一見しての印象はほとんど「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ (Fifty Shades of Grey)」かハーレクイン・ロマンスの、しかも女性専門チャンネルのライフタイムで放送される「ユー」に興味を惹かれる理由は、最初ほとんどなかった。ところがこの番組、意外に評がいい。特に主人公の造型がサスペンス・ミステリとしていいできという評価を色んな所で見たので、ではと思って見てみた。
要するにストーカーものだが、近年、スマートフォン、SNSという非常にストーカー向けの好都合な媒体が世に現れたため、この辺りの環境は日進月歩している。一昔前は、落とした携帯電話から話が発展するというタイプのミステリや恋愛ものの物語があったりしたが、スマートフォンを媒介にすると、ほとんど展開は無限というくらいに膨らむ。人の一生の大部分の情報がその中に入っているのだから、どんな話でも作れるという気がする。
近年、スマートフォン、引いてはSNSなしでは生きられないという若者が増えているようだが、個人情報を公開し過ぎると危険極まりない。「サーチ (Searchig)」は、SNSを使って人を探す=人の秘密を覗くという話だったが、「ユー」の場合、それを一歩進めて、得た情報を基に人心を操作する。ジョーのようなストーカーが対象相手のスマートフォンを手に入れた場合、ほとんど生殺与奪の権を握られたに等しい。本人が知らないうちに自分を好きになるように仕向けるという複雑技まで入れられたりする。私は元々フェイスブックを胡散臭いと思っていたが、それが徐々に証明されているという気がする。
一方で、デジタル世代を代表する主人公のジョーが勤めているのは、アナログ世代を代表する、本屋、書店だ。書店というのはamazonのために消滅しつつあるような印象があったが、一方でマンハッタンにそのamazonが展開する書店が2店ある。カフェを併設し、いつも混んでいる。amazonはさらに、マネーレスのグローサリーの実店舗まで試験的に展開しているだけでなく、東海岸における本社兼倉庫をニューヨークに建設することを発表したばかりだ。サイバーワールドの旗手であるamazon が、実は最終的にアナログ・ワールドを救おうとしている。
私はオールド・スクールなので本は現物を手にとって読む方が好みなのだが、ニューヨークで日本の本を買おうとするとべらぼうに高いので、よくマンハッタンのブック・オフも利用する。しかしそれだと作家に印税が入らない。それがamazonのkindleを利用すると、新刊を時差なく日本での定価と同じ値段で買える上、作家に印税も入って二重三重に喜ばしい。それで近年はKindleで本やマンガを購入する場合も多い。と、旧世代の私ですらデジタル化になりつつあるのに、その本尊のamazonが紙媒体販売に力を入れ始めている。
「ユー」に戻って、主人公のジョーに扮しているのは、CWの「ゴシップガール (Gossip Girl)」に出ていたペン・バッジリー。ここでは魅力的なストーカーという難しそうな役をうまく体現している。番組が成功しているのはひとえに彼のカリスマによるところが大きい。ベックに扮するエリザベス・ライルはダコタ・ジョンソンを思い出させ、それも番組から「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」を連想する理由の一つでもある。
番組の本筋とはほとんど関係ないのだが、冒頭でジョーがベックと口を利くきっかけとなったポーラ・フォックスという作家の名をまったく知らなくて誰だろうと思ってたら、ジョーが、フォックスはコートニー・ラヴの祖母なんだという話を始める。本当か、それ、と思って調べてみたら、本当にそうだった。
しかもフォックスは、作家は作家でもどちらかというと児童文学の方で知られていて、その筋の大家である由。既に鬼籍に入っているのだが、フォックスは実はまだ名を成さぬ若い頃に、妊娠して産まれた女の子を里子に出したそうだ。その子がラヴの母になる。実の子より自分のキャリアを優先させて、そしてそのキャリアが児童文学だったというのは、人の道として違ってないかという気はしないでもない。しかし本人は超気難し屋であったP. L. トラヴァースが「メリー・ポピンズ (Mary Poppins)」を書き、同様に皮肉屋であった (に違いない) ロアルド・ダールの児童書が面白いことを考えると、やはり本人とその作品は別物か。等々、「ユー」は本筋とは異なるところで色々発見があるのだった。私の目がSNSにあまり興味を惹かれないからかもしれない。