The November Man


スパイ・レジェンド  (2014年9月)

言うまでもなくピアース・ブロスナンは、数多いる007を演じた役者の一人だ。私の年代では初代007に扮したショーン・コネリーの印象がいまだに強いとはいえ、役者によって007の印象が変わってくるのは当然で、見る人によってどの007がベストかという意見は変わってくるだろう。特に現ジェイムズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグの株はかなり高いと思う。


ブロスナンの場合は軽めの持ち味が特長で、ロジャー・ムーアの007に次いでややコミカルな印象があった。コネリーが宇宙に行くのよりブロスナンが氷のビルや北朝鮮に行く方が奇想天外という印象を受けたのは、やはり本人の持つ飄々とした雰囲気が与えるもののせいだろう。つまりブロスナンは、スーパーエージェントを演じさせるとクレイグのようなシリアスなタイプではなく、どうしてもマンガチックになる。それで一つのボンド像を確立したのだから、それはそれでありとは思う。


で、この「スパイ・レジェンド」、乗りがやっぱりブロスナンが演じた007なのだ。前半部のロシアでのカー・チェイス・シーンなんて面白いのは確かなんだが、なんでお前この状況でこんなに余裕かますかなと思ってしまう。それなのに同乗者は死んでも彼自身は傷一つ負わない。後半、ヒロインのキュリレンコを連れて見知らぬ街を徘徊しながら逃げるシーンでもそうだし、ホテルの中での銃撃戦になっても、あれだけの数を相手にしながらなんでお前だけ無傷なんだと突っ込みたくなる。せめてかすり傷くらい負え。あまりにマンガで、これでは007ですらなく、ほとんど「ザ・グランド・ブダペスト・ホテル (The Grand Budapest Hotel)」のホテルでのどたばたシーンを見ている感覚に近い。


むろんそこまでギャグか、007と100%同じかというと、微妙に今回の方が顔に渋みが入ってきた分ややシリアス味があるが、それでもあの007の印象はここでも健在だ。これはビル・グレンジャーの原作の色というよりは、やはりブロスナンの持ち味であろう。


かつてコネリーは、もうこれ以上はできないと言って自分からボンド役を降りたのに、結局また復帰してきて「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン (Never Say Never Again)」で再度ボンドを演じた。今回のブロスナンはジェイムズ・ボンドでこそないが、やっていることはほとんど同じだなあと思うのであった。不死身のスーパーエージェントは、一度演じると病みつきになってその味が忘れられなくなってしまうとか。


そういうシリアスなアクションとしてはかなり突っ込みどころが豊富な「スパイ・レジェンド」ではあるが、そういうものだと納得して見ると、それはそれで面白い。これは今のダニエル・クレイグ時代の007ではなく、ジョン・ル・カレ原作のスパイものでもなく、やはりブロスナンが体現した時代の007の焼き直しなのだ。要するに、スーパーエージェントのアクションを楽しむための作品だ。


私の女房がクレイグ・ボンド以前の007が嫌いで、絶体絶命、命に係わるというシーンでジョークの一つでもかまして余裕で窮地を脱するボンドが、バカかお前、という印象しか持てなくてどうしても好きになれなかったそうだ。その感覚もわからないではないが、すべての007作品を見ている私から言わせてもらうと、あれはあれで持ち味だから、そこを嫌いと言われては身も蓋もない。お約束の部分を、そこが嫌いと言われたら作品の存在理由がなくなってしまう。体質的に合う合わないというのもわからないではないが。


一方、そのブロスナンを囲む、特に女優陣は、ブロスナンとのバランスを考えてかシリアスめで、これまた007を彷彿とさせる。特にまったく笑わない女性暗殺者なんか、どう見ても意図的にブロスナンとの対比を考えているとしか思えない。ヒロイン役のキュリレンコも、精悍さが前面に出てなかなかいい。とまあ、私は結構楽しんだが、この映画、女房を誘わないで一人で見にきてよかったと思ったのも事実だ。一緒に見てたら何と言ったかだいたい予想できる。










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ピーター・デヴロー (ピアース・ブロスナン) は引退したCIAエージェントで、その辣腕さで彼が通った後には何も残らないことから、11月の男、ノーヴェンバー・マンと呼ばれていたが、今ではスイスの湖畔で小さなレストランを経営し、娘と共に静かな生活を送っていた。そのピーターに、元ボスのヘンリー (ビル・スミトロヴィッチ) が接触してくる。ロシアで次期大統領の座を狙うフェデロフ (ラザー・リフトフスキー) が、殺し屋を使ってエージェントや彼の戦争犯罪の過去を知る者を次々に消していた。そしてその証拠に最も近いエージェント、ナタリア (メディハ・ムシロヴィッチ) はかつてのピーターの妻であり、娘の母だった。ピーターはロシアに飛ぶが、追われるナタリアを救うことができず、ナタリアは死ぬ。しかも誤ってナタリアを撃ったのは、かつてのピーターの愛弟子で、手塩にかけて育てたものの袂を分かったメイソン (ルーク・ブレイシー) だった。死の間際にナタリアは、フェデロフの悪事の証拠を握っている女性アリス (オルガ・キュリレンコ) の所在を伝える‥‥


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