Argo


アルゴ  (2012年10月)

いつの間にかベン・アフレックは、ハリウッドで最も期待される若手 (とも言えないかもしれないが) 演出家の筆頭とも言える存在になってしまった。まだまだ演技もしており、もしかしたら第2のクリント・イーストウッドになるかもと期待してしまうそのアフレックが、2007年の「ゴーン・ベイビー・ゴーン (Gone Baby Gone)」、一昨年の「ザ・タウン (The Town)」に次いで演出するのが、「アルゴ」だ。 

 

ボストン出身のアフレックは、「ゴーン・ベイビー・ゴーン」と「タウン」では、勝手知ったるボストンを舞台にした。それが今回の「アルゴ」では舞台はボストンではなく、アフレックが新作の題材に選んだのは、1979年のイランのアメリカ大使館人質事件だ。自分の土俵を離れての初めての作品であり、演出家としてのアフレックの本当の力量が試されると言えよう。 

 

一方、この事件は当時、世界中から注目された事件ではあっても、私自身の経験を言うと、当時、私は部活が生活の大部分を占め、日常は家と学校を往復するだけという田舎暮らしの高校生で、遠く中東で起こっている外国の大使館占拠事件というのは対岸の火事でしかなく、そういえばそんなこともあったな、というくらいの記憶しかない。 

 

しかしもちろん当事者のアメリカにとっては、これは大きな事件だった。日本で言えば浅間山荘事件級の事件だった。アメリカのメディアは連日連夜、事件進行を逐一報道し、全アメリカ国民がニューズに釘付けになった。これを契機に誕生したのが、ABCの報道番組、「ナイトライン (Nightline)」だ。 

 

多民族国家のアメリカには当然中東出身、イスラム系の人間も多いのだが、それでもアメリカとイスラム間の溝は大きいようで、だから9/11のような事件も起きるし、つい先頃も、リビアではアメリカ公館襲撃事件が起き、アメリカ大使が殺されている。アメリカとイスラムとの関係は、この30年間、ほとんど進展していない。 

 

しかしリビアにおける襲撃事件では、少なくともその理由の発端はイスラムを侮辱した映画製作にあったとされるが、これを作ったのはアメリカに住むイスラム系の人間で、それでアメリカに対して怒りの矛先を向けるのは、ちょっと違うような気もする。内情はイスラム同士のいざこざなのだ。それで殺されるアメリカ大使もかなわんだろうと思うが、とにかくこじれた感情というのがいかに収拾つけにくいかは、最近の日本と中国、韓国間の軋轢や、イスラエル-パレスチナを見ていてもよくわかる。どこかでガス抜きをしないといけないが、それができるのが暴力と戦争だけになるのは怖い。 

 

イラン人質事件の場合、アメリカに不満を持つテヘランの学生や民衆がアメリカ大使館を占拠して、50人以上の人質を軟禁した。しかし間一髪で大使館から脱出した一部の職員らが、近くのカナダ大使の私邸にたどり着き、匿われた。とはいえ、外に出て身元がばれるとリンチされかねず、結局そこから一歩も外に出ることができないという点では、大使館に軟禁されている者たちとほとんど状況は変わらない。カナダ大使の家にはイスラム系のメイドもおり、いつその経由でばれるかもしれず、彼らを匿う大使にも危険がおよぶ恐れがあった。 

 

アメリカ側としては一刻も早く彼らを救出する必要があったが、妙案はない。その時CIAのトニー・メンデスは、息子が集めている「スター・ウォーズ (Star Wars)」のフィギュアを見て閃く。「スター・ウォーズ」では、地上はほとんどが砂漠のような場所を舞台としている。同様のSF映画を撮るという設定で中東でロケハンすることにして、隠れている大使館員たちを映画クルーに仕立て上げ、脱出させるという奇想天外なアイディアだった。 

 

最初実現不可能に見えたアイディアだったが、他に代替案があるわけでもなく、最終的にこの案に対してGoサインが降りる。偽の企画でも実体が伴わないとばれる可能性があるため、メンデスはハリウッドのプロデューサーを巻き込み、大型SF映画「アルゴ」の企画製作を大々的にぶち上げる。メンデス自身も関係者に扮し、テヘラン入りする。メンデスは大使館員たちに映画クルーになりきるよう、捏造した架空のキャリアを頭の中に叩き込ませ、偽造パスポートを渡す。果たして彼らは無事アメリカに帰ることができるのか‥‥ 

 

あまりにも奇想天外なアイディアであるため、これは事実の映像化であると最初に何度も断っておかないと、誰も信用しないだろうと思われる。ハリウッドSFをイランで撮るというそもそもの発想からして奇抜なら、CIAや米政府においてその企画が通ってしまうというのも驚きだ。さらに理解しがたいのが、その時国と国がすわ戦争かという危うい時期なのに、その相手国のイランで娯楽映画を撮影するという許可が降りてしまったというもので、あり得るか、それ、と思う。しかし時に膠着したお役所仕事というものは、イエスであるべき基準を満たし、Noであるべきルールに抵触さえしていなければ、たとえ戦争中でも却下する理由はないのだった。 

 

これでもし、今回のロケーション撮影を実際にテヘランで行っていたりしたら、それこそ30年前に勝るとも劣らぬ、というかそれ以上にあり得なさそうな、事実は小説よりも奇なりを二乗したような事態の出来なんだが、と思って調べてみたが、さすがに中東のシーンはトルコのイスタンブールで代用されたようだった。また、かなりの部分をスタジオにセットを組んで撮影したようだが、それだって、例えば、LAにテヘランのセットを組み、その上、ちゃんとエキストラはイスラム系の人間を集められるというのでも、やはり大したものと思う。イラン人はこれを見て、あの時も騙され、今回も悪役かとやっぱり怒るんだろうか。 

 

アフレックはこれで名実共にハリウッド一線級の監督の仲間入りを果たした。先頃発売された今週号のエンタテインメント・ウィークリーでは、今年を代表するエンタテイナー・オブ・ザ・イヤーとしてアフレックが選ばれていた。私見では今年を代表するエンタテイナーはテイラー・スウィフト、映画界に限るとジョゼフ・ゴードン-レヴィットかジェニファー・ロウレンス辺りだろうと思うので、「アルゴ」1本のみで選出されたアフレックが、非常に高く評価されているのが窺える。既に来年のオスカー候補という噂もちらほらで、確かにアカデミー賞はこういう政治ドラマが好きな点を考えると、かなりありそうな展開だ。個人的には、どんなにムラがあっても「タウン」の方が好きではあるが。 










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1979年、中東はアメリカに憤りを感じており、イランのアメリカ大使館前には、多くの民衆が集まってアメリカに対して抗議していた。収まらない民衆はついに外門を突破して敷地内になだれ込み、職員らに暴行を加え始めた。危機を感じた職員の何人かは裏口から脱出して、近くのカナダ大使の家に避難させてもらう。しかしイラン人のメイドはうすうす事態を察しており、そう長い間彼らを匿っておくことはできなかった。救出に頭を悩ませたCIAのトニー・メンデス (ベン・アフレック) は、イランの砂漠でSF映画を撮影することにして、大使館職員をその撮影クルーに仕立て上げてイランから脱出させるという奇策を思いつく。他に妙案もなく、奇想天外なこの案は現実に実行に移される。ハリウッドのプロデューサーをも巻き込み、一大架空SF大作「アルゴ」がイランでロケハンを開始する‥‥


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