Border


ボーダー 二つの世界  (2020年6月)

「ボーダー」は、実はアメリカで公開されたのかどうか確信はない。前回「ナイチンゲール (The Knightingale)」をhuluでサーチして見た時に、その隣りに表示されたのが「ボーダー」で、正直言ってこのタイトルに覚えはなかった。調べてみると、アメリカでは各地の映画祭で公開されてはいるようで、映画のホームページもあるが、しかし、やはり覚えがない。全米で一般公開されてはいないと思う。 

 

いずれにしても、北欧産ホラー・ミステリということで、なんとなく気になった。スウェーデン産ホラーというと、「ぼくのエリ 200歳の少女 (Let the Right One In)」という印象的な作品があったし、昨年のアリ・アスターの「ミッドサマー (Midsommar)」は、舞台はスウェーデンだった。数は少なくても、わざわざアメリカに紹介される北欧ホラーが面白くないわけがなかろう。 

 

というわけでさらに調べてみると、「ボーダー」原作は、それこそ「ぼくのエリ」を書いたヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストだった。北欧ホラーはリンドクヴィストが一人で引っ張っているようだ。北欧のスティーヴン・キングのような存在か。いずれにしても、これで面白さは保証されたも同然。 

 

我々東洋人の目から見ると、北欧はノルウェイもスウェーデンもフィンランドも同じように見える。ついでに言うとデンマークもほとんど似たような印象を受けるが、現在、世界でスウェーデンを筆頭に、僅かな国のみがコロナウィルスに対して隔離しない政策を実施している。ものの考え方というのはあるだろうが、そのおかげで今ではスウェーデンは、英国も抜いてヨーロッパで突出して高いコロナ死亡率を持つ。そういうお国柄だから独特のホラー・テイストが生まれるのか。 

 

「ボーダー」の主人公ティナは、スウェーデンの港湾の入国管理の税関で働いている。森の中の一軒家の自宅に同居しているボーイフレンドがいるが、彼にとってはティナより飼い犬をドッグ・ショウに出して賞をとることの方が重要だった。ティナには独特の嗅覚があり、人が隠したいこと、恥ずかしいと思っていることを敏感に察知する。要するに税関吏としてうってつけの人材だった。 

 

しかし、どう見ても疚しいことがありそうな醜男ヴォーレに対しては、彼女の嗅覚が間違ってしまう。どうやらヴォーレはトランスかまたは両性具有、あるいはそれこそ女で、彼に対してはティナの嗅覚は正確に作動しなかった。ヴォーレに興味を持ったティナは、彼を自分の家の空き部屋に誘って滞在させる。ヴォーレは謎の部分が多く、冷蔵庫に何かを保管してドアを開けられないようにテープで封してあった。 

 

ヴォーレはどうやらティナの属性、特質を知っているらしく、謎めいた言動をとり、ティナを動揺させる。一方、ティナが税関で知覚して検挙した男はどうやら違法のチャイルド・ポルノ、それも相当に危ない系に関係しているらしいが、それだけに用心深くてなかなか尻尾を出さず、証拠がつかめなかった。ティナたちは、大人しくしていたら獲物を逃してしまうと、法を無視して行動を起こす、という展開。 

 

ティナとヴォーレに扮するエヴァ・メランダーとエーロ・ミロノフの二人の、微妙な野獣さ加減がいい。二人共どちらかというと醜女醜男の範疇に入るキャラクター設定で、相手を見極めるのに口を斜めに歪めてふんふんと匂いを嗅いで品定めする。どうやら視覚より嗅覚から多くの情報を得ているようだ。人は興奮したり緊張したりすると発汗するし、確かに見えるものだけしか見えない視覚より、見えない情報も得られそうな嗅覚は、情報源として有用かもしれない。 

 

しかしこの映画、実は演出はスウェーデン在住でこそあるがイラン人のアリ・アッバシと、かなり無国籍だ。しかもイランは現在アメリカと国交断絶状態にあり、数年前にもイラン人監督のアスガー・ファルハディが、敵国扱いされるのが嫌さにアカデミー賞授賞式をボイコットするなんて事件があった。アッバシ自身はアメリカの映画祭には入国して出席したようだが、いかにもスウェーデンっぽい内容の、スウェーデン人原作による作品を、イラン人が撮る。アメリカ人のアリ・アスターが招かれてスウェーデン・ホラーの「ミッドサマー」を撮ったように、無国籍的でありながらやはりスウェーデン・ホラーの「ボーダー」、今なおヨーロッパで唯一コロナ感染死者が増加中のスウェーデンは、新しいホラーの発祥地となりつつある。 











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スウェーデンの港湾の税関で働くティナ (エヴァ・メランダー) は、お世辞にも美人とは言い難かったが、人々が隠したいことや恥ずかしいと思っていることを見抜く独特の嗅覚があり、それを利用して違法なものを隠し持っている者を摘発することに威力を発揮していた。ある時、ティナの嗅覚が怪しいと告げる男を税関で引き留めるが、彼は実は生殖体的に通常ではない以外は法に触れる点はなかった。ティナはその後もその男ヴォーレ (エーロ・ミロノフ) を目にし、二人は急速に近づいていく‥‥ 


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