Burning


バーニング  (2020年4月)

「バーニング」は昨年見逃した映画の中でも最も気にかかっていた作品の一つで、実は今年の頭頃から、折りを見てそろそろVODで見れないかと思って探してみたりしていたのだが、いっかな引っかかって来ない。おかしいな、いくらなんでも時宜的にやっててもいい頃なんだがと思っていた。 

 

それで今回、ふと思い立ってググってみたところ、一発でNetflixで提供しているという情報を得た。なんだ、これ、Netflix作品だったのか、ということは、劇場公開と同時にストリーミングでも見れたんじゃないか、今まで待つこともなかった、もっとマジで最初から調べておけばよかったと思った。 

 

「バーニング」は評もよかったが、村上春樹の「納屋を焼く」の映像化ということでも気にかかっていた。私の世代はもろに村上と同時代で、私も強く村上作品に影響を受けた。大学に入って上京し江古田のアパートに住んでいた時、銭湯帰りに古本屋に立ち寄って、そこで村上のデビュー作「風の歌を聴け」をたまたま手にして、買った。確か単行本で300円くらいだったと思う。 

 

冬で、どてらを着て銭湯用具一式を持ったまま近くの茶店によって、晩飯を食いながら「風の歌を聴け」を読んだ。どてらを着ているとか、銭湯用具を持ったまま茶店に入るとか、今考えるとまったくあり得ないような話だが、当時は結構普通だった。かぐや姫の「神田川」からそれほど遠くない時代の話だ。 

 

その茶店で読み始めた「風の歌を聴け」を、途中で止められなくなって、結局茶店でねばって最後まで読んだ。面白かった。とても、面白かった。それから村上作品は新刊が発売される度に読んだ。当然、短編集の「蛍、納屋を焼く、その他の短編」も読んでいるが、実はこの本、最初、タイトルを見た時、「蛍、納屋を焼く」という表題作と、その他の話をまとめた短編集だと思っていた。蛍の発光の暗喩、もしくは蛍という名の主人公が納屋を焼くのが「蛍、納屋を焼く」で、「蛍」と「納屋を焼く」が別の話とはまったく思っていなかった。私と似たようなカン違いをした人間は、そこそこいたんじゃないかと思う。 

 

いずれにしても、この本に関しては、そうカン違いしていたということが一番記憶に残っており、実は内容はよく覚えていない。特におさらいはせず、映画を見たら話を思い出すだろうと思っていたのだが、映像化はなんか、やたらと話がスリリングというかきな臭いというかクライム・ドラマっぽく、これではノリが村上作品とかなり違う。細かいところは忘れてしまっているとはいえ、これは話のリズムがまるで違うのはわかる。演出のイ・チャンドンは、自分自身の世界に換骨奪胎してしまったようだ。 

 

火をつけるという行為は、対象が納屋であろうがビニールハウスであろうが、犯罪行為であるのは明らかだ。人が利用していない、持ち主が誰かもわからない廃屋のような納屋であろうと、普通は人はそれに火をつけない。時々、村上作品にはそういう罪の意識が希薄な人間が出てくる。羊3部作のどれかだったと思うが、主人公が海でビールの空き缶を海に向かって投げ捨てるシーンが出てくる。あるいは他の作品ではその行為を誰かに見咎められ、驚いてしまう。これまでずっとそうやってきたのだ。それが悪いことだとはちっとも思っていなかった。 

 

実は私もそこで、なんで海に空き缶を投げ捨てるんだ。それは海を汚す行為だと憤ったために、そのシーンをよく覚えている。私自身が南国の出身で、常に海が身近にあり、常識として海に物を捨てるという行為はよくないと幼い頃から教えられていた。空き缶などその最たるものだ。そのため村上作品の主人公が、海に空き缶を投げ捨てる行為を咎められて驚く以上に、海に空き缶を投げ捨てるという行為に驚いた。 

 

なぜこいつらはいい歳してそのくらいの分別もつかないのか。誰彼構わずセックスするより先にそれくらいの分別弁えろと思った。空き缶を海に投げ捨てるというのは、納屋やビニールハウスに火をつける行為よりは罪としてはまだ軽いと言えるかもしれないが、しかし、人の心の痛みに敏感な登場人物が、なぜこのような行為だけはなんの心の咎めもなくできるのか、それが不思議だった。 

 

結局「バーニング」は、「納屋を焼く」の骨格を借りてきただけで、まったく別のクライム・ドラマになっており、そしてそれはそれで滅法面白い。誉められているのもわかる。一方クライム・ドラマであるが、犯罪行為、特にタイトルでもあるベンがビニールハウスに火をつけるという行為が、実際に描かれるわけではない。 

 

描かれないと言えば、実はジョンスがベンの家で見つけたネコが、ヘミの元飼いネコであるとは100%言い切れない。我々はヘミのアパートでそのネコを目にはしていない。そしてヘミ自身がどうなったのかも、確実にはわからない。すべてがジョンスの妄想の産物と言えないこともない。結局、本当に起きる犯罪は、最後の最後でやっと描かれるのだが、ジョンスの行為を正当化する根拠は、実はない。もしかしたらジョンスは起こってもいない犯罪に対して行動しているのかもしれない。なんか、今の時代だと、どうしても目に見えないウイルスと戦って疲弊している人類と、妄想を膨らませてドツボにはまるジョンスを重ね合わせて見てしまう。


ところで「バーニング」、エンド・クレジットではハングル文字に交じってところどころ漢字での日本名がクレジットされている。それと共にNHKもクレジットされており、どうやらアメリカではNetflixが提供しているが、製作にはNHKが大きく関わっているようだ。

 











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韓国。アルバイトをしながら小説家を目指すジョンス (ユ・アイン) は、偶然幼馴染みのヘミ (チョン・ジョンソ) と出会う。ヘミのアパートに出入りするようになったジョンスは、ヘミがアフリカに旅行に行っている間、飼いネコの世話を頼まれる。アフリカから帰ってきたヘミは、現地で知り合ったという謎めいた金持ちの若い韓国人ベン (スティーヴン・ユアン) と一緒だった。ジョンス、ヘミ、ベンとの間で微妙な三角関係が生まれ、ジョンスはそれにあまり居心地のよくないものを感じていた‥‥ 


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