Doctor Sleep


ドクター・スリープ  (2020年8月)

「ドクター・スリープ」は、私にとって、昨年、「ターミネーター: ニュー・フェイト (Terminator: Dark Fate)」に負けた作品という印象で記憶に残っている。詳しく言うと、昨秋、「ドクタースリープ」と「ターミネーター」が同時期に公開された際、私は「ドクター・スリープ」ではなく「ターミネーター」を見ているのだ。さらに詳しく述べると、本当は私は「ドクター・スリープ」を見るつもりでいたのだが、足を運んだ映画館がスケジュールを変更していたために、結局見そびれた。 

 

という経緯で気にはなっていたのだが、思ったよりも早く、再度見るチャンスが巡ってきた。コロナウイルスの影響で家で映画を見る頻度が上がるということがなければ、たぶんしばらく、あるいは永久に見ることはなかったと思う。 

 

「ドクター・スリープ」は、もちろんあの、ホラー映画の名作「ザ・シャイニング (The Shining)」の続編だ。スタンリー・キューブリック演出、ジャック・ニコルソン主演、シェリー・デュヴォール共演の「シャイニング」は、ホラー史に燦然と輝くクラシック・ホラーで、今でもホラー名作ベストテンみたいな企画があると、必ず上位に入る。もちろん異論はない。遠い昔、当時付き合っていたガールフレンドと映画を見に行こうという話になって、なんかホラー見たい気分ということで、たまたまその時名画座にかかっていた「シャイニング」は? と意見を出したら、それだけは嫌、あれは本当に怖いから、と却下されたのを覚えている。怖いのが見たいんじゃないのかと思うが、極限まで怖がりたいわけではない。 

 

いずれにしても、主演のニコルソンの顔演技はなまじのスペシャル・メイキャップなんかよりよほど怖かったのは事実で、それに負けるとも劣らなかった返しのデュヴォールの怯え顔は怖さを倍加させた。「勉強ばかりで遊ばないとバカになる」原稿のシーンは衝撃的で、撮影ティームが開発し、その後の撮影の歴史を変えたステディカムを使ったダニーの三輪車、コーナーを曲がってエレヴェイタ前に立っている双子の女の子等、印象的なシーンは目白押しで、とにかくクラシック・ホラーと称されるのもむべなるかなの名作であることは間違いない。 

 

あまりにも名作で完結してしまっているので、見る方としては、これに続編ができることなど考えたこともなかった。が、考えたら、「エクソシスト (The Exorcist)」や「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド (Night of the Living Dead)」、「エイリアン (Alien)」等の、クラシックと目されるホラーは、すべて続編が製作されている。「シャイニング」だってできないわけがない。 

 

というか、その構想は原作のスティーヴン・キングの胸先三寸だったというのが、本当のところだろう。元々キングの原作を映像化した「シャイニング」は、当のキング自身が当初くさしていたのは有名な話で、いわくキューブリックはホラーというのをまったくわかっていない、とわりとぼろくそに言っていた。 

 

要するに、じわじわと時間をかけて書き込むことで情動に訴え怖さを醸成していくタイプのキング作品は、実はイメージ重視で時間が限られている映画と特に相性がいいわけではない。特に自分のスタイルというものを強烈に持っているキューブリックのような映画作家とキングは、共にホラーというジャンルに対して異なるアイディアを持っていたのは明らかだ。 

 

キューブリックの「シャイニング」が歴史に残る傑作になったことでキングは考えを改めざるを得なくなったが、それでも、後日自分自身のプロデュースで再度TVでミニシリーズ化を試みたことからでも、自分の作品の映像化において、ある考えを持っていたことが窺える。ただし、そのミニシリーズはキューブリック作品の足元にも及ぶものではなく、いたずらに小説と映像は異なる媒体であることを誰の目にも明らかにしたに過ぎなかった。 

 

そういう経緯のある原作に、さらに続編を書いて、それを映像化する。実際の話、映像化としてはキューブリック版があまりにも完成しているため、続きがあるという気にはあまりならないが、小説としては既に2013年に「ドクター・スリープ」は出版されている。 

 

「ドクター・スリープ」は、「シャイニング」の主人公であるニコルソン/ジャックの息子ダニーが成長した姿を描く話だ。ダニーのシャイニングは、実は父ジャックの持つそれを凌ぐほどだった。考えれば、オーヴァールック・ホテルから脱出したダニーが主人公の続編ができてもおかしくない。それを考えさせないほどキューブリック版が完結していたことの証明だが、当然キング自身は話を膨らませる誘惑に勝てなかった。そしてやっぱり、それを映像化する者も出てきた。そしてさらにやっぱり、こっちも見てしまうのだった。やっぱりねえ、「シャイニング」の続編だからなあ、一度は見損ねたといえども、再度チャンスが回ってきたら見ないわけにはいかない。 

 

オーヴァールックから帰還したものの、ダニーと母ウェンディは二度と雪を見る気になれず、南部フロリダの海沿いの町で暮らしていた。ダニーが大人になる頃、ウェンディは病没し、ダニーは心の奥底で暴走しそうになるシャイニングをなだめすかしながら、ほぼアル中同然のいい大人になっていた。 

 

ダニーは流れ着いたニュー・イングランド地方の小さな町で、知己を得たビリーの紹介により、老人ホームで職を得る。老人の死期を悟るネコのように入居者の死期を知覚して看取るダニーは、やがてドクター・スリープと呼ばれて、入居者から信頼を得るようになる。 

 

そうやってやっと見つけた平穏の日々のまましばらく時が過ぎるが、そのダニーに知覚を飛ばしてコンタクトしてきた黒人少女のアブラがいた。彼女のシャイニングはダニーを凌ぐほどで、それを自覚しないまま成長するのは危険だった。実際、アブラの力に、オカルト的カルト集団のリーダーであるローズが気づく。彼女たちは、シャイニングを持つ者を殺し、彼らが死ぬ時に放つ生気を吸ってこれまで生き長らえていた。アブラは彼らの格好の次のターゲットにされる‥‥ 

 

という展開だが、話としては、流れを汲んでいるとはいっても、「シャイニング」とは別物だ。個人的には、シャイニングの持つ者の生気を吸って生き長らえているという設定のヴァンパイア系一族が、「シャイニング」にマッチしない、というか、まったく別の話に見える。が、これは当然キューブリックの「シャイニング」にマッチしないだけで、キングとしては自分の中でなんの問題もなく繋がっているのだろう。 

 

いずれにせよ、おやおや、また不死かよ、という印象を禁じ得ない。正確には「ドクター・スリープ」が公開されたのは昨秋だから、先頃シャーリーズ・セロンが不死のスーパーヒーローに扮した「ジ・オールド・ガード (The Old Guard)」より順番としてはこちらの方が先なのだが、それでも、もうすぐやっぱり不死のワンダー・ウーマンが主人公の新作「ワンダーウーマン 1984 (Wonder Woman 1984)」も公開される。不死の女性が増えている。私見では、こういう時代に不死であっても、恩寵より呪いが勝るだけでいいことないと思うのだが、案外と人はだからこそ生きていたいと思う者も多いらしい。あるいは、こういう時代にわざわざ女性を不死にする、意地の悪い、悪の力を持った男性の深謀かもしれない。女性は気をつけた方がいい。 

 

一方でそのカルトの女性首領ローズに扮するレベッカ・ファーガソンは、いかにも別世界的に美人で感心する。自分でこんなヘンな帽子被ってヘンでしょ? と言ってもひたすら美形が強調されるだけで、実際の話、あんな帽子被る理由って特にないだろと思うのだが、結局美人ってどんな格好しても美人だ。 

 

結局、「ドクター・スリープ」は「シャイニング」の続編であって、「シャイニング」で解き明かされなかった現象が説明されるわけではない。個人的には、「シャイニング」のあの双子はいったいどういう経緯であそこにいるのかという辺りが明らかになるのを期待していたのだが、双子が出てきてもその説明はない。そんな時間的余裕もなかったし、それよりももっと大きな問題である、なぜオーヴァールック・ホテルがそういうあちらのモノたちの巣窟になったのかという説明すらないのに、わざわざ双子の経緯を説明する気もなかろう。 

 

それでちゃんとオーヴァールック・ホテルに戻って、オチはつける。これはセットなのかそれともホテルがまだ壊されずに残っていたのか。たぶん前者だと思うのだが、やはり冬山のオーヴァールックは、見るだけでわくわくぞくぞくする。映画史の一部だよなあと思うのだった。 











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「事件」の後、ダニーと母のウェンディはフロリダに引っ越して穏便に暮らしていた。ダニーは自分のシャイニングを追いかけてくるモノたちを、心の奥底の箱に収めて鍵をかけ、表に出さない術を覚える。ダニー (ユアン・マグレガー) が成長して大人になる頃、母は死亡し、以来ダニーは定職に就かず、ほとんどアル中になって人目を避けるように暮らしていた。ある時、流れるままに訪れた町でダニーは面倒見のいいビリー (クリフ・カーティス) と出会い、その伝手で老人ホームを手伝うようになる。生まれて初めて平穏な気分で日々を暮らすダニーだったが、ある日、部屋の壁に何者かによるメッセージが浮かび上がっていた。それはダニーと同等以上の力を持つ、まだ幼いアブラ (カイリー・カラン) からのコンタクト・メッセージだった。一方、西部では、不死の力を持つローズ (レベッカ・ファーガソン) を中心とするカルトの一派がいた。彼らはシャイニングを持つ者を殺してその生気を吸うことで生き長らえていたが、近年、力が衰えてきていた。しかし彼らは無尽蔵の力を持つアブラの存在を知る‥‥ 


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