Whiplash


セッション  (2014年12月)

マンハッタンのウエストサイドでジャズを勉強するアメリカを代表する音楽院‥‥といえば、これはもうジュリアードしかないだろう。「セッション」は、そのジュリアードならぬシェイファー音楽院で、ジャズ・ドラマーとして身を立てることを夢見て日々研鑽を積むアンドリュウを描く音楽ドラマだ。


というと、こちらとしてはやはり連想するのは同じくマンハッタンのパフォーミング・アーツの学校を舞台にした、アラン・パーカーの「フェーム (Fame)」だが、「セッション」の場合、「フェーム」で見られたような、明るい未来を予測させるような展開にはならない。21世紀なのだ。


ジャズ・ドラマーを夢見て日々練習を欠かさないアンドリュウだが、母はいず、父はしがない学校の教師で、音楽一家というわけではない。コネがなくカネもなくそれでも音楽で身を立てたいと思うなら、実力でのし上がっていくしかないが、それが簡単ではないのは誰あろう本人が一番よく知っている。


私事だがうちの女房は子供の頃から高校まで合唱をやっており、近年はニューヨークでもそういうサークルに入って歌っている。最近はさらに力が入って、ヨーロッパでプロとして歌っていたオペラ歌手にレッスンを受けている。こないだレッスンを受けた時、たまたまその先生の知人のピアニストがいて伴奏してくれたそうだが、信じられないくらいうまかったそうで感激していた。なんでもうまいピアニストが弾くと、歌手までうまくなるそうだ。そういうことができるピアニストとできないピアニストの差は歴然としてあるという。


あまり上手で感激したので、あんたはどこかのコンクールとかに出ているのか訊いたら、こないだ出たけど2位だった、後で自分が教わっている教師から、あなたが1番だったけどあれは最初から誰が勝つか決まっていたから、と言われたそうだ。ショパン・コンクールのような世界的規模のコンクールまでこういうできレースだとは思いたくないが、そこまで行かない規模のコンクールでは、多くの場合、開催者とのコネや寄付の多寡で優勝者が決まる。それらを蹴散らしてあんたの勝ちと誰もが認める演奏を行うのは、容易なことではない。むろんアンドリュウだってそれを知っている。


だから本気でプロになろうと思った場合、死ぬほど努力するし、周りの世界に対してシニカルな態度をとるようになる。自分から誘って付き合い始めるようになったガールフレンドとは自分からブレイクアップするし、たかだか地方の学校のフットボール・ティームに選ばれた選ばれないなどで一喜一憂しているような輩には、つい憎まれ口を叩いてしまう。それでも本当に一握りの選ばれた人間になる可能性は、限りなく小さいのだ。


そしてアンドリュウを指導する教師のフレッチャーが、これまた憎たらしい存在だ。彼は生徒らを叱咤指導する、というよりも脅迫して強要する。完全な恐怖制が彼の指導方法であり、ついて来れない奴は情け容赦なく切り捨てられる。完全なピッチ、完全なリズムこそ彼が求めるものであり、それらが極まってこその完全な音楽というのが彼の考え方だ。それができない奴なら要らない。そしてアンドリュウはその要請に応えるべく、さらに練習を積み重ねる。しかしその緊張の糸は、いつ弾けてもおかしくないぎりぎりのものだった‥‥


常時追いつめられているアンドリュウに扮するマイルズ・テラーは、自分まで鬼になってしまうと観客が感情移入するのが難しくなるところをぎりぎりで踏みとどまっての好演。フレッチャーに扮するJ. K. シモンズは、HBOの「オズ (Oz)」のような一部の例外を別にすると、どちらかというとTNTの「ザ・クローザー (The Closer)」等、気の弱そうな役の方の印象が強かったが、今回は180度がらりと変わった鬼教師役で、現在色んな映画賞で助演男優賞を獲りまくっているのも納得の鬼演。そして実は私の場合、シモンズと同じくらいとまでは言わないまでも、アンドリュウの父に扮するポール・ライザーも印象に残った。


ライザーは、最も人々の記憶に残っているのはNBCの「あなたにムチュー (Mad About You)」だろうが、私はそれと同じくらい「エイリアン2 (Aliens)」の嫌みな男も印象に残っている。そのライザーが、ここでは昔も自分はそこそこ作家になるとか何とか夢を持っていたろうが、才なくして叶わず、しがない教師が精一杯、しかしそれでも息子にはできるだけの愛情を注いでサポートしている、という非常に息子思いという感じがとてもよく出ている。感心した。


この映画、アンドリュウとフレッチャーの主要登場人物が最初から最後までテンパってて息をつかせない。見た後かなりぐたっと疲れるのだが、それでも面白いのは確かだ。と思って上映後、隣りで見ていた女房に、面白かったね、と言う前に、気分が悪いと言われた。


うちの女房は時々私が何言っても梃子でも動かないくらい意固地になる時があるくせに、プレッシャーに弱く、人からプッシュされるのを何よりも嫌がる。完全に反体育会系体質で、そういう人間の目から見ると、「セッション」は自分までプッシュされているようで、非常に苦しい気分になるのだそうだ。ああ、嫌な映画を見た、というのが感想であった。











< previous                                      HOME

アンドリュウ (マイルズ・テラー) はマンハッタンの名門音楽校でジャズを勉強しているドラマーだ。今の目標はただ一つ、学校で著名な教師フレッチャー (J.K.シモンズ) が率いるジャズ・バンドに正ドラマーとして起用されること。そのフレッチャーがアンドリュウが練習しているところを目にし、翌日の練習に顔を出すように言う。翌朝遅刻しそうになって慌てて部屋を飛び出したアンドリュウだったが、練習場には誰もいず、実際の練習開始時間はそれから何時間も後だった。これはフレッチャー流の指導で、とにかく生徒たちを限界までプッシュし、練習させ、常に上を目指そうとする。しかしそのやり方についていけず、途中で壊れる生徒も多かった。アンドリュウは練習に専念するため、付き合い始めたばかりのガールフレンドのニコール (メリッサ・ブノワ) との交際を解消してまでドラム一筋に打ち込む。なんとか前ドラマーを蹴散らして新ドラマーとして認められたはよかったが、そのすぐ後にはさらに後続のドラマーが虎視眈々とアンドリュウの座を脅かさんとしていた‥‥


___________________________________________________________

 
inserted by FC2 system