Marwencol   マーウェンコル

放送局: PBS

プレミア放送日: 4/26/2011 (Tue) 22:00-23:30

製作: オープン・フェイス

製作総指揮: トム・プットナム、マット・ラデッキ

製作/監督: ジェフ・モームバーグ

出演: マーク・ホーガンキャンプ


内容: バーでティーンエイジャーの暴漢に襲われ、九死に一生を得たが記憶を失い、リハビリのために戦場のミニチュア・モデルを製作している男をとらえるドキュメンタリー。


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Marwencol


マーウェンコル   ★★★

「マーウェンコル」主人公のマーク・ホーガンキャンプは、ニューヨーク州のアップステイトの町キングストンに住む39歳の男だ。かつて妻がいたが、今は少なくとも一緒には住んでいない。番組中で別れたとも言及されないところを見ると、出て行ったか別居中、そんなところだと思う。


ホーガンキャンプは2000年春、バーで複数のティーンエイジャーに絡まれ、手ひどく暴行を受けて病院に担ぎ込まれる。9日間昏睡状態で生死の境を彷徨った挙げ句目覚めたホーガンキャンプは、過去の記憶をほとんど失っていた。


ホーガンキャンプはリハビリのために自宅に6分の1サイズの第二次大戦のモデルを製作し始める。そこに登場する人体モデルは自分を含め現実の人物を反映しており、ホーガンキャンプはその一体一体のモデルにストーリーを付け加え、物語を紡ぐことによって、現実世界と徐々に対峙していく‥‥


徐々に明らかになっていくのがホーガンキャンプの性癖で、彼がバーでティーンエイジャーに絡まれたのは、彼が服装倒錯 (近年はより重々しい単語であるトランスヴェスタイト (Transvestite) ではなく、クロスドレッサー (Crossdresser) と言われることの方が多い。番組中でもホーガンキャンプ自身がそう言っている) のためであったためらしい。実際にそうだったのかは被害者であるホーガンキャンプ自身がその時の記憶を失っているため明らかでないが、加害者の調書や関係者の証言等により、まず間違いないようだ。


その時にホーガンキャンプが女装していたか、あるいはただそういう趣味であることを話しただけかは知らないが、それがティーンエイジャーを刺激した。だいたいティーンエイジャーというものは、こういうことに過剰反応しやすい。


これで思い起こすのは、1998年、ワイオミングのララミーでゲイの男性がバーでストレートの男たちに絡まれ、暴行を受けた挙げ句置き去りにされ、こちらは運悪く命を失ってしまったという事件、そしてその顛末を描いた「ザ・ララミー・プロジェクト (The Laramie Project)」だ。ホーガンキャンプの時と状況はほとんど同じだ。


ホーガンキャンプは一命をとりとめるが、苦難はそこから始まる。頭部に大怪我をしたホーガンキャンプは記憶のほとんどをなくしており、文字を書くことすら困難だった。39歳の男が、まずアルファベットを覚えることから日常を始めなければならない。


自宅療養になったホーガンキャンプは、自分が変わった性癖の持ち主だったことを知る。自分が描いたに違いないスケッチは残酷なエログロ描写のほとんどポルノで、今のホーガンキャンプは、昔の自分自身とは友達になりたくないという。


一方でその性癖の根本の部分は、記憶を失おうがどうしようが変わってないようで、現在もホーガンキャンプはクロスドレッサーの趣味がある。靴 -- 女物の靴を集めるのが趣味のホーガンキャンプの棚には、200足を超えるハイ・ヒールを中心とする女物の靴が集められている。ホーガンキャンプは、それを履きたくてたまらない。


このエピソードは、「ダズ・ユア・ソウル・ハヴ・ア・コールド? (Does Your Soul Have a Cold?)」に登場したケンを思い出させる。やはりクロスドレッサーでMの気があるケンも、遠出する場合は正装のハイ・ヒールを履いていた。ホーガンキャンプも、晴れて自作の個展を開く段階になると、周囲の者に、実はハイ・ヒールを履きたいんだと漏らす。確かにハイ・ヒールはこういう晴れの場向きだろうが、しかし、やはり男が履いてもバランスというものがあるだろう。


この個展はニューヨークのヴィレッジで行われた。ストレートよりもゲイの方が多いと言われるゲイのメッカ、クリストファー・ストリートはヴィレッジにあり、会場の目と鼻の先だ。そのため関係者も、今からでも遅くないから履きたいなら履きなさいと奨励し、それに勇を得たホーガンキャンプは個展の2日目からはハイ・ヒールを履いていた。


クロスドレッサーは、性的には自分で言うのもなんだが面白味もないくらいどノーマルな私から見ると、最も理解しにくい。ゲイなら体感できなくとも少なくとも頭でならわかる。しかしクロスドレッサーは、どうも性的にはゲイではないようなのだ。男性の自分が女性になりたいと思って女装するのがクロスドレッサーではない。気持ちは男性のままだが、ただ女性の服を着たくてたまらないだけというように見える。


ホーガンキャンプは自身の製作しているモデルで、自分自身をマッチョな米軍将校として造型している。彼には何人もの女性たちが群がり、ホーガンキャンプはナチのSS将校と戦い、女性たちを解放する。マッチョ過ぎるくらいマッチョな舞台装置なのだ。まるでゲイっぽくない。それともこれは、こうありたいという希望や反動なのか。


番組タイトルとなっているマーウェンコルというのは、ベルギーにあるという架空の町の名称だ。ホーガンキャンプはそこに人物を配置し、物語を紡ぐ。登場人物はほぼ全員、知人をモデルにしている。母がモデルのキャラクターもあれば、仕事場の人間をモデルにしてるのもある。


仕事場の同僚をモデルにしたキャラクターは、ホーガンキャンプが紡ぐ物語が進行する途中で、死んでしまう。現存の人物が、私は死んじゃうの、と悲しそうに言うので笑ってしまう。ホーガンキャンプはほとんど現実というよりも頭の中で彼が作り出す世界に住んでいるので、現実の人間の感情にはとんと無頓着なのだ。これまた上記のケンを思い出した。ケンも気配りできないわけではないが、それは自分自身が気がつくことのできる世界だけで、その世界以外では、彼にはほとんど常識が通用しない。ホーガンキャンプもそうなのだ。


マーウェンコルのホーガンキャンプは、自分に暴行を加えた相手を投影したナチ将校に復讐する。人形ながら徹底してリアルに血糊をつけ、逆さ吊りする。そうやって仮想世界で復讐を達成することで、現実の世界でもなんとか折り合いをつける。


現在のホーガンキャンプは、ちゃんとアルファベットも書けるし文字も読めるし会話もできる。ある程度過去のことも思い出しているようだが、それでも前夫人のことはほとんど覚えてないようだ。彼はこれからもマーウェンコルに住み続けるのだろうか。









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