Ghost World

ゴースト・ワールド  (2001年8月)

インディ映画としては珍しく、「ゴースト・ワールド」は日米同時公開となっている。ハリウッド大作でもないのに同時公開や日本で先行公開されるのはジム・ジャームッシュの映画だけと思っていたら、どうやらそうでもないらしい。日本での配給元のアスミック・エースに監督のテリー・ツワイゴフに惚れ込んだ人間がいて、製作資金の一部でも提供したのかも知れない。


「ゴースト・ワールド」は若い世代に人気のある漫画家のダニエル・クロウズの同名コミックを映像化したもので、10代も終わりに近づいた多感な二人の女の子の生活を描く。人気のあるコミックだとはいっても、アメリカでは日本のような漫画雑誌はないから、コミックが何百万部も売れたり、社会現象となるほど認知度を得ることは、「X-メン」や「スパイダーマン」のようなマーヴェル系の一部の例外を除いてほとんどない。実際に読まれている20歳前後の人間以外、知らない人の方が多く、実際私もこの映画のことを知るまでは、原作のコミックの方は聞いたこともなかった。


主人公のイーニドに扮するのは、「アメリカン・ビューティ」のソーラ・バーチ。実に役によくマッチしている。個性的とは言えてもどう見ても可愛いとは言い難いと思っていたが、原作のブスさ加減を見た後だと、えらく可愛く見えた。まったく美的感覚というのは相対的なもんである。映画でははっきり言って性格ブスで、とにかく周りのすべてのことに文句をつけなくてはいられない役どころなのだが、後半に入ると感情移入して、彼女の一挙手一投足に思わず納得したり胸キュンとなったりする。


彼女の相方レベッカに扮するのが、「モンタナの風に抱かれて」でクリスティン・スコット・トーマスの娘に扮したスカーレット・ヨハンソン。普通10代の役というのは同年代か、それよりも少し年上だが若く見える俳優が演じることが多いのに、彼女に限っては本当は15歳なのに18歳の役をやっている。それで全然違和感ないんだから、この歳で老けているというか。しかも雑誌とかに載っている彼女のポートレイトを見るとえらく可愛いのに、ここではわざわざ少しだけ普通っぽい感じを出している。


イーニドとレベッカは暇つぶしに、交際相手求むの新聞広告を出していた男をいたずらの電話をかけて呼び出し、待ちぼうけをくらう男を見て楽しむのだが、その男シーモアに扮するのがスティーヴ・ブシェミ。完全なはまり役で、これまで見たどのブシェミよりも今回のブシェミの方がよかった。ブシェミといえば少しメイン・ストリームから外れたエキセントリックな役どころというのが相場であるが、これまではそれを意識的に誇張してやっているような感触を受けた。今回はあくまでも自然に演じ、その上で中年の悲哀のようなものが巧まずして出ていた。彼も本当の中年に差しかかったということなのかも知れない。


イーニドとレベッカに振り回される同年代のボーイ・フレンドに扮するのが「ゴールデン・ボーイ」のブラッド・レンフロで、彼も実は本当はもっと格好いいのに、わざと体重を増やして鈍くさい役回りに挑戦しているようだ。他にも美術教師に扮するイリーナ・ダグラスやイーニドの父に扮するボブ・バラバン、その恋人に扮するテリ・ガー等、本当はもう少し見映えがするはずの人間を、皆、少しずつ格好悪くしているところに監督のツワイゴフのセンスが窺える。


ツワイゴフは、長年の友人の漫画家ロバート・クラムの言動を記録したドキュメンタリー「クラム」で一躍知られるようになったドキュメンタリー出身の映像監督で、フィクション作品の演出は今回が初めてである。「ゴースト・ワールド」もオリジナルはアメコミというのでもわかる通り、本人もアメコミに入り浸った、ずばりオタク系の人だ。本人の写真を見てもまったくそういう感じを受ける。ブルース音楽にも造詣が深いそうで、古いブルース・レコードの収集が趣味の冴えない中年シーモアの造型に、本人自身が投影されているのは間違いない。 因みに「ゴースト・ワールド」の中でイーニドが持っているスケッチ・ブックの中の絵は、クラムの娘のソフィが描いている。


事実を淡々と積み重ねていくツワイゴフのドキュメンタリー・タッチに近い演出は、ほとんど非のつけようがない。最初に観客に主人公のイーニドに反感を感じさせておいて、いつの間にやら感情移入させる物語の作り方は実に秀逸で、まったく同じように、どう見てもむさくるしい主人公なのに、最後の方では応援に力の入った「シュレック」を思い出した。そしていったんイーニドに感情移入してしまうと、後半、そのイーニドの居場所がどんどんなくなっていく時の彼女の心の痛みが、ほとんど手に取るように実感できてしまう。結局世界は自分の思うようにはならないのだ。


私がこの映画を見て思い出したのは、テイタム・オニールとクリスティ・マクニコルが共演した「リトル・ダーリング」である。まだ、今ほど大人と若者の断絶が声高に叫ばれてはいなかった時代の作品で、「ゴースト・ワールド」ほど毒を含んだ作品ではないが、主人公が女の子二人で、大人を見下したような生意気さ加減や、子供から大人へと成長する時のある種の痛みを確かにとらえていたという点で、この2作品には共通項が多い。大きく違う点は、可愛い子をそのまま可愛く描いた「リトル・ダーリング」に較べ、「ゴースト・ワールド」はわざと主人公を可愛くなく描いているというところだろうか。久しく見る気も起きなかったこういう青春ストーリーについてあれこれ考えさせてくれた点で、「ゴースト・ワールド」は確かに称賛に値する。







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