放送局: ABC

プレミア放送日: 5/8/2006 (Mon) 20:00-22:00

製作: スタックトLLC

製作総指揮: シェリー・ロス

監督: ロジャー・グッドマン

出演: デイヴィッド・ブレイン


内容: マジシャンのデイヴィッド・ブレインが息止め世界記録の更新に挑戦する。


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マジシャンのデイヴィッド・ブレインは、アメリカでは広く知られている存在だ。デイヴィッド・カッパーフィールドやジークフリード&ロイのような、ラスヴェガスの専用施設で半恒久的に自分のマジック・ショウを持つ大御所とは異なり、着崩したラフな格好で町を流しながら、偶然に出会った一般通行人を相手に、ほとんどハプニング的にマジックを演じてみせるという、いわゆるストリート・マジックの第一人者である。


ブレイン以降、アラン・ヌーやクリス・エンジェルのような同系統の後継者も登場してきたが、その活躍や行動範囲がマジックだけに留まらず、広く世間をあっと言わせる、とにかく尋常じゃないイヴェントを企画し、実践してきたという点で、ブレインはやはり唯一無二の存在と言える。マジックだけにこだわらない活動のために、最近ではマジシャンではなく、イリュージョニストと呼ばれることも多い。


元々ブレインはABCと関係が深く、これまで彼が行ってきたストリート・マジックやその他のイヴェント企画は、すべてABCが放送している。96年に世間にブレインの名を知らしめた「ストリート・マジック (Street Magic)」、98年の続編「マジック・マン (Magic Man)」までは、ストリート・マジックそのままなのだが、2000年にタイムズ・スクエアで氷の檻の中に入り、ほぼ3日間ほとんど飲まず食わずで過ごした「フローズン・イン・タイム (Frozen in Time)」、2002年の、落ちたら死ぬ高さ80フィートの鉄塔の天辺で35時間ただひたすら何もすることなく立ち続けた「ヴァーティゴ (Vertigo)」あたりになると、記録に挑戦する、みたいな姿勢の方が色濃く出てきており、確かにこれらはマジックという言葉だけではくくれそうもない。


ただし2003年に行った、ロンドンのテムズ川上空に吊った2メートル四方ほどの透明なアクリル製の箱の中で、衆人環視の中を44日間過ごした試みになると、単純にただの話題集めの見世物みたいな印象が強くなってしまった。完全絶食というわけでもなく、いつにも増してその目的がよくわからず、しかも身体への負担はたぶん非常に大きいわりには、最後、ブレインが箱の中から外に出てくるというシーンでもそれがなんかの記録を打ち立てたのかもよくわからないというまったくのアンチ・クライマックスで、これまでブレインのこの種の挑戦のほとんどを中継してきたABCが、この時ばかりは特番を組まなかったのもむべなるかなだった。だいたい、いったいどこに着目してどういう演出にしたら盛り上がるのかがまったく見当もつかない (舞台が英国なのでクルーを派遣できなかっただけという可能性もないではないが。)


そのブレインが今回挑戦するのが、一週間にわたって酸素ボンベから酸素補給をしながら水を張った球形の水槽の中に沈んだままでいた挙げ句、その中から出る直前になって、息を止める世界記録に挑戦するという、またまた人を食ったスタントだ。最近のブレインのこの種の挑戦は、同じ場所に長時間い続けるという類いが多く、それが氷の中だったり、座ることができなかったりすることで難度を高めていた。それが今回は一週間ずっと水の中だ。しかも今回は、そのスタントの最後に、改めて水の中で鎖に繋がれてから脱出すると共に、ついでに同時に息止めの世界記録に挑戦するというイヴェントが入る。当然こうやって何かの記録に挑む方が盛り上がるのは当然だ。ブレインも前回のテムズ川でのスタントで学んだんだろう。おかげで今回はまたABCがTVでも中継してくれる。


ブレインのこのスタントは、ニューヨークで行われた。要するに彼は、一応常時セキュリティが監視の目を光らせているとはいえ、常に人目にさらされているわけで、基本的にインチキはできない。というか、彼を見ているとこの種の自分自身をいじめて限界に挑戦することに喜びを感じているとしか思えないので、インチキしようとは考えてもいないだろう。


いずれにしても地元、ブルックリン出身のブレインであるからして、ニューヨークでは早くからブレインのこの新しいスタントのことは話題になっていた。同じくニューヨーク収録の深夜トークの「レイト・ショウ」でも当然ホストのデイヴィッド・レターマンがブレインをネタにギャグを飛ばしていた。というわけで、前回、何年か前にはタイムズ・スクエアで氷の檻の中に埋まっていた時にはTV視聴だけで満足していたのだが、今回はふと思い立って、本物を見に行こうということになった。


会社帰りに女房と待ち合わせ、ミッド・タウンのコリアン街でチゲやらビビンバやらをたらふく食った後、それではとタイムズ・スクエアまで腹ごなしがてら歩いて行った。別にタイムズ・スクエアのはっきりとどこにブレインがいるかまでは知らなかったが、これだけのイヴェントである。当然人だかりができているだろうから、行けばわかると簡単に考えていた。


そしたら、いざタイムズ・スクエアに着いてみると、観光客は山のようにいるがお目当てのブレインがどうしても見つからない。なんでだ? 屋外で誰にでもすぐわかるような場所でやっているんじゃなかったのか? と思いながらその辺でプロ用のカメラを担いでいたたぶんTV局関係の人間と思える者に訊いてみると、そりゃここじゃなくリンカーン・センターだよという。がーん、なんてこった。知らなかった。前回の氷詰めの時はタイムズ・スクエアだったのは間違いなく覚えているので、てっきり今回もそうだとばかり思い込んでいたのだ。


42丁目のタイムズ・スクエアから66丁目のリンカーン・センターまでは20ブロックちょい、歩こうと思えば歩けない距離ではないし、別にサブウェイに乗ってもイエロー・キャブを利用してもいい。しかしそのことよりも、ウエスト・サイドのリンカーン・センターからだと、クイーンズのアパートに帰る時に、今度はサブウェイの乗り換えが煩雑になって時間がかかることが気になる。こういう発想は昔はあまりしなかったが、中年になると、こういう理由こそが行動を大きく左右する。リンカーン・センター? あんまり行きたくないなあとほとんど反射的に思ってしまう。それで結局、二人してブレインを見ずに帰ってきてしまった。歴史的イヴェントだったかもしれないが、こっちは今現在の疲労度や気分、体調の方をどうしても優先してしまう。これが歳をとるということだな。


というわけで今回もまた我々はTVで我慢することになったのであった。2時間の特番は、最初の方で、水責めにあっているブレインの最初の一週間の様子をダイジェストで見せる。最初の数日間で、手足の指先がぶよぶよに水を吸ってしわしわになっている。考えたら当然だ。たかだか30分くらい風呂に入るだけで指先なんてしわしわになるもんだ。それが何日間も水に浸りきりなのだ。暖かくなってきたとはいえ、ニューヨークはまだ肌寒い日も多い5月上旬である。当然水は温度を管理してやや暖めていると思う。ふやけやすくもなるだろう。結局ブレインは手足にグローヴを着用する。一応それでなんとかなったみたいだ。


それにしても気になるのが、こういうスタント時の栄養補給や排泄である。栄養補給はまだいい。チューブやなんかを使えば、宇宙飛行士が食っているような栄養食を摂れるだろう。しかし、排泄はいったいどうするんだ? 公衆の面前でいきなりパンツ脱いで水の中でうんこするのか? それともこういう身体の細胞が危機感を感じる状態だと、自然に排泄もしなくなるのか? 実はこのことは以前の氷詰めの時も立ちっぱなしの時もガラス箱入りの時も気になっていたのだが、誰も説明してくれない。今回もその辺の説明はなかった。気になる。


番組は、水の中にいる今現在のブレインとここまでのダイジェストだけでは2時間もたせられないので、合い間合い間にブレインのこれまでのストリート・マジックを録画しておいたものも見せる。これだよ、これ。実はこれが見たかったのだ。ストリート・マジックは、その辺をたまたま歩いていて、マジックを見せられる心の準備なんかまるでできていない一般通行人にいきなりマジックをしてみせ、その反応を見るところにこそ醍醐味がある。


今回のやつでは、ブレインはどこぞのカジノかバーのようなところで、いきなり女の子の口の中に彼の指を突っ込むと、歯をつまんで抜いてしまうのだ。ほんと? ほんと? ほんとに歯、抜いたの? 女の子、泣きそうに呆然としているけど、サクラじゃないよね? どうやったの? いったいどうやったの? ほんとに歯がなくなったように見えるけど? そして次の瞬間には、抜いた歯を女の子の顔の前に持ってきてぶふぅーっと強く吹きかけると、なぜだか歯は元通りにくっついているのだった。泣き笑いの女の子。すげえ気持ち悪いマジックーっ。でもおもしれーっ。


次に面白かったのが、小学生の子らを相手に、靴紐のほどけた靴を履いたまま膝を曲げて持ち上げて目の前でふりふりしていると、いつの間にか靴紐がちゃんと蝶結びに結ばれているというやつで、これもすげーっ。いったいどうやってるんだ? まったく編集でごまかしているようにも見えんが。TVじゃなくてこういうのを目の前でやっているのを見たい。


なんてのを見ながら、生放送で中継されている番組時間が残り15分というところになり、いよいよ佳境にさしかかる。TV中継に合わせてメイン・イヴェントがあるというところが、なんかスポーツ中継みたいだ。一週間を水の中ですごしたブレインが、さらに水の中で鎖に繋がれる。そして酸素供給がストップし、その鎖から脱出すると共に、息止めの世界記録に挑戦する。まあ、ギネス・ブックなるものが存在するわけだから、当然息止めにだって世界記録はあるだろうとは思っていたが、なんとその記録は8分58秒である由。そんなに息を止めていられるのか。私なんてベストの状態でせいぜい1分半くらいがいいとこだろう。


しかしブレインはだいたい5分くらいを過ぎたあたりから明らかに苦しがっているのが見てとれる。なんだか見ているこちらまで苦しくなってきた。私まで窒息してしまいそうでまともにTV画面を見ていられない。そのうちブレインの身体がびくんびくんと引き攣るように痙攣し始める。そこまでして我慢して息を止めていられるなんてことができるのか。わかった、もういい、新記録は作れなかったかもしれないが、あんたは充分よくやった。もう上がっていい。このままだと本当にブレイン・デッドになってしまう。


当然待機していた救護班ももう限界だと思っており、医者の合図で水槽に飛び込み、ブレインを助け上げる。もし彼らが飛び込まなければ、ブレインはそのまま、自らの意志によって溺れ死んだかもしれない。怖ろしいやつだ。彼はもしかしたら世界でただ一人、自らの意志によって地上でも息を止めることによって自殺できる男かもしれない。ふと、このトリックを利用して本格ミステリが書けそうだなと思いつく。誰も入ることも出ることもできない密室で人が一人窒息死していた。自殺か他殺かわからないが、しかしまさか誰も自分で息を止めて死ねるやつがいるなんて思わないだろうから、死の理由を求めて事態が紛糾するなんてミステリが書けそうだが、しかし、ここでもうネタばらしてしまったからダメか。


結局ブレインがここで打ち立てた息止め記録は7分8秒で、世界記録にはまだ2分近く及ばなかった。しかし、もしブレインが一週間も水中生活をした後などでなく (既に彼には肝機能障害が出始めていたそうだ)、ただそのためだけにコンディションを整えたベストの状態なら、かなりの確率で記録は更新できただろう。実際の話、本人も自信があったからこそこの難行に挑んだのだろうが、しかし水中生活は自分でも思っていたのよりはるかに身体からエネルギーを奪い去っていたようだ。


本来ならABCの中継は、世界新記録達成ということで沸くリンカーン・センターからお別れです、みたいな感じで番組を終えるはずだったのだろうが、記録挑戦は失敗、ブレイン本人もほとんど限界という感じだった。専門家の話だと、水中生活は無重力空間での生活に近くなり、長い間宇宙ステーション生活をした宇宙飛行士が地表に戻ってくると、無重力に慣れた後なので足腰が立たなくなるのと同じことが起こるのが考えられるという談話があったりしたので、彼が支えられながらでも一応自分の足で歩いていることが偉業のように見える。


挑戦に失敗はしたものの、ほとんど臨死体験直後のブレインはエモーショナルで、涙鼻水たらしながら、これまでサポートしてくれたファンの皆さんありがとうと、感謝の言葉を述べていた。確かタイムズ・スクエアで氷詰めになった時は、これよりも衰弱していたように見えたから、水中にいたことよりも、温度差の方が身体に与える影響は大きいという気がする。あん時はほとんどインタヴュウにも答えることなく、氷の中から出てきた後はほとんどすぐ救急車に直行病院送りだった。それに較べると、たとえ一瞬彼岸の世界を覗いてきた直後といえども、今回の方がまだ少しは余裕がある。


さて、記録挑戦には失敗したとはいえ、ブレインのことだ、身体が回復しさえすれば、また新しく何か挑戦することを見つけてくるに違いない。大食いでタケル・コバヤシに挑戦するなんてどうかなと思ったが、ちょっと彼の方向性とは違うか。むしろ絶食状態でどこまで我慢できるかなんて記録なら、かなりの確率で彼が世界記録を作れそうだ。ライヴァルはヨガの行者か。あるいはちと変わったところで、逆立ち記録なんてどうだろう。3日間ずっと逆立ちして生活する、なんてのは悪くないような気がするが、しかしこれもTV中継向きとは言い難いかもしれない。今回のように、最後になんかの世界記録に挑戦する、みたいなイヴェント性がないと、やはり視聴者はつかみにくいだろう。イリュージョニストも楽じゃないが、しかし、彼が次は何をやってくれるかは気になるところだ。





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デイヴィッド・ブレイン: ドラウンド・アライヴ   ★★★

 
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