DCコミックスの「バットマン」は、ネクラで、スーパーヒーローとしては異質であるがために、逆に幅広く人気がある。単独のスーパーヒーローとしては、同じくDCコミックスのスーパーマン、そしてマーヴェルのスパイダー-マンを合わせた3人が、アメリカ3大スーパーヒーローと言っていいかと思う。
「バットマン」の場合、主人公のバットマンことブルース・ウェインだけでなく、彼の周りのサブ・キャラに印象的なキャラクターが多いのが特徴だ。屈折した主人公に負けない、それ以上に屈折した悪役は、時にバットマンより魅力的なキャラクターとして登場する。そのため、彼らを用いたスピンオフも多く製作されている。
その中でも、これまでジャック・ニコルソンやヒース・レッジャーが演じて印象を残してきたジョーカーは、「バットマン」サブ・キャラの中でも1、2を争う人気キャラクターと言える。特に今年、ホアキン・フェニックスがジョーカーに扮した「ジョーカー (Joker)」は、アメリカでは成人向けのR指定の映画としては史上最高の興行成績を挙げるなど大ヒットした。
悪役だけでなく、味方だって負けてはいない。バットマンをサポートするゴードンをフィーチャーしたFOXのTVシリーズ「ゴッサム (Gotham)」だってあったし、今年CWで「バットウーマン (Batwoman)」も始まった。そしてもう一本、バットマンの忠実なる執事、アルフレッドを主人公に据えたのが、「ペニーワース」だ。
「ペニーワース」は、感じとしては「ゴッサム」に近い。両番組ともバットマンをサポートする立場の人間の若い頃を描くもので、やはりブルース・ウェイン同様、心に様々な鬱屈や煩悩を抱えた複雑なキャラクターとして登場する。悩んでいるのは主人公や悪役ばかりではない。
一方、同じくバットマン側の人間であり、時代も同じく1960年代頃を描いているとはいえ、「ゴッサム」が描いているのはゴッサム・シティ、つまりパラレル・ワールドのニューヨークであり、「ペニーワース」が描くのは、60年代のパラレル・ロンドンだ。
当時、どうやらまだそこまで大金持ちではなさそうなトマス・ウェイン (もちろん後のバットマンとなるブルース・ウェインの父だ) は、ロンドンで悪事を挫くための結社ノー・ネイム・リーグの一員として働いていた。ロンドンで政府の転覆を企む秘密結社レイヴン・ソサエティは、ウェインを排除しようと画策、たまたまウェインと面識のあったアルフレッド・ペニーワースの存在を知る。
アルフレッドは長らく務めた軍を除隊した後で、かつての仲間らと共にセキュリティ・ビジネスを発足させようとしていた。女優志望のエズメと恋仲になるも、ウェインを捉える近道と見たレイヴン・ソサエティによりエズメを誘拐され、彼女を返して欲しければウェインを連れてこいと取り引きを強要される‥‥
というのが番組第1回だ。その後長らく続くウェイン親子とアルフレッドの関係の、そもそものなりそめが明らかにされる。個人的にはアルフレッドというと、クリストファー・ノーランの「バットマン」トリロジーでアルフレッドに扮したマイケル・ケインが最も印象に残っており、次いでティム・バートン、ジョエル・シューマッハ時代のマイケル・ガフがいる。いずれにしても、どちらにも言えるのは、特に武闘派というタイプではないということだ。
しかし今回、アルフレッドの前身は英国陸軍の軍人であることが明らかになる。一時はナイト・クラブのボディガード/セキュリティとして暴漢を相手にしており、自分から率先して暴力に走るわけではないが、それでも降りかかる火の粉を払うためには、相手に銃を向けることも躊躇わない。
また、エズメとの関係が今後どうなるかは知らないが、なんとなくこれまでアルフレッドはシングルで、妻帯したことがあるとは思っていなかった。端的に、アルフレッドはゲイと思っていた。ところが番組第1回を見る限りアルフレッドは思想的にもセクシュアリティも、健全、というかごく普通、真っ当だ。それがウェイン、並びに英女王の要請もあり、ノー・ネイム・リーグを支える影の重要な人物としてウェインと行動を共にすることになる。アルフレッドは怒らせると怖い執事だったのだ。