アイ・アム・ケイト   I Am Cait

放送局: E!

プレミア放送日: 7/26/2015 (Sun) 20:00-21:00

製作: ブニム/マーレイ・プロダクションズ

製作総指揮: アンドレア・メッツ

出演: ケイトリン・ジェンナー


内容: 性転換手術によって男性から女性になった元オリンピック十種競技チャンプのブルース・ジェンナー=ケイトリン・ジェンナーに密着する。


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I Am Cait


アイ・アム・ケイト  ★★1/2

今年アメリカは、性同一性障害を持つ、いわゆるトランスジェンダーの存在が多く話題になった。元々ゲイやトランスジェンダーは昔からある一定の割り合いでいたようだが、あまり大っぴらに言えることではなく、それはアメリカでも例外ではなかった。


今では市民権を得ているように見えるゲイだって、NYやLAといった都会を別にすると、アメリカでも田舎ではいまだに虐げられた存在だ。増してやさらにマイノリティのトランスジェンダーが、肩身の狭い思いをしていたのは想像に難くない。HBOの「ザ・ララミー・プロジェクト (The Laramie Project)」やドキュメンタリーの「マーウェンコル (Marwencol)」は、そう遠い昔の話ではない。ロゴのルポールのトランス・ファッション勝ち抜きリアリティ「ルポールズ・ドラグ・レース (RuPaul's Drag Race)」は以前からわりと人気があったが、それとてキワモノという印象を免れるものではなく、メインストリームとは到底言い難かった。


しかしそういった風向きも変わりつつあるという実感も他方で確かにあった。たぶん最初にその感触を受けたのは、シェールの娘チャスティティ・ボノが、私は男だとして男性チャズ・ボノへの性転換手術を終えた2010年辺りだったと思う。そして昨年のアマゾンのオリジナル・コメディ「トランスペアレント (Transparent)」の出現とゴールデン・グローブ賞の受賞は、さらに追い風となった。「トランスペアレント」は、子供もいる一家の主の男が、ある日突然、自分は本当は女だったんだと言って女性に性転換してしまう話だ。要するにトランスしたペアレントだからトランスペアレントだ。


さらに今年、ABCファミリーの「ビカミング・アス (Becoming Us)」、TLCの「アイ・アム・ジャズ (I Am Jazz)」等の、トランスジェンダーに密着するリアリティ・ショウが相次いで編成された。そしてその極めつけが、「アイ・アム・ケイト」だ。


「アイ・アム・ケイト」主人公のケイトリン・ジェンナーといっても、誰のことやらさっぱりわかるまい。しかし女性化した主人公の前の男性名がブルース・ジェンナーだというと、現在中年以上のスポーツ好きなら、日本人でもかなりの確率で知っているのではないか。1976年のモントリオール・オリンピックにおいて、十種競技で優勝したあのブルース・ジェンナーこそ、現ケイトリン・ジェンナーに他ならない。


十種競技が相当タフな種目であるのは、素人目にもよくわかる。だからこそこの競技の優勝者は、欧米では非常に尊敬される。そのチャンピオンが、実は中身は女性だったというインパクトは、なかなかでかかった。さらにジェンナー、実は何回かの結婚をして妻や連れ子が多数いる。その現在の妻と彼女の娘たちこそ、アメリカのリアリティ・ショウ界で最も注目されているカーダシアン家の面々だったから、話は一層大きくなった。


ジェンナーと結婚したクリス・カーダシアンの前夫は、かつて全米の注目を浴びたO. J. シンプソン裁判で、シンプソンを弁護したロバート・カーダシアンだ。カーダシアンという、アメリカでも珍しいアルメニア系の名前をクリスは結構気に入ったようで、ロバートと別れても旧姓には戻らず、カーダシアンで通していた。


そのクリスと娘のキム、コートニー、クロイ、そしてブルースたちの日常に密着するE!のリアリティ・ショウ「キーピング・アップ・ウィズ・カーダシアンズ (Keeping Up with Kardashians)」は、E!最大の人気番組になり、その後もいくつものスピンオフ番組を発生させながら、現在まで続いている。キムの現在の旦那はカニエ・ウエストであり、とにかくなにかとお騒がせで注目されている一家だ。


そのカーダシアン家の一員でいることが、ブルースにとって吉と出たか凶と出たか、現在までの経過を見るにたぶんよかったんじゃないかと思えるが、いずれにしてもついでにかなり注目を浴びたブルースに、少なからぬストレスがかかったことは確かだろう。


そしてある時、極秘裏に進めたかったはずの女性化が、「TMZ」を中心とするゴシップ番組/雑誌ですっぱ抜かれる。観念したブルースは今春、ABCのダイアン・ソウヤーとの単独インタヴュウに応じ、ニューズ・マガジンの「20/20」で、自分は本当は女性だと告白した。


これまででもかなり話題になったのだが、さらに注目を浴びたのが、雑誌ヴァニティ・フェアの特集だ。性転換手術を終え女性となったケイトリン・ジェンナーが表紙となったこの号は、あらゆる媒体でとり上げられ、ニューズとなった。ただしこの時の大衆の反応は、明らかにそれまでとは違った。要するに、この特集を見た人々は、私を含め、ケイトリンを見て、ドラグ・クイーンを見るようにではなく、ごく普通に女性を見るように、結構綺麗だなと思ったのだ。その写真を撮ったのが、誰あろうアニー・リーボヴィッツだ。


そして極めつけが、生涯功労賞的なアウォードであるアーサー・アッシュ・カレッジ・アウォードの今年の受賞者としてケイトリンとして登場した、スポーツ・アスリートの表彰セレモニーESPYアウォーズだ。それまでは、まだ一部ではトランスのキワモノ視されていたジェンナーだが、完全に女性としてドレス姿で登場したこのスピーチで、これまでの苦悩の日々や現在の自身の気持ちを赤裸々に告白、一気に人々の共感を得た。私の女房もこれを見て、ただのヘンな人だと思ってたけど、そうでもなかったんだねと感想をもらしていた。


いつの間にやらケイトリン・ジェンナーは、人にポジティヴな印象を与える、トランスジェンダーを代表する時代の寵児として人々から認識されていた。その現在のケイトリン、およびカーダシアン家、ジェンナー家に密着するリアリティ・ショウが、「アイ・アム・ケイト」だ。時の人ケイトリンに密着するリアリティ・ショウであり、話題性という点では今年随一だったと言える。


一方、人々が知りたがっていたこと等は、これまでの過熱報道によって逐一公になっており、「アイ・アム・ケイト」が番組として特にできがいいとか、新たな情報を提示してくれるとかいうと、特にそんなことはない。どちらかというと本人のキャラクターとしては、ほとんど露悪的なカーダシアン家の人々ほど派手で外交的というわけではないケイトリンをとらえる「アイ・アム・ケイト」は、実は本人がトランスジェンダーであるというその一点を除けば、特に面白いと言えるわけではない。


私が個人的に気になるのは、ホルモン注射とかで女性化しているケイトリンが、いったい今ではどのくらいスポーツがこなせるのかということだ。かつては自他共に認める世界一のアスリートだった男が、女性化したことで、何が、どう変わったのだろうか。年齢ということを別にしても、筋力、体力はかなり影響を受けるのだろうか。筋肉が衰えることよりも、綺麗に見えることの方が今は重要なのだろうか。


さらに、ケイトリンはブルース時代のつい最近に、交通事故を起こして死者を出している。それがどうやらブルースの過失致死として、逮捕される可能性が濃くなってきたらしい。有罪となるともちろん刑務所入りだ。やっぱり女子刑務所入りなんだろうな、それって。とすると、やっぱり女囚から虐められることになるんだろうか。等々、なんつーか、どう転んでもドラマティックな星の下に生まれついているのは確かなようだ。









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