Escobar: Paradise Lost


エスコバル/楽園の掟 (エスコバル: パラダイス・ロスト)  (2015年6月)

「エスコバル」というタイトルを見て即座に思い出したのは、「トゥー・エスコバルス (Two Escobars)」のことだ。むろん、現在女子のワールド・カップ・サッカーが開催中であることも大きい。とはいっても、これが人の名のエスコバルなのか、あるいは他の何か、地名とかものの名を意味する可能性もあるので、タイトルを初めて聞いた時は、いったいどんな題材の映画なのか、さっぱりわからなかったというのが本当のところだ。


それは主演のベニシオ・デル・トロがアップのポスターを見た時も変わらなかった。もしかしてこれ、コロンビアのドラッグ王パブロ・エスコバルのことかもと思いはしたが、しかし、さりとて実際にコロンビア出身かドラッグ・ディーラーでもない限り、パブロの名を知っているアメリカ人は、筋金入りのサッカー・ファンで、1980-90年代のコロンビア・ナショナル・チームの躍進とその後の「エスコバルの悲劇」を知っている者以外、皆無に近いだろう。そういうほとんど知られていない者の名をタイトルにするとも思えなかったのだ。正直言って、エスコバルというタイトルで食指を動かす映画ファンがアメリカに大勢いるとは到底思えない。


ところがどっこい、そのパブロ・エスコバルを題材にしたクライム・ドラマが、「エスコバル」なのだった。そりゃ、私は見るよ、デル・トロだし、エスコバルのドキュドラマって、私には結構アピールする。もしかしてアンドレス・エスコバルも絡めたサッカー・ドラマになってたりする?


ということはなく、作品はやはりパブロが主人公の話なのだった。とはいえ話の中で、パブロが夜中サッカーの試合を見ているというシーンが、あることはある。配下の者は当然暇つぶしにはサッカー・ボールで遊んでたりする。しかし、やはり話はサッカーとはほとんど関係がない。


私だって「トゥー・エスコバルス」を見てなければ、エスコバル? 誰、それ、ってなもんだったろう。しかし80年代のコロンビアにおいて、パブロ・エスコバルという存在は国の大統領より大きな意味を持っていた。


パブロは執拗な警察権力に音を上げ、最終的に当局と司法取引を交わし、自ら出頭する代わりに、刑期を短くし、アメリカに身柄を拘束させないこと等を政府に約束させる。さらにパブロが入所した刑務所はパブロ自身が建てたもので、入所前に改装してほとんど刑務所というよりはホテルに近いものだったらしい。警備にも配下の息がかかり、パブロはほぼ自由に外と行き来できたということだ。もちろんパブロは刑務所の中からビジネスの指示を出していた。刑期とは名ばかりのお務めである。


パブロはそうやって自由に中と外を行き来し、ある日そのまま行方をくらましたが、さすがにそれでは脱獄になってしまう。大義名分を得た政府側は、パブロを追い詰め、射殺する。パブロ一人が仕切っていたカルテルは、パブロ亡き後、サッカーのナショナル・チームと同じように急速に瓦解の経路を辿る。


映画は、パブロが政府と取り引きして刑務所入りする直前、蓄えた金を人目につかないところに隠そうと、腹心の者たちを使って国内各地に派遣しようとしている状況を中心に描く。その任務の一人に白人カナダ人のニックが選ばれているのは、彼がパブロの姪マリアのボーイフレンドだからだ。


しかしニックはサーフィンをしたいがためにカナダから兄夫婦と共にコロンビアにやって来た、ほとんどヴァイオレンスには縁のない青年だった。それがいきなり銃を渡され、仕事を終えたら口止めのためにガイドは殺せと念を押される。もちろんニックはそれまで人を殺したこともなければ殺されようとしたこともない。


いや、殺されようとしたことはあった。誰も使っていない土地だからと自分たちで小屋を建てて住んでいたところに、地元のチンピラが現れ、ここに住みたいならそれ相応の金を寄こせと脅す。ニックは猛犬をけしかけられ、腕に怪我をする。しかしある時、そのチンピラたちの方がリンチに遭い、殺されて木に逆さ吊りにされているのが発見される。誰も大っぴらには言わないが、パブロの差し金であることは誰の目にも明らかだった。ニックは好むと好まざるとにかかわらず、既にパブロのカルテルの一員だった‥‥。


パブロを演じるのがデル・トロ、ニックを演じるのがジョシュ・ハッチャーソンだ。ハッチャーソンは「ハンガー・ゲーム (The Hunger Games)」以外では知らないが、ここではコロンビアのギャングの内戦に巻き込まれていくノンポリの白人を熱演している。特に銃を渡され、金を隠したらガイドを殺せと言われ、動揺したまま現地に着いてみると、そのガイドはティーンエイジャーのまだ幼いとすら言える男の子で (それなのにもう既に妻と子がいる)、その子を殺さなければならず葛藤する中盤以降は、果たして殺すのかあるいは命令を無視して自分が殺されるのか、なかなか手に汗握らせる。


マリアに扮するクローディア・トライサクは、一昔前のエヴァ・メンデスそっくり。演出のアンドレア・ディ・ステファノは本職は俳優で、これが初監督作だ。因みにイタリア人で、「ライフ・オブ・パイ (Life of Pi)」に聖職者役として出演しているそうだが、あまりよく覚えていない。


この映画、女子サッカーのワールド・カップを開催中に、しかもアメリカの女子チームが活躍して注目を集め、なでしこ日本との決勝のTVの視聴率は男子をも含めたアメリカのサッカー中継史上最高の視聴率を記録するという、アメリカではほぼ空前とも言えるサッカー・ブームの真っ只中に、スパニッシュ系や、白人でもポルトガル系人口が多く、たぶんサッカーの普及率という点ではアメリカ全体でも上位にいると思えるニューワークの劇場に公開初週の週末に見に行ったのに、なんと観客は私を入れてたったの二人だった。上にも書いたように、エスコバルとサッカーを結びつけることのできる者はほとんどいなかったのだろう。以前住んでいたクイーンズのフォレスト・ヒルズのお隣りのジャクソン・ハイツは、アメリカで最もコロンビア系移民の多いところらしいから、そこで見たらまた違った経験になったかもしれない。


それにしてもワールド・カップのなでしこ相手の準決勝で、ロス・タイムのオウン・ゴールで負けたイングランドのバセットは、時と場所が違ったなら命を狙われていたかもしれない。などと劇的な幕切れを見ながら、映画のことを思い出していたのだった。










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ニック (ジョシュ・ハッチャーソン) は兄夫婦と共にカナダからサーフィンをしながら生活する桃源郷を求めてコロンビアにやって来た。ニックは地元の女性マリア (クローディア・トライサク) を見初め、二人は付き合うようになる。マリアの伯父パブロ・エスコバル (ベニシオ・デル・トロ) は地元の名士で、村に医療機関を建てるなど地元では英雄視されていたが、しかし潤沢なその資金はドラッグの取り引きで得たもので、アメリカの後ろ盾を得たコロンビア政府は、本気でパブロを捕らえようとしていた。パブロは自ら出頭する代わりに罪を軽減するよう政府と司法取り引きしており、出頭前に金を各地に隠す必要があった。パブロはニックを含めて信頼できる側近を集め、その任を託す。ニックはクルマを運転して田舎に行き、地元のガイドに金の隠し場所を案内させた後、その男を殺すよう拳銃を渡されていた。そしてその場所に現れたのは、まだティーンエイジャーの少年だった‥‥


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