのでアラーム会社に連絡してどうにかしてくれと頼むも、アイダのせいで同様に誤作動するアラームが続出、うちに来れるのは早くても火曜日ということで、それまでアラーム鳴り出しませんようにと祈るような気持ちで過ごす。 

 

その後やっと来たアラーム会社のテクニシャンがチェックしたところ、誤作動はたぶん外の地面とビルの間の隙間から入り込んだ水により天井のセンサーが水に浸かったためということが判明、取り外したアラームの蓋から水が滴り落ちるのを見て納得する。とにかく、あれだけの嵐だと思いもよらなかったことが起きる。 

 

ホット・ウォーター・タンクも、需要に供給が追いつかず、これまたやっと1週間後の木曜に新しいタンクが届いて設置する。それまでは水シャワーで過ごしており、蛇口を捻るとお湯が出ることのありがたみを改めて痛感する。 

 

これら以外にも、アイダによってシティの上水施設が汚染された可能性があるということで、水道会社のスエズが水を配布するというのでもらいに行ったら、トラックから、はいと、500ml40本がセットになったパッケージを渡された。 

 

こっちはせいぜい1ガロン入りのジャーをもらえるのかなくらいにしか思っていなかったから、うちから5ブロックほどある配布所まで徒歩で来ている。それを、20kgを肩に担いで帰る羽目になった。最初の2ブロックほどはそれでもなんとかなったが、後は休み休みうちまで担いで帰った。なまっていた身体にはいい運動になったとは言える。 

 

現在、アイダが去って10日経つが、事後処理はまだ終わっていない。というか、ストレージ・ルームはまだ手付かずに近い。完全に水が乾いてなく、もうちょっとは乾いてくれないと、濡れた本とかに触れないからだ。地下の下水の匂いもまだきついため、長時間は地下にいられない。あとどれくらいの時間が必要やら。一と月以内にはなんとか目処はつかないかと目算しているのだが‥‥ 


 

 

 










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Hurricane Ida

ハリケーン・アイダ

2021年9月1日 (水)

 
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