Once Upon a Time in London


ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ロンドン  (2020年5月)

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ロンドン」は、実はアメリカでは私の知る限り公開されていない。その最大の理由は、似たようなタイトルを持つクエンティン・タランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド  (Once upon a Time in Hollywood)」が先に公開されてしまったからというのは、かなりの確率でありそうなことと思う。 

 

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ロンドン」は第二次大戦前後のロンドンのギャングを描くクライム・ドラマなのだが、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」が先に公開されてしまっている時、あまり好もしくない先入観を見る者に与える可能性は小さくない。それで公開のタイミングを逃したままずるずると年を越し、そしてコロナウィルスだ。これで完全に時宜を逸した。 

 

とまあ、アメリカでは公開されていない映画をわざわざストリーミングで見る気になったのは、実はこの映画、撮影監督が知人なのだ。近年は顔を合わせてはいないのだが、Facebookで近況は知っているし、何を隠そう私がシティ・カレッジの卒業製作で演出した短編映画の撮影を担当したのが、彼、ミルトン・カムだ。 

 

彼は卒業後も地道に業界に足掛かりを築いて活動しており、仲間として私もなかなか鼻が高い。さらに彼はコロナウィルスが世界中に蔓延する直前、というかほとんど最中に夫婦で中国の、しかも南京近辺に旅行し、結果として現地で足止めになり、国外脱出にえらく苦労したらしい。 

 

その苦労記を楽しく読んでいて、ついでに「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ロンドン」がNetflixで配信中というのを知った。どうやら本人もたまたま知ったらしいが、いずれにしても、ここは私も見るっきゃあるまい。 

 

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ロンドン」は、第二次大戦前夜から1960年頃までのロンドンのギャングの抗争を描く。洋の東西歴史の新旧を問わず、都市があれば必ずその暗部で暗躍するアンダーグラウンドの組織や人間が生まれるのは必須だ。面白いのは、第二次大戦直前までは、英国でもギャングといえばイタリア系が幅を利かしていたということだ。ところが大戦のせいで敵国となったイタリア人が国外追放となったせいでロンドンからイタリアン・マフィアがいなくなり、代わってユダヤ系のスポットが機に乗じてのし上がる。裏の世界史の一部だ。 

 

しかし、それを言うならアメリカにとってもイタリアは敵国なわけだが、アメリカではイタリア人もドイツ人も特に排斥されたという話は聞かず、差別されたのは収容所キャンプを作られた日本人だけだ。現在、コロナ禍でアジア人差別の話を時々小耳に挟む。チャイナタウンのレストランのドアに、犬を食べるなという落書きがされていたそうだ。やはり有色人種は立場が弱い。 

 

話を戻って「ロンドン」だが、そういう歴史の裏の面白さを垣間見せてはくれるが、なにぶんその描写が駆け足だ。要所要所を描いて、すぐに次のエピソードに飛ぶという印象が強く、一瞬で仲間内や敵対するギャングの力関係が変わっていて、展開を追うのに多少戸惑う。刑務所に入ったと思ったら、3分後には出所している。昨日の敵が一瞬後には味方になったり、その逆になったりする。そしてそういう微妙な関係を把握するのに、こちらの英語力がついていかない。 

 

ただでさえ聞きとりに慣れないクイーンズ・イングリッシュ、というかロンドンの下町訛り、これは苦しい。やはり英国が舞台の「ボディガード (Bodyguard)」で、最初、登場人物が英語ではない外国語を喋っているものだとばかり思っていたことを思い出した。ただし、これは私だけではなく、いくつかレヴュウを読むと、英語ネイティヴにとっても早過ぎて筋を追いにくい展開だったのは確かなようで、私一人だけの問題じゃなかったとほっとする。こういう時、スクリーンを一瞬止めて聞き直したり字幕を出せるストリーミングは、ありがたいサーヴィスではある。 

 

その撮影だが、ミルトンと私は撮影の趣味がほぼ一致していて、共に自然光撮影を重視する。二人共最も好きな撮影監督はネストール・アルメンドロスだ。ちなみに私の座右の書はアルメンドロスの「キャメラを持った男 (A Man with a Camera)」で、その日本版における本人の序文だけで人柄に触れて泣かされるという、非常に得難い本だ。 
 
そのネルメンドロスに影響を受けたミルトンによる前世紀中頃のロンドンは、やはり自然光を重視し、夜間撮影ですら可能な限り実際にそこにある現場の照明を利用して、できるだけ人工くささを排しようとする従来の彼らしい姿勢が一貫して現れている。それ、ちょっと暗すぎるんじゃない? と思われるくらいで、殴り合い小突き合いで血塗れの男どもを見ながら、なぜだか微笑ましく思うのであった。 











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1936年ロンドン。ユダヤ系のギャング、ジャック・「スポット」・コマー (テリー・ストーン) が徐々に頭角を現す。戦争によって敵国イタリア人のギャングの多くが国外追放になり、それまでイースト・エンドを仕切っていたホワイト一家に代わり、スポットはアンダーワールドをほぼ支配するようになる。一方、下っ端ギャングの一人だったビリー・ヒル (レオ・グレゴリー) はスポットに親書を認め、仲間として仕事を始める。しかしヒルはいつまでもスポットの下にいるつもりは毛頭なく、アンダーワールドでのし上がるチャンスを常に窺っていた‥‥ 


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