Pain and Glory (Dolor y gloria)


ペイン・アンド・グローリー  (2019年10月)

ペドロ・アルモドバルの新作は、人生も下り坂になってバーンアウトした映画監督を描く、半ば自分自身を投影しているだろうと思える作品だ。アルモドバル作品には、映画監督というキャラクターがよく登場するが、それが自分自身の経験から来ているだろうということは想像に難くない。アルモドバルが敬愛するというフェデリコ・フェリーニ作品によく映画監督が登場するように、アルモドバル作品にも、自身の投影に違いない映画監督というキャラクターがよく登場する。 

 

だいたい、世の中にいったい何人くらい映画監督という職業の人間がいるかは知らないが、実はそれほど多くはないと思う。映画大国インドでは年間2,000本くらい製作されており、アメリカでは500-1,000本くらい。日本や英国等のわりと映画を作っていそうなところで100本から500本くらいというところか。 

 

とはいっても、その全部が職業的映画監督が演出したものではないだろうし、製作はしても公開されず、数字としてカウントされない作品もあるだろう。いずれにしても、全世界で自分は映画監督だと自信を持って職業を宣言できる者は、せいぜい数千人程度だと思われる。決して多い数字ではない。 

 

アルモドバル作品には、その、希少職業に専従しているキャラクター、主人公が、何度も登場する。自分の人生が作る作品に色濃く影響していることの証左だろう。多かれ少なかれ、映画監督として登場するキャラクターは、アルモドバル自身だ。 

 

「ペイン・アンド・グローリー」では、その映画監督サルバトーレが、燃え尽きた、フィジカルでもメンタルでも問題を抱えた男として登場する。演じているのが初期のアルモドバル作品の常連アントニオ・バンデラスであり、なおさらアルモドバルが原点に回帰して作品を作ったような印象を受ける。 

 

アルモドバルは、コンスタントにキッチュでエッジィでアルモドバルにしか撮れない唯一無二の作品を撮り続けているという印象があったが、その印象が一気に瓦解したのが、2013年の「アイム・ソー・エキサイテッド  (I’m So Excited)」だ。


私事になるが、私は2008年にそれまで住んでいたニューヨークのクイーンズからニュージャージーに引っ越して、近くにアート系小品をかける映画館がなくなった。おかげで「抱擁のかけら (Broken Embraces (Los abrazos rotos))」と「私が、生きる肌 (The Skin I Live In (La piel que habito))」のアルモドバル作品を連続して見逃し、やっと久し振りに見れたのが、「アイム・ソー・エキサイテッド」だったので、その印象が強烈に残ったせいもあるが、あれは悪い意味で衝撃だった。 

 

だいたい、どんな優れた映画監督でも一度は失敗作を撮るといるセオリーがあり、それに照らせば「アイム・ソー・エキサイテッド」も許されるべき作品ということになろうかと思うが、それでも、見た時の落胆と失望と怒りは、かなり後を引いた。 

 

思えば、その時アルモドバル自身もスランプというか、迷っていたものと思われる。それが凝縮して出てしまったのが「アイム・ソー・エキサイテッド」であり、その後に撮った「ジュリエッタ (Julieta)」は、実際なんとか「アイム・ソー・エキサイテッド」の迷いからは脱却していたので、かなりほっとした。 

 

それでも、「ジュリエッタ」は一時のアルモドバルに較べれば、まだ吹っ切れていないというか、まだまだという印象を受けたのも事実だ。あんたはまだまだこんなもんじゃないはずだ。何を躊躇っている。 

 

要するに、まだ何か悩んでいたというのは、「ペイン・アンド・グローリー」を見れば明らかだ。そして察するに、ある光明を見出したのも確からしい。「ペイン・アンド・グローリー」は、それ自体が傑作とかいうのではないが、スランプを脱したアルモドバルが、何かをつかんだという感触を受ける。次のアルモドバル作品が傑作になるという予感、もしくは宣言が、「ペイン・アンド・グローリー」なのだ。 












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映画監督のサルバトーレ・マロ (アントニオ・バンデラス) は、数年前に母を看取り、このところちょっと燃え尽き症候群で、メンタルも体調もよくなければ、何をやる気にもならない。そんな時、彼の出世作をリマスターした回顧上映が行われることになり、主演したアルベルト (アシエル・エチェアンディア) に連絡をとる。実はサルバトーレとアルベルトは撮影中に激しく反目し合い、口を交わすのはこれが30年振りのことだった。結局再度罵り合いで別れることになっても、最終的にはサルバトーレはアルベルトに新作の舞台の戯曲を提供、その舞台を偶然見に来ていたのは、かつてのサルバトーレの恋人フェデリコ (レオナルド・スバラーリャ) だった。フェデリコとサルバトーレは再会する‥‥ 


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