Minari


ミナリ  (2021年11月)

今春注目された、コリアン・アメリカンのリー・アイザック・チョン演出の自伝的ドラマ。基本的に多くが韓国語のセリフでありながらアカデミー賞にも作品賞を含め何部門もノミネートされ、癖のあるおばあちゃん役を演じたユン・ヨジョンが見事に助演女優賞を射止めたことも記憶に新しい。 

 

今、韓国系著名人というと、私の場合、音楽界を含めても今をときめくBTSではなく、「ミナリ」主演のスティーヴン・ユアンが真っ先に思い浮かぶ。アメリカ在住で映画のみならずTVにも出ていて目にする機会が多いせいもあるだろうが、しかし、それでも「バーニング (Burning)」やAMCの「ザ・ウォーキング・デッド (The Walking Dead)」といった世界的注目作話題作に出ていることを考えると、私の意見に与する者も多いはずだ。 

 

「ザ・ウォーキング・デッド」のいかにも的な若造、「バーニング」の秘密めいた金持ちも悪くなかったが、しかし、「ミナリ」のブルー・カラー的人物像は、それらにも増していい。センシティヴでありながら、意見を曲げない意固地な部分がよく出ている。 

 

主人公のジェイコブはコリアン2世で、アメリカで農業で成功することを夢見て、カリフォルニアから家族と共にアーカンソーのど田舎に引っ越してくる。肥沃な土地ではあるだろうが事はそう簡単には運ばず、うまく作物が実らなかったり井戸水が枯れたり契約が土壇場で破棄されたりするなど、前途多難だ。農場と家族をサポートするために、まだ利益の出ない農業だけに時間をとられるわけにもいかず、妻のモニカと共にヒヨコのオスメスを判別するという副業にも精を出さざるを得ない。 

 

ヒヨコの性判別は、慣れないと、というか素人には判別は無理だそうで、井上ひさしの兄が、確かそれを職業としているとどこかで読んだことがある。視覚ではなく、指先で触った感触によって判別するらしい。見ているとジェイコブは、その作業をほとんど一瞬でこなしていた。同僚の女性が、あんなに早く判別する人はこれまで見たことがないと言っていたくらいだ。とにかく早く仕事を済ませて畑に出たくてしかたがないんだろう。 

 

しかし、都会生まれで本当はこんなど田舎になんか来たくなかった妻のモニカは、心の中で不満が燻っていた。息子のデイヴィッドは心臓に疾患を抱えているのにもかかわらず、近くに医者はいない。だんだん壊れそうになっていく家庭をなんとかしようと、二人はモニカの母スンジャを韓国から呼び寄せるが、デイヴィッドたちにとって、垢抜けないスンジャはおかしなおばあさん以外の何者でもない。 

 

しかしある意味天真爛漫のスンジャは、いつの間にか子供たちと仲よくなっていた。田舎の空気がよかったのかデイヴィッドの心臓もよくなり、ジェイコブの農業もかすかに将来の希望が見え始めた矢先、スンジャが倒れる‥‥。スンジャを演じるユン・ヨジョンがまるで樹木希林みたいで、アカデミー賞も納得の好演。結局どこの国の人も、こういうおばあさんには弱いみたいだ。 

 

特にまだ幼い子供たちにとっては、たとえ最初とっつきが悪かろうとも、最終的にはだいたいおばあちゃんと仲よくなる。こないだ野田サトルの「ゴールデンカムイ」を読んでいて、この中で実は最も悪役くさい尾形が、敵に回った谷垣をすぐに殺さず、その理由を「おばあちゃん子のオレに、おばあちゃんの前で人殺しをさせるなよ」みたいなことを言っていた。非情な狙撃者ですらそうだ。実は私も、幼い頃はわりとおばあちゃん子だったのだが、それは、おばあちゃんは決して叱らないからだ。むしろおばあちゃんから叱られたという者もそこそこいるだろうとは思うが、世の中には結構おばあちゃん子はいるものと思う。 

 

因みにタイトルになっている「ミナリ」とはセリ科の植物で、スンジャが家の近くの小川のほとりに植えると、いつの間にやら群生するように育つ。生命力旺盛で、ビビンバなんかに入れるといかにもうまそうだ。なんの手もかけてないのにすくすくと育っちゃって、あれだけ入れ込んで一生懸命育てようとしているのに思うように行かないジェイコブの畑とは、大きな違いだ。 

 

ところでスンジャはそのミナリの種を韓国から持ってきているようだが、たとえ80年代でも、自生種以外の植物を、管理している農作物としてではなく、勝手に植えるのはまずいような気がする。手をかけているわけでもないのに勝手に繁殖していくならなおさらだ。ぐんぐん成長するミナリは、一種外来危険植物のように見えないこともない。 

 

ジェイコブ一家にとって未来と希望の象徴であるミナリも、見方を変えれば自生植物体系を乱す驚異であり、排除の対象となる。一瞬、それがアメリカに流入してくる新規外国人、特に韓国、日本、中国を含むアジア系全般の比喩ととれなくもない風に感じられる。なんか、今後セリを食べる機会があったら色々思わせてくれそうだ。 


 









< previous                                      HOME

1983年、韓国系アメリカ人2世のジェイコブ (スティーヴン・ユアン) と妻のモニカ (ハン・イェリ)、長女アンと長男デイヴィッドの4人の一家が、カリフォルニアからアーカンソー州の田舎に引っ越してくる。ジェイコブには農家として自立するというアメリカン・ドリームを実現する夢があったが、引っ越してきた先はプレハブのお世辞にも誉めようがない家で、畑も水がなく、思うように作物を育てられない。ポール (ウィル・ハットン) を雇ってあれこれ試してみるが事態は好転せず、元々都会っ子のモニカは不便な生活が不満な上に心臓に疾患を抱えるデイヴィッドのことも気がかりで、夫婦の溝は深まっていく。二人はモニカの母のスンジャ (ユン・ヨジョン) を韓国から呼び寄せて、子どもたちの面倒を見てもらうことにするが‥‥ 


___________________________________________________________

 
inserted by FC2 system