Ironclad


アイアンクラッド  (2011年7月)

1215年英国。マグナカルタに署名せざるを得なかったイングランド王ジョンは王座を追われる形で失意の日々を送っていたが、フランスと手を結び、 ひそかに捲土重来を期していた。ジョン王は英国貴族の蜂起のシンボルとも言えるロチェスター城陥落を画策する。しかしそれに気づいたオルバニー卿 (ブライアン・コックス) は、忠実な僕であるテンプラー騎士団のマーシャル (ジェイムズ・ピュアフォイ) やベケット (ジェイムズ・フレミング)、若いガイ (アニューリン・バーナード) らと共にロチェスター城にこもり、フランスからの援軍が来るまで城を死守しようとする。しかしジョン王は城を兵糧攻めにし、だんだんその包囲網を狭めてく る‥‥


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それなりに知名度のある俳優も出ていてなかなか製作費もかかっていそうな作品なのに、これまでTVでも劇場でもネットでも一度も予告編を見たことがなく、しかもかかっているのはやや遠目の劇場一館のみという「アイアンクラッド」、この映画の存在を知らない者の方が多いに違いない。しかし近年、とみにガキ向けの特撮ものに食指が動かなくなってきたこちらとしては、このような作品にこそそそられる。


というわけでいそいそと見に行ったわけだが、これがまた、3-400人くらいは入るかという中程度の規模の小屋で、観客は私とその数列前に座っている男性の二人だけだった。作品によっては客が少ないと貸し切り気分で気持ちよく見れたりもするが、ちょっとこういうアクションものでこれは、なかなか寂しいものだったりする。


「アイアンクラッド」は中世の騎士もので、マグナカルタ成立前後の英国を舞台とする史劇アクションだ。視覚イメージはほとんど「ロード・オブ・ザ・リングス (Lord of the Rings)」や最近よく話題に上るHBOの「ゲーム・オブ・スローンズ (Game of Thrones)」と一緒だ。それなのにこの不人気は、やはり出演者に若いイケメンがいないからだろう。一人だけいないこともないが主人公ではなく、大半がむさい男どもばかりでは、女性客は呼べないか。


マグナカルタ成立以降、ほとんど王権を剥奪された形のジョン王は失意の日々を送っていたが、そのまま燻るつもりは毛頭なく、フランスと組んで失地回復を企んでいた。ジョン王はまず、マグナカルタ成立のシンボルであるロチェスター城を陥落せしめんとする。しかしその急を聞き、十字軍の戦士であるマーシャルを筆頭とする強者たちがロチェスター城を守るために三々五々集まってくる。限られた人数で果たして彼らは城を守り切ることができるのか‥‥


考えたらこの作品、描いている時期は昨年の「ロビン・フッド (Robin Hood)」とあまり変わらない。ロビンはリチャード王についてフランスで戦っていたのであり、そのフランスで客死したリチャード王の後を継いだのがジョン王だ。そしてそのジョン王と敵対した騎士たちの話は、作りようによってはそれこそロビン・フッド的な義賊、正義の騎士を称揚する勧善懲悪的な物語として語ることも可能だったはずだ。それがなぜこういう忠臣蔵的というか陰々滅々という形容が近い話になったのか。作り手は最初から観客に女性や子供を想定していなかったのだけは間違いあるまい。


とはいっても作品中に色恋が描かれないわけではなく、主人公格のマーシャルはロチェスター城の主の妻から懸想されたりする。ま、これだって不倫であるわけだが、それでももっと盛り上げようがあるだろうに、十字軍の騎士で女性との接触を禁じているマーシャルの罪悪感ばかりが強調され、作品にゆとりや湿り気を与えるどころか、ほとんど逆の効果になっている。


さらに後半、城にこもった騎士たちとそれを取り囲むジョン王とフランス軍の合戦になると、ほとんどホラーというかエログロ的な描写が強くなる。これじゃロビン・フッドにはなり得ない。


演出はジョナサン・イングリッシュで、実はイングリッシュはかなりの黒澤ファンであるそうで、映画を見た後に読んだ記事によると、「アイアンクラッド」はかなり黒澤明の「七人の侍」に言及したり話やショットを頂戴した部分があるらしい。そう言われてみると、そういえばあれって「七人の侍」か、と思えるショットがいたるところに散見していたことに気づく。実際、話の骨格はまさに「七人の侍」だ。


とはいえ、全体の印象としてみると、「七人の侍」と「アイアンクラッド」は、まったく別物だ。特に「七人の侍」は、もちろんクライマックスと言える後半の合戦部分も決して面白くないわけではないが、しかし最も面白いのは前半の人集めの部分にある。しかし「アイアンクラッド」においては、後半の合戦部分の描写の方に力点があり、視覚的にもそちらの方が印象に残る。人集めの部分はほとんどさらりと流されるように描かれる。


さらに「七人の侍」では飄々とした志村喬や千秋実、左卜全等によるとぼけたユーモアも特徴だが、「アイアンクラッド」にはそれがない。たぶん最もその味を持っているだろうポール・ジアマッティが徹底してシリアスで通し、しかもヘンに鬼気迫る怪演となっている。さらにジアマッティ演じるジョン王が敵方のボスだ。この差は決定的で、そのためところどころに「七人の侍」を彷彿とさせるショットが挟まろうとも、私の場合、その類似やオマージュに気づかなかった。あるいは筋金入りの黒澤ファンならわかったのかもしれない。


主人公格のマーシャルを演じるジェイムズ・ピュアフォイと「七人の侍」の三船敏郎も、いつもシリアス過ぎて逆に意図せぬユーモアを生む三船と、真面目からぶれないピュアフォイはまったく別のキャラクターと言うしかなく、やはりこれでは何も知らずに見て、これが「七人の侍」の変奏とはあまり気づかないのではないかと思う。


ピュアフォイはスターズの「キャメロット (Camelot)」に出演していたが、先頃キャンセルが発表された。「アイアンクラッド」といい「キャメロット」といい、似たような時代の作品への出演が続いている。


個人的に最も印象に残ったのはピュアフォイよりもジアマッティで、先頃おとぼけ味を前面に押し出した「ウィン・ウィン (Win Win)」を見ていたせいもあって、その芸幅の広さだけでなく、ほとんど鬼気迫る死相を見せる演技には正直感心した。以前HBOの「ジョン・アダムズ (John Adams)」で死に行くアダムズを演じた時にはほとんど鳥肌もんの死に顔を見せたジアマッティが、ここでもほとんど魂が抜けたような顔をしている。この人って本当にうまいんだなと思う。









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