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キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け (アービトラージ)  (2012年10月)

リチャード・ギアはだいたいはハンサムな主人公を演じることの多い役者だが、汚れ役もこなせば、一般家庭の普通の父、みたいな役もやる。妻を寝取られるダメ男だってやるし歌も歌うという、ただハンサムなだけの役者じゃない。かなり役幅広い。 

 

役幅が広いというだけなら、それこそ色んな役を演じる機会があれば役幅が広いということにもなろうが、ギアの場合、それらの役柄にちゃんと収まる。ハンサムなくせして妻を寝取られてめそめそしたりいじけたり、逆に出世して金も地位もある男を演じてもすんなり収まり、正義の味方も汚れ役を演じても説得力があるというのは、かなり大したものなんじゃないかと思う。ギアで見たことがないのはコメディだけだが、それでも「Dr. Tと女たち (Dr. T and the Women)」みたいな作品はある。改めて見直すと本当になんでもこなす。 

 

そのギアが扮するのは功なり名遂げた金融ビジネスマンのロバートで、一見非の打ちようがない完璧な家庭を築き上げているように見えはするが、その実、手がけたファンドが焦げ付きそうで、二進も三進もいかない状況に追い込まれた挙げ句、穴埋めのためについに不正行為に手を出してしまう。それだけではなく、人が羨む美しい妻や娘がいながら浮気している。そのくせ自分は嫉妬深く、囲っている女性がいつも自分の思い通りに動かないと気が済まない。挙げ句の果てに酒を飲んでクルマを運転して事故を起こし、同乗していたその女性を死亡させてしまう。しかしこれまで築き上げてきたものを反故にしたくないロバートは、現場から逃げ、事実を隠蔽すべくあらゆる方策を練る。要するに最低の男だ。 

 

アンチ・ヒーローであり、むろん彼に感情移入して見るのは難しいが、しかし話としてはどう転ぶかわからず、滅法面白い。そしてこういうキャラクターに血肉を与えることに成功しているギアに、えらく感心する。実は私も、これまではハンサムな男というイメージが先行して、これまで特に演技とかを気にしていた役者ではないのだが、今回は見直した。あるいは、こういうのをはまり役と言えるのかもしれない。 

 

脚本演出は、長編作品としてはこれが第一作となるニコラス・ジャレッキで、ジャレッキという耳慣れない名を聞いてどこかで聞いたような気が‥‥と思い出せるのは、かなりのアメリカのドキュメンタリー通だ。ニコラスは、かつて「キャプチャリング・ザ・フリードマンス (Capturing the Friedmans)」を製作して2003年のドキュメンタリー界を賑わせた、アンドリュウ・ジャレッキの末弟に当たる。それにしてもよくよく崩壊する家庭に惹きつけられる一族だ。 

 

「アービトラージ」の場合、舞台はアッパー・イーストの高級住宅地だ。この辺は本当にお金持ちが住んでおり、そして本当のお金持ちというものは、排他的で表に出てこない。こないだ、歌をやっているうちの女房の関係で、アッパー・イーストで定期的に演奏会を開いているというところに招かれてピアノやチェロの演奏を聴きに行った。外からではうかがい知れない内部の重量感のある建築、豪奢な調度とか、小さなコンサートを開ける書斎、四方の壁を覆う中二階つきの本棚とか、映画のセットでしかお目にかかれないような世界がちゃんと存在していた。その場所自体は現在ではなんらかの財団のようなところの所有らしかったが、それでもこのような場所を個人宅内に所有している大金持ちがそこここにいるのが、アッパー・イーストという場所だ。 

 

彼らは金持ちだが、人嫌いだとか世捨て人だとか、そういうわけではない。排他的に見えるが、単に我々庶民とは交わる接点がないというだけの話だ。上に述べた演奏会とかでも、聴きに来ている人たちというのが、いかにも育ちがよく、お金をかけて育ちましたという中高齢の人たちばかりで、なんというか、単純に、もう住んでいる世界が違うとしか言いようがない。 

 

そういう世界に、ギアと、ギアの妻役のスーザン・サランドンがしっくりはまっている。一方、ギアとサランドンが夫婦役を演じるのは、これが初めてではない。周防正行の「Shall we ダンス?」をハリウッド・リメイクした「Shall We Dance」で、ギアは役所広司が演じた夫役、サランドンは原日出子が演じた妻に扮している。 

 

このリメイクではギアの職業は弁護士で、どちらかというと庶民よりは恵まれている方に入るだろうが、それでも設定としては (特にオリジナルは) 庶民だ。特にサランドンはいかにも普通の家庭の主婦という感じで、そういう人たちが、一方で大金持ちも苦もなく演じて違和感ない。 

 

これまた私事になるが、実はうちのオフィスのボス (女性) は、サランドンが住んでいるのと同じマンハッタンのビルに住んでいて、たまにエレヴェイタで一緒になるそうだ。うちのボスはコーギー犬という犬を飼っていて、サランドンも犬好きなようで、それが縁で立ち話くらいはするそうだが、気さくな人と言っていた。 

 

ギアとサランドン以外に印象を残すのが、食らいついたら放さないタイプの刑事を演じるティム・ロスで、これまた非常にはまっている。FOXの「ライ・トゥ・ミー (Lie To Me)」みたいな、独善的で、自分がこうだと思ったらそれを通すために自分の都合のいいように法を無視する。刑事というより、むしろ法を犯す側に回った方が成功しそうだ。 

 

映画の後半は、交通事故を怪しいと睨んだロス演じる刑事が、ギア演じるロバートを執念深く追いかける。なんとかその追跡を逃れようとするロバートだったが‥‥というもので、単純に白黒つけるわけじゃない、ハリウッド映画とは一線を画したニューヨーク派らしいエンディングになっている。大人向けの娯楽作品。 










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ロバート (リチャード・ギア) は成功した金融ビジネスマンで、マンハッタンのアッパー・イーストに居を構え、愛する妻エレン (スーザン・サランドン) と、同じ会社でロバートの後を継ぐ予定の娘ブルック (ブリット・マーリング) に囲まれ、一見文句のない家庭とキャリアを築いていた。しかし外見とは裏腹にロバートはアーティストの女性ジュリー (レティシア・カスタ) を囲っており、なにかと家を抜け出してはジュリーと会っていた。しかしある時、ジュリーをクルマに乗せてドライヴしている時、つい疲れとアルコールからうとうとしたロバートは事故ってクルマを大破させ、助手席のジュリーを死なせてしまう。破滅を怖れたロバートは貸しのある黒人青年のジミー (ネイト・パーカー) を呼び出し、その場から逃げる‥‥


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