Thor


マイティ・ソー  (2011年5月)

遠い星で若い王子ソー (クリス・ヘムズワース) が今まさにアスガーズの王位に就こうとしていた所にフロスト・ジャイアンツが攻め入り、混乱を引き起こす。思慮的な王オーディン (アンソニー・ホプキンス) は報復をためらうが、血気にはやるソーは3人の戦士と共にフロスト・ジャイアンツの住むジョサンヘルムに勝手に仕返しに向かい、逆に返り討ちに遭おうとしたところ、すんでのところでオーディンに助けられる。激昂したオーディンはソーを現代の地球に飛ばす。そこでソーは宇宙物理の研究をしているジェイン (ナタリー・ポートマン) やエリク (ステラン・スカースガード) らと出会う‥‥


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マーヴェル・コミックスの映像化といえども、ここまでコアな作品になってくると、正直言って、ソーなんてどこの何者だか皆目見当もつかなかった。ソーという名前も、下手なだじゃれをかますのもためらわれるくらい、日本人にとってはあまりに安易に響くヒーロー・ネイムという気がする。だいたい、日本語発音では、ジェイムズ・ワンの「ソウ (Saw)」も今回の「ソー」も、まったく同じ音でしかない。今回の邦題が「マイティ・ソー」になったのは、明らかにその辺のカン違いや混乱を最小限に抑えるためだろう。


ま、確かに、「トール」だと今度は日本人の耳には「Tall」としか響かないだろうし、実際に背丈のでかいスーパーヒーローとはいえ、それじゃちょっとないう気もする。なかなか難しい。個人的には、「ソール」じゃダメだったのかと思わないではないが、そしたら今度は靴底を連想して、なおさら正義の味方っぽくなくなってしまうと思われたのかもしれない。「ソウル」っぽくて悪くないと思うのだが。


「ソー」は、北欧神話を基にしているスーパーヒーローだ。とはいえギリシア神話やアーサー王伝説はともかく、北欧神話まで馴染みのある者は、日本人にはそれほどはいないと思う。かくいう私もその口で、北欧神話、というと、確かオーディンという王がいたよな‥‥というくらいで、あとはほとんど知らない。要するに、まったくといっていいほど知らない。おかげで、今回初めて、ソーがハンマー片手に活躍する神話の王の一人ということを知った。


昨年から今年にかけて、カートゥーン・ネットワークで「ヤング・ジャスティス (Young Justice)」、ディズニーXDで「ジ・アヴェンジャーズ: アースズ・マイティスト・ヒーローズ! (The Avengers: Earth's Mightiest Heroes!)」というアニメーション番組の放送が始まっている。前者がDCコミックスのスーパーヒーローが大挙して登場する番組で、後者がマーヴェル・スーパーヒーロー勢揃いの番組だ。


特にアメコミ・ヒーローを得意としているわけではない私だと、正直言って登場人物の半分は知らない。「アヴェンジャーズ」の場合だと、アイアンマン、ハルク、キャプテン・アメリカくらいまでは知っているにしても、ワスプ、ふーん、「みつばちハッチ」をアメリカ人が料理するとこうなるのか、アントマンともなると、さすがにアリをヒーロー化するという発想は日本人にはなかったようだな、というくらいの感想しか持てない。そして、それにしてもやたらとガタイのいい、いかにもヒーローヒーローしたアメリカ人好みの体型をしたこいつはなんだと思っていた。


もちろんそれがソーだったのだが、その時点まで、私はソーがマーヴェルのコミックスだということはまったく知らなかったし、これが北欧神話を下敷きにしているということももちろん知らなかった。おかげでハンマーを持って空を飛ぶ、この得体のしれない男はいったい何者なんだと思っていた。これがソーだったのか (誓って言うが駄洒落ではない。)


ソーがスーパーヒーローとは知らなくて「アヴェンジャーズ」を見ると、実はかなり違和感がある。むろんすべてのスーパーヒーローものは、異なるカルチャーから見るとあまねくどこかヘンという印象を与えるのは禁じ得ないと思うが、それでも、これまで数々のスーパーヒーローに親しんできた私の目から見ても、ソーはなんかヘンだ。


ハンマーというと、今はなきソ連の国旗のシンボルが即座に思い浮かぶ私の場合、ハンマーを持ったスーパーヒーローに空なんか飛ばれると、イメージするのは神話の王様というより労働者の守護神だ。世界の全ブルーカラー階級を守るために使わされた正義の使者、ソー。がんばれ、世界の労働者を悪徳搾取王から救うのだ。


映画ではソーの使うそのハンマーが地球に落ちて地面に突き刺さり、いかなる力をもってしても地上から持ち上げることができない。同じシチュエイションで思い出すのは当然アーサー王伝説の宝剣エクスカリバーで、北欧神話と英国のアーサー王伝説に似ている部分があるのは当然とも言えるし、あるいは映画がアーサー王伝説からその部分をいただいているだけかもしれない。


それはともかく、イメージとして提出した場合のその印象の差は歴然としており、力と美の象徴であるエクスカリバーに較べ、ソーのハンマーは、ただただ力を連想させるに過ぎず、そこには美的なものはほとんど感じられない。無骨なのだ。だいたい、エクスカリバーといういかにもな名をつけられ、宝物に値するエクスカリバーに対し、ソーのハンマーは、いつでも単なるハンマーのままなのだ。ソーはハンマーをものとしてしか扱っておらず、ハンマーに対して名をつけて大事にしたりすることなぞない。実際ハンマーを磨いてもしょうもないと思うが、いずれにしても、ソーにとってハンマーはただの道具に過ぎず、愛着を持つ対象ではない。


これではハンマーが神通力を持つ神器なぞにはまったく見えない。固有の名ではなく、ハンマーというものの名でしか呼ばれないハンマーに、超自然の力が宿る理屈はまったくないように見える。どんなハンマーでも、ハンマーであればいいんだろ?


そしてそのハンマーの持ち主であるソーもまた、大男、総身に知恵が‥‥的な印象を与えるのだ。実際そういう演出やキャラクター付けを与えられており、お前はプロレスラーかというソーに扮しているのはクリス・ヘムズワースで、彼がWWEの「ロウ (RAW)」や「スマックダウン (Smackdown)」に出てきても、私は驚かない。


ソーが地球上で出会う宇宙物理学者のジェインに扮するのが、ナタリー・ポートマン。最近出ずっぱりという印象が強く、この半年だけで「ブラック・スワン (Black Swan)」、「抱きたいカンケイ (No Strings Attached)」、「ユア・ハイネス (Your Highness)」、そして「マイティ・ソー」と、主演作が続いた。シリアス・サイコ・ドラマ、ラヴ・コメ、コスチューム・コメディ、アクション・ヒーローものとジャンルが違っても主演できるところはさすがと言える。一方、さすがに本人も出過ぎで飽きられると思ったようで、「ソー」の後は当分仕事はしない、約束する、とどこかのインタヴュウで言っていた。いずれにしても身重で、仕事の依頼が来ても出られないか、役を選ぶだろう。今なら「あなたのために (Where the Heart Is)」が地でできるのにね。


映画で最大の驚きは、本編ではなく、話が終わった後のクレジットで、監督がケネス・ブラナーと知ったことだった。ブラナー、あのケネス・ブラナーがマーヴェル・スーパーヒーローものを撮ってたのか。むろんブラナーはSFとは無縁ではなく、「ハリー・ポッター (Harry Potter)」にも出てるし、かつての妻エマ・トンプソンと共に「愛と死の間で (Dead Again)」というなかなかよろしい味の珍品に監督主演している。だからまあ、本人にとってはSFにそれほど違和感はないのだろう。しかしこちらにとっては、最近のブラナーというと、スーパーシリアスな「刑事ヴァランダー (Wallander)」でほぼ印象固まっているから、ちょっと戸惑う。


そういえばソーの弟ロキを演じるトム・ヒドルストンは、「ヴァランダー」でブラナーと共演している。その伝手でブラナーが起用したんだろう。ジェインの師エリクに扮するステラン・スカースガードは、北欧神話を基にしているということでスウェーデン人の彼が使われたに違いない。他にオーディン王にアンソニー・ホプキンス、女王フリガにルネ・ルッソ、ソーの3人の忠臣兼友人にレイ・スティーヴンソン、ジョシュ・ダラス、浅野忠信が扮している。忠信ってのは、この役にはうってつけの名だな。この名の意味が日本人以外には伝わらないのが惜しい。








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