Premium Rush


プレミアム・ラッシュ  (2012年8月)

20年前、初めてアメリカに来て、同じ単語で意味が違うことで惑わされたものの一つとしていまだによく覚えているのが、バイクだ。その時バイク通学しているという級友がいて、ふうん、アメリカではあまりバイク見ないと思ったけど、乗ってるやつは乗ってるんだなと思って、その愛車を見せてもらったら、ほとんどぼろぼろのちゃりんこに、こちらの方が金がかかっているんじゃないかと思えるくらいぶっとい盗難予防用の鎖と、直径15cmくらいの南京錠みたいな大型のロックをフレームに巻きつけてあった。ちゃりんこのことをバイクというのかと思ったのと、こんなぼろ同然 (失礼) のちゃりんこでも盗んでいくやつがいるのかという驚きで、いまだによく覚えている。


このことを思い出したのは、その彼もまた映画の主人公のワイリー同様メッセンジャーのバイトをしていたこととも、当然関係ある。彼らにとってはちゃりんこ (紛らわしいので以下バイク) は仕事に必要なアイテムだから、まかり間違っても盗まれるわけにはいかない。だから過剰とも思える大型のロックと鎖を常に携帯する。


モーターサイクル用ほどごっつくはないがヘルメットが必要で、たすき掛けできる大型のバッグが必需品という、いわゆるメッセンジャー・ファッションに身を包んだ彼は、ワイリーと寸分違わぬ恰好をしていた。昔も今もメッセンジャー・ファッションは変わらない。裾がチェーンに絡まっては元も子もないので、制服があるわけではないブルー・カラー・ジョブでありながら、ジーンズを穿いてない唯一の職業なのではなかろうか。


メッセンジャーはニューヨークのほとんど風物詩とも言える職業で、ほとんど暴走族同然に我が物顔でストリートを飛ばしていく。マンハッタンを歩いていて、暴走メッセンジャーに撥ねられそうになった経験のないニューヨーカーはいないと思う。私もこないだ普通にストリートを歩いていて、いきなり死角から現れたメッセンジャーに撥ねられそうになった。100%悪いのは向こうだが、それでも危うく接触寸前に、「Fxxk You」と怒鳴りながら怒涛のように疾走していった。びっくりして、何か言い返そうと思ったら、もうほとんど声の届かないようなところまで走り去っていた。


それでも私はまだいい方で、私の女房は実際にバイクに撥ねられたことがある。彼女の場合はメッセンジャーではなく、アミーゴのレストランのデリヴァリ・マンだったのだが、信号が青になったのでストリートを渡ろうと思って一歩足を踏み出したら、暴走してきたアミーゴ・バイクにもろに撥ねられた。気がついたら地面に転がっていたそうだ。周りにいた者たちが大丈夫かと集まってくるので、恥ずかしくて、I'm O.K.とか言いながら慌ててその場を後にしたそうだ。見せてもらったら、生まれてこの方こんなでかい青タン見たことがないというくらいでかい青タンが、ケツから腿にかけてできていた。その後、なんか腰が痛いと言い出して、今ではカイロ通いだ。


ただし1年ほど前だかに、ついに暴走メッセンジャーに撥ねられ、転倒して打ち所が悪く死んだ者が出たので、それを考えると、まだ女房もラッキーな方だったかと言えるかもしれない。しかし、なんかやはり釈然としない。これだけ迷惑こうむって泣き寝入りしかないのか。さすがに暴走メッセンジャーを取り締まらないと歩行者が危ないと、バイク専用レーンができたりしたが、それでもやはり、街を歩くと暴走メッセンジャーを目にしない日はない。


とまあ、NYの風物詩とはいえ、特に親しまれているわけではない、どっちかっつうと嫌われている存在のメッセンジャーが巻き込まれる事件を描くのが、「プレミアム・ラッシュ」だ。NYのメッセンジャーは絵になるというか、イメージが網膜に焼きつくのは確かであり、NYの風景をとらえる描写で、メッセンジャーがいないと様にならない。昨年もトラヴェル・チャンネルがマンハッタンのメッセンジャーに密着するリアリティ・ショウの「トリプル・ラッシュ (Triple Rush)」を放送したし、かなり前の90年代には、CBSがやはりメッセンジャーを描くシットコム「ダブル・ラッシュ (Double Rush)」を放送している。そして今回が「プレミアム・ラッシュ」だ。キー・ワードは「ラッシュ」か。だから怪我人が出るんだよ!


「プレミアム・ラッシュ」の主人公ワイリーを演じるのは、ジョゼフ・ゴードン-レヴィット。「ダークナイト・ライジング (The Dark Knight Rises)」に出ていたのを見たばかりだと思ったら、出演作が続く。この後すぐ、今結構注目されている話題作の「ルーパー (Looper)」が公開されるし、NBCの「サタデイ・ナイト・ライヴ (Saturday Night Live)」でもゲスト・ホストを担当していた。今、旬の売れっ子だ。


ワイリーはNYでも1、2を争うバイクの運転技術を持つメッセンジャーで、ということはもちろん彼もいわゆる暴走メッセンジャーとしても数えられるわけだが、そこはそれ、彼ほどのレヴェルになると一瞬一瞬の状況判断が的確なので、事故も起こさない。次の瞬間には歩行者が、クルマが、イヌがどの位置にいるかを一瞬に頭の中でシミュレイションして、事故を未然に防ぐ。


映画の1シーンでは、走っていてヤバい状況に陥ったワイリーが、やはり頭の中で様々なシミュレイションをいくつも組み立てて一瞬先を予測するのだが、そのすべてのシミュレイションでどれも事故が避けられないという絶体絶命で、結局シミュレイション通りに事故る。思わず笑ってしまった。


ワイリーがあるデリヴァリの仕事を請け負った直後から、謎の男がその封筒を奪取しようと様々な妨害を始める。その男ボビーは実は後ろ暗いところのある刑事で、チャイナタウンで借金が嵩んだため、ギャングの要請によってその封筒を手に入れる必要があった。ボビーを演じるのがマイケル・シャノンで、今HBOの禁酒法時代ドラマ「ボードウォーク・エンパイア (Boardwalk Empire)」に出演中だ。とにかくここでもあそこでもどこでも、刑事だろうが悪役だろうが普通人だろうが関係なく危ない役ばかり。もちろんそれは「プレミアム・ラッシュ」でも変わらない。しかしいくらなんでも一介の刑事があそこまでやるか。


ワイリーにデリヴァリを頼むチャイニーズの女性ニーマに扮するのが、「サムライ・ガール (Samurai Girl)」で主人公ヘヴンに扮していたジェイミー・チャン。演出はデイヴィッド・コープで、ドラマの部分ではシャノンはマンガの域を出ていないし、チャンももちっと演技ができるだろうにと思わせられたが、今回はとにかくドラマよりもマンハッタンをバイクで飛ばすアクションの演出のみに注力したようだ。ま、それはそれできちっと90分で収めてくれているし、狙ったポイントは抑えていると言える。


ワイリーの乗るバイクは、変速ギアとブレーキがついてない。そんなんで走れるかと思うが、マンハッタンだけなら確かにハーレム以北の高低差がある地域でさえなければ、ノー・ギアでも走れるかもしれない。ブレーキがないため、ワイリーは止まる時は必要以上にタイヤを滑らせてカウンターを当てながら止まる。バイクでドリフトするわけだが、ああ、これ、私も中学の時練習した、と思いながら見てた。当然路面が濡れている方が滑らせやすいので、わざわざ雨が降っている時や降った直後にバイクにまたがって緩い坂道でクルマが来ないのを見はからって練習した。後輪にだけブレーキをかけると、バランスに応じて右か左に後輪が滑り出す。やろうとしていたのは、そのまま後輪を滑らせ続け、最終的に一回転して元に戻るという技だったのだが、ついに完成することなくバイクを盗まれてしまった。


ワイリーは犯罪に巻き込まれるわけだが、上述した私の級友も、犯罪、というか、深夜ロウアー・マンハッタンでバイクに乗っていて事件に巻き込まれた。というか、一方的に被害に遭った。なんでも故意に狙われたか流れ弾かは知らないが、太腿を撃たれ、動脈を損傷したため激しく出血したらしい。深夜だったため通行人や目撃者、誰も助ける者がなく、そのまま帰らぬ人となった。翌日の新聞に身元不明の死体として数行のニューズになった。彼は普段から夜やマンハッタンの人気のないところでもよく走っており、一度怖くないかと訊いたことがあるが、怖いなんて一度も思ったことがないと言ってたのに。









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ワイリー (ジョゼフ・ゴードン-レヴィット) は、マンハッタンをバイク (自転車) で縦横無尽に走り回って配達するメッセンジャーをしている。ある時ワイリーに依頼された仕事は、アッパー・ウエストからチャイナタウンまで一通の封筒を運ぶというものだった。しかしニーマ (ジェイミー・チャン) からその封筒を受け取った瞬間から、謎の男 (マイケル・シャノン) が現れて、封筒を渡せと執拗にワイリーの仕事を妨害する。あまりのしつこさに閉口したワイリーが警察に駆け込んだところ、その男ボビーが現れる。ボビーは刑事だったが、後ろ暗い事情があり、どうしてもその封筒が配達されるのを阻止しなければならない理由があった。ワイリーはこれ以上こんなことに関わってはいられないと、いったん受け取った封筒をニーマに返す。しかしニーマにもどうしても定刻までに封筒を届けなければならない事情があった‥‥


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