The Wedding Guest


ザ・ウェディング・ゲスト  (2019年3月)

最初はこの映画、全然目に留まっていなかった。現在、アメリカの都市部はインド系移民の流入が激しく、そういう場所に特有の例として、インド系の映画を中心に上映する映画館というのもある。ボリウッド映画という言葉もあるくらいインドは映画大国だから、アメリカに住むインド人を対象に輸入される作品も多い。数多くあるそれらの映画をいちいちチェックする訳にはいかないが、しかし、印象としては私の住むジャージー・シティで今現在上映されている新作映画の5分の1くらいはそれらのボリウッド映画だ。


だいたいそれらの映画はタイトルとポスターで一瞬で見分けられるので、見た次の瞬間にはだいたい忘れている。そして「ザ・ウェディング・ゲスト」も、この数週間ほど、その手の忘れられていた作品の中にあった。しかしある時、ふと、「ウェディング・ゲスト」というタイトルが、ちょっとボリウッド映画くさくないと気づいた。だいたいボリウッド映画のタイトルは、主人公やらなんやらの名を冠したワン・ワード・タイトルが多い。


それで真面目にポスターを見てみると、どうやら主人公の男が、あれ、これ、知っている顔だ、これ、デヴ・パテルじゃないのと気づいた。いつの間にやらめちゃ濃い顔になって顔面髭もじゃになっているが、こいつは確かにパテルだ。いつの間にかボリウッド映画でも主演している? と思って監督を見てみると、マイケル・ウィンターボトムになっている。これ、ボリウッド映画じゃない。れっきとしたハリウッド映画、というか、英国人のウィンターボトムが演出しているわけだから、ハリウッド映画とも言えない、西側のインディ作品だ。


しかし、「ウェディング・ゲスト」というタイトルからするに、主人公に扮したパテルが、たぶん今は西側に住んでいて、久し振りにインドに帰郷して友人知人あるいは妹の結婚式にゲストとして呼ばれて出席するという、心暖まる系の作品っぽい。「ウェディング・ゲスト」がボリウッド作品じゃないことに気づいたのは悪くなかったが、特に見たいジャンルではないかもと思っていた。それでも劇場に足を運んだのは、今週末は特に他に見たい作品がなかったからという消極的な理由からに過ぎない。


そしたら、いざ映画が始まると、なにやら不穏な空気をまとう主人公のジェイに扮するパテルが、目的地の結婚式のあるパキスタンの辺境にクルマを走らせながら、拳銃を手に入れたり足のつかないスマート・フォンを購入したりしている。どうも身分証明書は偽造みたいで、どうやら危ない職業みたいだ。これで心暖まる結婚式に参加できるんだろうか。そもそもこいつは、結婚式に呼ばれた正式なゲストか?


そして結婚式前夜、新婦サミーラの寝る屋敷に忍び込んだジェイは、彼女に猿ぐつわを咬ませ、拉致しようとする。さすがあの辺の地方は、夜も暑いし至るところ開けっ放しで、忍び込むのに苦労しない。とはいっても一応実力者っぽい家で警護の者はおり、気づかれたジェイは、やむなく警護を撃ち殺してサミーラを連れて逃げる。


なんだこの展開は。何が心暖まるヒューマン・ドラマだ (とはもちろん誰も言っておらず、私が勝手に思い込んでいただけなのだが)、主人公は男を撃ち殺してしまったぞ。いきなり話はきな臭さ全開だ。


実はジェイの仕事は、人の花嫁になるサミーラを、かつてのサミーラのボーイフレンドに頼まれて西側に拉致してくるというものだった。なるほど、だからほとんど西洋化している印象のあるインドではなく、イスラム系が多そうなパキスタンなんだな。インドなら結構西側とも楽に行き来できるだろう。いずれにしても、こういう展開の方こそ私の好みであり、心暖まる帰郷ものなんかじゃなくてよかったと、俄然話に集中する。


ジェイはサミーラをインドに連れてくることに成功し、そこへ元ボーイフレンドが現れてサミーラを引き取り一件落着になるはずだったが、そうは簡単には問屋が卸さなかった。サミーラを拉致する時にジェイがやむなく護衛を撃ち殺した事件が大きく報道されており、今やお尋ね者になったジェイとサミーラに接触を拒む。


先頃のスリランカ同時多発テロを見てもわかるように、実はインドをとり巻くあの辺は、特に政情が安定しているというわけではない。イスラム、クリスチャン、仏教、ヒンドゥー教が混在しているという印象があり、結構常に火種が燻っている。ジェイはわりと簡単に銃を手に入れるし、大きな街では偽造身分証明書も捏造できる。犯罪に手を染める者も多い。


そういう場所で、官憲から追われる身のジェイとサミーラは、やっとのことでサミーラの元ボーイフレンドと接触するも、話がこじれて男まで殺す羽目になる。今や完全に犯罪者の二人は、ほとぼりをさますべくインドを転々としながらしばらく潜伏を試みる。そのうちに二人の間に緊密な感情が起きてくる‥‥という展開。ウェディング・ゲストというよりも話はインド版ボニーとクライドといった感じで、映画を見る時はできるだけ前知識は最小限にして見るようにしているとはいえ、ここまで見る前の予想と異なる映画も珍しい。ウィンターボトムって、昔から結構ポリティカルな話を撮りはするが、この手のクライム・サスペンスとは無縁だと思っていた。


いずれにしても、インド圏を転々としながらの撮影は、こういう背景はあまり見たことがないので、かなりエキゾチシズムを感じられて、それだけでも飽きさせない。あの辺ってこんな感じなのか。一種観光案内にもなっていて、これは意図的だろうな、もしかしてインドの観光局辺りが金出しててもおかしくないなと思う。


ジェイに扮するパテルは、近年はHBOの「ニュースルーム (The Newsroom)」ではまだ駆け出しのニューズマンという印象が強く、アカデミー賞にノミネートされた「ライオン 25年目のただいま (Lion)」は見てないので、あっという間に濃い男になったと驚く。「スラムドッグ・ミリオネア (Slumdog Millionaire)」でインドの極貧生活を体験し、「ニュースルーム」ではニューヨーク、「ライオン」でオーストラリアに行き、「ウェディング・ゲスト」ではまた英国を経てインドに戻ってきた。しかもアンダーグラウンドに足を突っ込んだ危なそうな男がかなり板についている。つい数年前の「ニュースルーム」ではまだまだひよっこという感じだったんだけれども。











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パキスタンの辺境の村で執り行われる結婚式に出席するため、わざわざ英国からジェイ (デヴ・パテル) が長い道程をクルマを走らせていた。しかしジェイは道すがら銃を手に入れるなどどこか不穏な空気を滲ませ、目的地に着いても、新婦の遠い親戚と名乗るジェイを見知っている者は誰もいなかった。結婚式前夜、ジェイは屋敷に押し入り、新婦となるはずのサミーラ (ラヒカ・アプテ) に猿ぐつわを噛ませ、拉致する。誰にも見つからなければよかったが、ジェイは騒ぎに気づいた護衛を一人射殺せざるを得なかった。実はジェイはサミーラの親族でもなんでもなく、頼まれてサミーラを拉致しに来ていたその道のプロだった‥‥ 


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