Miles Ahead


MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間 (マイルス・アヘッド)  (2016年5月)

期せずしてミュージシャンの伝記映画が3本同時に公開されている。イーサン・ホウクがチェット・ベイカーに扮する「ボーン・トゥ・ビー・ブルー (Born to Be Blue)」、トム・ヒドルストンがハンク・ウィリアムズを演じる「アイ・ソウ・ザ・ライト (I Saw the Light)」、そしてドン・チードルがマイルス・デイヴィスとして主演かつ初演出の、「マイルス・アヘッド」だ。


さて、どれを見ようかと考え、まず、カントリー・シンガーのウィリアムズを描く「アイ・ソウ・ザ・ライト」を最初に候補から外す。カントリーはまったく守備範囲外というのは確かにあるが、それでも「ウォーク・ザ・ライン (Walk the Line)」や「歌え! ロレッタ 愛のために (Coal Miner’s Daughter)」なんかは面白く見てるし、英国出身の俳優がアメリカの土着の音楽、風土をどのように体現するかというのは、興味なくもない。


現シーズンのNBCの勝ち抜きシンギング・リアリティの「ザ・ヴォイス (The Voice)」には、父がイラク移民のR&Bシンガー、レイス・アル-サーディというコンテスタントがいる。アラブ系のR&Bシンガーが、そんじょそこらのR&Bシンガーなんかより、よほどそれっぽくギターを泣かせて歌う。要するに氏より育ちで、それを考えるとヒドルストンだって、カントリー・シンガーを体現できないこともないだろう。もしかして本人がカントリー好きなのかもしれない。


とはいえ、やはりチェット・ベイカーとマイルス・デイヴィスのドキュドラマと並ぶと、私としてはどうしても興味はそちらの方に向かわざるを得ない。二人とも全盛時をリアルタイムで知っているわけではないが、それでも伝説的なジャズメンだし、そこそこ聴いてはいる。今回「マイルス・アヘッド」の方を見に行ったのは、単にこちらの方が「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」よりは公開劇場数が多く、マンハッタンに行くことなく見れたからだ。


それにしてもジャズがテーマの映画って特に多いとは思えないのに、2本重なってしまう。これ以前のジャズを扱った映画というと、まず近年では「セッション (Whiplash)」があることにはあるが、それ以前だと何があったかほとんど思い出せない。ウディ・アレン作品はよくジャズが使われるし、ミュージカル仕立てでもあったりするが、ジャズがテーマかというと、ちょっと首を傾げてしまう。


思い出せるのはスパイク・リーの「モ’・ベター・ブルース (Mo' Better Blues)」くらいで、実在のジャズマンのドキュドラマというと、昨年のHBOのTV映画「ベッシー (Bessie)」を別にすると、それこそクリント・イーストウッドの「バード (Bird)」まで遡らないと思い出せない。それくらいジャンルとしては数が少ないのに、それなのにこんな時に限って2本同時にジャズ・トランぺッターを描く作品が公開される。ジャズ映画を潰し合いで絶滅させようとしているCIAの陰謀としか思えない。


私の場合は聴き込んでいるわけではないので、特にマイルス・デイヴィスに思い入れがあるわけではない。おかげで現在では、マイルス・デイヴィスというと、島田荘司の「Sivad Selim」の方を先に思い出してしまう。それでも、映画を見て家に帰って、確かこれだけはアメリカでも持っていたはずという「クールの誕生 (Birth of the Cool)」のCDを、この辺だと見当をつけて探してみる。チェット・ベイカーは、東京に住んでいた時マイルス・デイヴィスより先に聴いたので、持っていたのはCDではなくカセット・テープしかなく、それはアメリカに来る時全部処分していたのだった。


「クールの誕生」はキャビネットの中の上下2段重ねてあるCDの下の段、さらに手前から2列ある奥の方、つまりは奥の奥に仕舞ったという朧ろな記憶がある。そこに達するには手前にあるCDを全部いったんは出さないといけないので、決心をしないと、とてもじゃないが奥の方にあるCDを取り出そうという気になれない。しかしせっかくそういう気になっている今取り出さないと、今後数年は聴く機会はなさそうだ、それもなんだなと思ったので、ここはえいやとばかりに数多あるCDをフロアにさらけ出す。


ところがどっこい、予想に反してCDが見つからない。この辺じゃなかったっけ? とさらに敵地奥深くまで捜索の手を深めるも、見つからない。段々焦ってきた。狭いリヴィングのフロアの手に届く部分はすべてCDだらけになっていて、まずい、こんな時に女房が帰ってきたら、何してんのと怒られる。どうしよう、ここで止めるべきかそれとも初志貫徹すべきかと迷いながら掴んだ10枚分くらいのCDの中に、ついに「クールの誕生」を発見する。ほっとする。


聴いてみると一番の印象は、当時のアルバムとしてはごく普通のことではあるが、音楽そのものより、アルバム自体が短いということだったりする。晩メシの準備でもしながらちょっと流すか、とキッチンに立ちながら献立を考えている最中に、もうアルバムが終わってしまう。見ると全部で35分しかない。これって今時、アルバムとは言わないんじゃないか。せいぜいミニアルバムという感じで、ながら視聴とはいえ音楽の印象が形をとる前にもう終わってしまう。おかげでメシの支度をしている間だけで3度も聴いた。


当時としてはすこぶる斬新画期的なアルバムのはずだが、今聴くとやはりその時に人々が受けた印象とはだいぶ異なるだろう。たぶん私と同世代の者にとっては、そのマイルス・デイヴィス・グループに在籍していたウエイン・ショーターとジョー・ザヴィヌルによるウェザー・リポートが、「ヘヴィ・ウェザー (Heavy Weather)」の冒頭、「バードランド (Birdland)」で衝撃を与えた感じが、「クールの誕生」が人々に与えた衝撃に近いんじゃないかと想像するが、そういう想像をしても詮もない。


しかしそう思って今度は「ヘヴィ・ウェザー」をかけてみると、今度はこれも既にクラシックとはいえ、懐メロとしてではなく、今の気分でもまたぞくぞくする感触が甦るのだった。うーん、これは、なんか、オレ、どこかで間違えているな、という気になる。どうやら後期マイルスを聴いてみる必要がありそうだ。ちょっとアマゾンで検索してみるか。










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1970年代後半、マイルス・デイヴィス (ドン・チードル) は身体の不調やドラッグのせいもあって一線から退いた生活を送っていたが、まだ音楽と縁を絶ったわけではなかった。マイルスは最近録音したデモ・テープがあり、それと交換条件にレコード・レーベルに金の無心に行く。一方ローリング・ストーンの記者デイヴ・ブレイデン (ユワン・マグレガー) が、現在のマイルスについて記事にするためにアポなしで現れる。最初は取材を拒否するマイルスだったが、デイヴがクルマを持っているのをいいことにちゃっかりアシ扱いでレコード会社まで運転させる。レーベルはレーベルで、金だけは前借りするくせにいっかな成果をもたらさないマイルスに対して、ある考えがあった‥‥


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