The Grand Budapest Hotel


ザ・グランド・ブダペスト・ホテル  (2014年4月)

ウェス・アンダーソンの新作は、あのキッチュな味わいがさらにパワーを増した、アンダーソン・ワールドが炸裂する。世にフィルムメイカーは星の数ほど‥‥はいないだろうが、それでも自称他称を含めて数万人は下らないだろう。しかし作り手の名を知らされずに作品を見せられて、それが誰の作品かを紛うことなく言い当てることができるほど特長のあるフィルムメイカーは、それほど多くはない。


まず真っ先に思い浮かぶのはクエンティン・タランティーノ、 それにデイヴィッド・クローネンバーグ、そしてアンダーソンももちろんその一人、というか、近年ではその筆頭と言える。あと、コーエン兄弟やウディ・アレン、ペドロ・アルモドバル、テレンス・マリック辺りも、何も知らずに見てもかなりの確率で彼らが撮ったと気づくと思うが、最初に挙げた3人が、一見してすぐにわかる特徴という点では際立っていると言える。よくも悪くも彼らは特徴のある映像作家なのだ。


「ザ・グランド・ブダペスト・ホテル」 は、そのアンダーソンの、これまでの集大成とも言える大作? だ。とにかく出ている面々がすごい。アンダーソン組と言えるビル・マーレイ、エドワード・ノートン、ジェイソン・シュワルツマン、オーウェン・ウィルソン に、今回、レイフ・ファインズ、F・マーレイ・エイブラハム、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブ ラム、ハーヴィ・カイテル、ジュード・ロウ、シアーシャ・ローナン、ティルダ・スウィントン、トム・ウィルキンソンといったメンツが絡む。これでいったいどんな作品になるのか、想像もつかない。


実際、話は非常に人を食ったもので、冒頭、現代? の少女がある作家の像の前に現れる。彼女が取り出したのはその作家が書いた一冊の本で、シーンが変わると、1985年、その中年作家がその本を書くに当たっての経緯を述べる。この時の作家に扮するのがウィルキンソンだ。作家の回想は1968年、ヨーロッパの由緒あるグランド・ブダペスト・ホテルに滞在した時の記憶に遡る。その時の作家に扮するのがロウだ。


ホテルは既に二度の大戦を経て、落ちぶれているとは言わないまでも、往年のような活気はない。作家はそこでミステリアスな一人の初老の男の知己を得る。その男こそ、ヨーロッパ一の金持ちにしてホテルの所有者である、ゼロ・ムスターファだった。ムスターファは作家に、彼のこれまでの人生を語り始める。そもそもの発端は1932年、彼がロビー・ボーイとしてグランド・ブダペスト・ホテルで働き始めた年だった‥‥


という、入れ子の中の入れ子構造みたいな構成で、しかもわざわざここまでする必要があるとも思えない。冒頭の女の子なんて、話をいたずらに冗長複雑にしているだけで、はっきり言って余計だ。しかしそれをアンダーソン節という点から見ると、こういうのこそたまらないというファンが大勢いるだろうということもわかる。話をいかに効率よく紡ぐか、ストーリーこそ要諦というハリウッドの金科玉条から言うと、アンダーソン作品はかなりメインストリームから逸脱している。そしてそれこそがアンダーソン作品の魅力なのだ。なんとも困ったものだ。


第一、主人公はグスタヴかゼロかそれとも作家か。作家なんて重要な狂言回しの役をあてがわれているのに、そもそも名前すらない。作品公式サイトで著書「ザ・グランド・ブダペスト・ホテル」の表紙を見ても、そこにも著者の名前がない。そんな本ってあるか。


話が始まってしばらくして、ようやっと本題とも言える1930年代の話になると、今度はスクリーンが昔懐かし1:1.33のスタンダード比になるという凝りようで、なるほどアンダーソン節は、かつてのハリウッド黄金時代のスラップスティック・コメディと乗りが同じなのだと知れる。


ここまでやるからには、本当はアレグザンダー・ペインが「ネブラスカ (Nebraska)」でやって見せたように、カラーではなくモノクロームで撮りたかったに違いないと思うが、そうすると今度は豪奢なグランド・ブダペスト・ホテルのせっかくの色彩を殺してしまう。それは嫌だということでとった折衷案が、スタンダード・サイズ、しかしカラーというものだったのだろう。


スタンダードにすると、スクリーンに人を二人以上入れてしかも適度な距離感を出すには、どうしてもカメラを引いてロングで撮らざるを得ない。しかし思うに、これまでもアンダーソン作品では、特にアップが多かった記憶がない。印象に残っているシーンというと、だいたい登場人物の全身が映ったロング・ショットだ。テイストだけでなくテクニカルな面でも、アンダーソンは昔の撮り方と相性がいいらしい。あるいは、そういうテイストにテクニカルな側面が付随していったのかもしれない。


実はテイストはまったく違うし、見ている途中はまったく思い出しもしなかったのだが、見終わって家に帰ってきて、この項を書こうとしてからなぜだかよく思い出してしまうのが、「レ・ミゼラブル (Les Meserables)」だ。「レ・ミゼ」はアップだらけで、それこそ似ている点は何もなさそうなのだが、実は両作品とも、登場人物がかなりの頻度で正面からカメラ視線になる。「レ・ミゼ」は観客に語りかけるものがあるからであり、「グランド・ ブダベスト・ ホテル」は、単純に登場人物がこちらを向いているだけ‥‥なのだろうか。彼らはあんな、切羽詰まった状況でものほほんとしているように見えて、実はその間の抜けた表情の裏側に、やはり訴えたいものがありはしないだろうか。


一方うちの女房は、「グランド・ブダベスト・ホテル」を見て、なんか「ファンタスティック・ミスター・フォックス (Fantastic Mr. Fox)」を思い出したという。それで、えっ、と思って、もしかして同じ人が作っているというのを知らないで見に行った? と訊いたら、え、そうだったの、という返事。要するに誰が見ても、「グランド・ブダペスト・ホテル」が「ミスター・フォックス」を作った人間が作ったとわかる、強力なテイストを持つ作品であるわけだ。アンダーソンは当分は唯一無二のフィルムメイカーとして活躍するものと思われる。










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1932年冬。グランド・ブダペスト・ホテル。コンシェルジェのグスタヴ (レイフ・ファインズ) は、ゲストを満足させるためなら老嬢との同衾をも厭わないプロフェッショナリズムによって、信頼を勝ち得ていた。特に大金持ちのマダムD (ティルダ・スウィントン) からの信頼も厚かったが、彼女の息子ドミトリー (エイドリアン・ブロディ) は、マダムDを亡き者にして、遺産を相続しようと企んでいた。マダムDの死去の知らせが届き、ロビー・ボーイのゼロ (トニー・レヴォロリ) と共に城を訪れたグスタヴは、マダムDが彼に贈与するはずの絵画「少年と林檎」を手にしてゼロと共に逃げる。しかし帰途の途中、ヘンケルス警部 (エドワード・ノートン) からマダムDの死は殺人だったことを告げられたグスタヴは、重要参考人として拘束され、刑務所に入れられる。一方ドミトリーはグスタヴが「少年と林檎」を 所有していることに感づく。グスタヴは仲間たちと脱走計画を練るが‥‥


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