「TVノーツ」と題するこのウェブ・ページ名に反するのだが、「オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック」は、正式にはTV番組ではない。インターネット上でのコンテンツ・ストリーミング・サーヴィスのネットフリックスによるオリジナル・コンテンツが「オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック」であり、一見しての体裁がTV番組であろうとも、TVにおける視聴が第一目的ではない以上、やはりTV番組とは呼びかねる。
とはいえ、現在のスマートTVがストリーミング・コンテンツも視聴できる以上、「オレンジ‥‥」をPCやタブレットではなく、TV番組という認識で視聴するネットフリックス加入者も多いと思われる。テクノロジーの進歩はありがたいものだが、時にこちらも新たなパラダイムの更新を求められる。
ネットフリックスによるTV界への進撃および業界再編成は、ものすごいスピードで進んでいる。特に今春の「ハウス・オブ・カーズ (House of Cards)」は、大きな注目を集め、これがTV番組かどうかで論議を巻き起こした。
ケヴィン・スペイシー、ロビン・ライト、ケイト・マラ、コーリー・ストールといった錚々たる布陣、プレミア・エピソードの演出はデイヴィッド・フィンチャー、総製作費1億ドルというハリウッド大作並みの予算をかけて製作された「ハウス・オブ・カーズ」は、一本1時間のエピソード13話から構成される、ワシントンDCを舞台とするポリティカル・ドラマだ。
ネットフリックスは、この全13話を一挙に提供した。ストリーミングによるコンテンツ提供だからこそ成せるわざだ。プレミア時には、巷で全部一気に見るか見ないかで論議を醸した。シリーズを一気に全部見ることは、アメリカでは酒の一気飲み -- Binge drinking (ビンジ・ドリンキング) という言葉から、Binge viewingと呼ばれている。これに例えるなら、日本語では一気視聴ということになるかと思う。あるいは、大人買いという言葉から、大人視聴、という方がよりしっくりくるような気もする。
これまでにも、少数だがこの手のストリーミング・サーヴィスがオリジナル・コンテンツを全エピソードまとめて一度に提供するということはあった。しかし「ハ ウス・オブ・カーズ」の場合は、クオリティという点において、ネットワークやケーブルの諸番組と伍して遜色ないというところがポイントだ。今年のエミー賞において、「ハウス・オブ・カーズ」がドラマ部門および主演男優、女優という主要3部門でノミネートされていうことからも、ストリーミングでしか提供されないオリジナル・コンテンツが、もはや見過ごせない勢力として台頭してきていることが窺える。近々のうちに、ネットフリックスはかつてHBOがネットワークに脅威を与えたような存在になるかもしれない。
「オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック」は、ネットフリックスが「ハウス・オブ・カーズ」後に提供するコメディだ。現実に自身も服役したことのあるパイパー・カーマンの自叙伝的原作の映像化で、タイトルの「オレンジ」とは、むろん囚人服の色のことに他ならない。
主人公のパイパーは、かつてレズビアンの恋人絡みで頼まれてドラッグ・マネーの運び屋をしたことから、実刑が確定する。今では同性の恋人ではなく男性の恋人 がいるところを見ると、バイ・セクシャルか、よほど前の恋人に痛い目に遭わされたようだ。また、ドラッグ・マネーの運び屋とはいってもそれは10年以上も前のことであり、彼女は自主的に拘置所に出頭してきたことになっている。
この辺のアメリカのシステムがどういう風になっているかは、ちょっとよくわからない。逮捕されたのだろうか裁判があったのだろうか、それとも司法取引でいきなり量刑の軽い実刑が確定したのだろうか。番組中に、刑務所に入るのかと訊かれたバイパーが、刑務所 (Prison) ではない、拘置所 (Jail) だと訂正するシーンがあるが、既決囚でも短い期間なら拘置所に入ることもあるのだと初めて知った。とはいえ、一般人にとってはPrisonもJailもどっちでもいいことだろう。
番組はその拘置所の中でなんとかサヴァイヴしようとするバイパーを描く。コメディとはいえ笑えるかどうかはかなり微妙なところで、目の前にキッチンの責任者がいるのを知らずに拘置所の飯に文句をつけたバイパーの次の飯のトレイに、使い済みの生理用ナプキンがバンズに挟まった特別ハンバーガーが載って出てくる。えげつーっという感じで、悲惨であるが、かといって特に差別視で笑えるという感じでもない。たぶんバイパーがこういう環境に図太く対応していく様子が、その後のエピソードの焦点になると思われる。
バイパーを演じるのは、数年前に短命に終わったNBCの群像医療ドラマ「マーシー (Mercy)」に出ていたテイラー・シリング。「アルゴ (Argo)」にも出ている。その現在の恋人ラリーに扮するのはジェイソン・ビグス。未だに「アメリカン・パイ (American Pie)」の印象を引きずっている。バイパーの過去のレズビアンの恋人アレックスに扮しているのは、FOXの「セヴンティース・ショウ (That '70s Show)」のローラ・プリポンで、彼女のヌード・シーンが見れるのはなかなかめっけもの。
ポイントはこういう女囚コメディを果たして人が全部一気に見るかということだが、ネットフリックスは全エピソードをまとめて提供してはいるが、それをいつ見るかはもちろん視聴者次第だ。私の場合、ちょっと全エピソード一気見する気になれず、今んとこ見たのはプレミア・エピソードだけだ。この番組を一気見したという人の話はあまり聞かないが、わりと批評家受けはいい。これまでに見たことのない新しいタイプのコメディだからだ。少なくともこういう新しい試みに挑戦し続ける限り、ネットフリックスから目を離せない。目下の焦点は、目前に迫ったエミー賞で、果たして「ハウス・オブ・カーズ」が実際に受賞するかどうかと言えよう。もし獲れば、アメリカTV界にさらなる業界最編成の激震がもたらされることが予想される。