ア・バレリーナズ・テイル   A Ballerina’s Tale

放送局: PBS

プレミア放送日: 2/8/2016 (Mon) 22:00-23:00

製作: アーバン・ロマンスズ

製作: レスリー・ノーヴィル

監督: ネルソン・ジョージ

出演: ミスティ・コープランド


内容: 黒人女性として初のアメリカン・ダンス・シアターのプリンシパルとなったミスティ・コープランドをとらえるドキュメンタリー。


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A Ballerina’s Tale


ア・バレリーナズ・テイル  ★★1/2

私は結構ダンスを見るのが好きで、ABCの「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ (Dancing with the Stars)」のような素人ものは基本パスだが、レヴェルの高いFOXの「アメリカン・ダンス・アイドル/アメリカン・ダンス・バトル (So You Think You Can Dance)」は毎シーズン欠かさず見ている。どちらかというとモダン、コンテンポラリーの方が趣味で、特に古典的なバレエが好きかというと、別に得意ではないが、見ないこともない、というくらいだ。


しかし昨年暮れ、たまたまマンハッタンのブックオフに寄ったら、昔懐かしの有吉京子のバレエ・マンガ「Swan (スワン)」を全巻揃いで置いてあって、つい衝動買いしてしまった。「Swan」は私が中学時代に集英社のマーガレットに連載されていて、学校でも流行ったので実はその時に読んでいる。「Swan」とそれに先立つ山岸凉子の「アラベスク」は、バレエ・マンガの二大金字塔だ。


その「Swan」、もう読んだのは40年近くも前になるのに、読み返すと意外に話を覚えているのには自分でも驚いた。もちろん細部は忘れているが、印象的だった一コマとかセリフをまだ覚えてたりする。それで今読み返しても、やっぱり面白い。私の女房ももちろん当時読んでいて、同様に、今読み返してもやっぱり面白いね、これと言っていた。


だからといってすぐにアメリカン・バレエ・シアター (American Ballet Theater: ABT) の舞台を見に行こうという気にまではならないが、昨年末にはそのABTを舞台にしたスターズのミニシリーズ「フレッシュ・アンド・ボーン (Flesh and Bone)」が放送され、ついつい気になって何話か見た。


さらにそのABTで黒人女性としてプリンシパルに抜擢されたミスティ・コープランドの話は、よく耳に入って来ていた。特にスポーツ・アパレルのアンダーアーマーがコープランドを起用して製作したコマーシャル・ヴィデオは、一時話題騒然という感じで皆が話題にしていた。


華奢というよりは筋肉美というに近いコープランドの体格は、一見したところバレエ向きではない。あんなにヒップ・アップしてふくらはぎが発達しているバレリーナなぞ、これまで見たことがない。ボクシング・マンガの「はじめの一歩」でボクサーのふくらはぎが異様に膨らんでいるのを見ると、ここまで人間のふくらはぎが突出することがあるわけないじゃないかと思うが、現実にコープランドのふくらはぎは、それに近いくらい発達している。これがバレリーナか。


そのコープランドが、アンダーアーマーのコマーシャルで何度もピルエットで旋回する。バレリーナというよりもアスリートだが、その躍動美、力強さ、アスリートとしての美しさには目を奪われる。


「Swan」でも触れられていたが、バレエは天上を目指す肉体表現の手段だ。そのベクトルは常に上へ上へと向いている。だからどんどん地に足をつける部分が少なくなって、最後には爪先だけで立つようになった。ところがある時、そのことに違和感を覚える者が現れ、今度は逆に、地上に、下へ下へと目指す運動が起きた。


この傾向を端的に体現したのがヒップ・ホップに他ならない。下へ下へ、大地へと身体を下げていった結果、ついには立つことを諦め、背中を地面につけてその姿勢で旋回するようになった。しかもそれで終わりではなく、今度は頭を地面につけて、頭を軸に旋回するようになった。古典バレエと真逆の方向を突きつめたのが、ヒップ・ホップだ。


コープランドの場合、バレエが本質的に持つ優雅さ、軽さに、同時にヒップ・ホップの持つ重力も体感させるという、ほとんどあり得ない偉業を実現している。天才と言われる所以だ。ただし、個人的な嗜好から言わせてもらうと、筋肉美でヒップ・アップしているコープランドは、チュチュを着せてもガーリー過ぎてまったく似合わない。コープランドが商業的にも認められたのが、チュチュをまとわないレオタードのような衣装で踊る「ファイアバード」だったというのは、さもありなんと思う。


そのコープランドのキャリアを追った「バレリーナズ・テイル」は、放送を楽しみにしていたのだが、実は残念ながら、彼女のパフォーマンスを見るという点ではあまり役に立たない。焦点はそれよりも彼女が辿ってきた道筋の方にあるからだ。そのため実際に彼女が踊っているシーンはあまりない。しかも数少ないそのパフォーマンス・シーンも、舞台袖からの撮影だったりして、アングルが悪く、コープランドの真髄をとらえているとは言い難い。


ミュージックやスポーツ、アート系で突出した人物をとらえるドキュメンタリーでは、そのパフォーマンスや作品を見せてくれないのでは話にならないが、わざわざその部分を避けて撮っているようにしか見えない。なんでこういう構成にしたのだろうか。まだ現役のコープランドの場合、彼女の舞台を見せるDVDとかは他に山のようにあるしという判断か。あるいは権利上の問題か。


また、子供の頃から将来を嘱望されたために、貧乏だった実家と、彼女の才能を見出して養子にしようとした白人バレエ教師との間に養育権の訴訟問題が起きたことなど、わりとよく知られている事件には一と言も触れられない。こないだABCの報道番組「20/20」でコープランドを特集したのを見たが、たかだか10分弱くらいのそのセグメントの方が、よほどうまくコープランドのキャリアとパフォーマンスの抜粋を融合して紹介していた。


実は今回「バレリーナズ・テイル」を放送したPBSのドキュメンタリー放送枠「インディペンデント・レンズ (Independent Lens)」は、アメリカのドキュメンタリーの現在を知る上で欠かせない番組枠だが、広く浅く様々な方面に目配せするために、時折り元々の作品を端折る。「バレリーナズ・テイル」は、元々は劇場公開用の1時間半の作品なのだが、「インディペンデント・レンズ」に編成された時は、編集し直して1時間枠で放送された。


そのため、カットされた部分にコープランドのパフォーマンス・シーンが多く入っていた可能性は高い。たぶん一番カットしやすかった部分でもあるんじゃないかと思う。いずれにしてもそのため、少なくとも今回放送された分の「バレリーナズ・テイル」は、コープランドの現在を知る以外では、特に新たな発見や感銘があるわけではない。むろんそれはそれで興味深くないこともないが、しかし、やはりコープランドのパフォーマンスの真骨頂を見せてくれてたらと思う。










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