Paterson


パターソン  (2017年2月)

「パターソン」はジム・ジャームッシュの新作だ。前回はティルダ・スウィントン主演のヴァンパイア映画「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ (Only Lovers Left Alive)」で、ヘンな題材、でも面白いかも、と思って見るつもりでいたら、公開は一週で打ち切りで、見逃した。 

 

特に今年は見るつもりでいたのに見逃したり、見る気になった時には既に公開を終わっていたりで、見れなかったというのが続いている。アン・リーの「ビリー・リンの永遠の一日 (Billy Lynn's Long Halftime Walk)」もそうだし、メル・ギブソンの「ハクソー・リッジ (Hacksaw Ridge)」も、ポール・ヴァーホーヴェンの「エル (Elle)」もそうだ。 

 

しかし、今回の「パターソン」は、ジャームッシュ演出の地元映画だ。ニュージャージー州パターソンは、私の住んでいるジャージー・シティから北西に約25kmほどのところにある古い街だ。マイナーな映画だろうとはいえ、これがパターソンの映画館で上映されないわけはないだろう。年明けすぐからマンハッタンでは限定公開されていたが、絶対そのうちパターソンに来る。パターソンでパターソンが舞台の「パターソン」を見る。これはちょっと、これ以上ない贅沢なのではないか。その時は、今度こそ間髪を入れずに公開したらすぐに見に行くと決めていた。 

 

パターソンは19世紀にシルク産業で栄えた街だそうで、そのせいで街中の至るところにレンガ積みの工場跡的な建物が点在している。労働力を賄うためにヒスパニックやアラブ系が入ってきたのだろう、比率で言うとアメリカでは2番目にムスリムが多い街だそうだ。 

 

街中をパセイク・リヴァーが流れ、滝になったグレイト・フォールズが名所だが、それだけで観光客を呼べるほど絶景というわけでもない。そのパセイク・リヴァーはパターソンを過ぎたフェア・ローン辺りで大きく右に蛇行し、そのためもあってかこの辺および下流のガーフィールドは、大雨が降るとよく川が溢れて家が浸水することでも知られている。 

 

パターソンは、かつては栄えた街だったのかもしれないが、今の印象は、寂れた、というものだ。かつて栄えた街ほどいったん寂れるとその印象が強調されるが、パターソンもその例に漏れない。街中にあまり活気が感じられないし、目抜き通りの商店街に空いたテナントが幾つもある。 

 

私と女房は日本でジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス (Stranger Than Paradise)」を見て衝撃を受けた世代なので、「パターソン」は一緒に見たのだが、マルチププレックスが入っているテナント・ビルが、人気がない。一階のパンケーキのチェーン店であるアイホップだけ人が入っているようだったが、その他は人もまばらで数えるほどしかいない。 

 

目的地の最上階の3階では、週末の日中というのにフード・コート擬きの飲食コーナーが半分閉まっていて、店も営業していない。いったい、今店を開けなくていつ商売するというのか。アメリカではあまり見ないバッティング・センターもある。そういえば日本でただ一箇所だけ知っている歌舞伎町のバッティング・センターは、まだ営業しているのだろうか。それにしてもバッティング・センターって、なんでああも場末っていう印象を人に与えるのだろう。 

 

っと、まあ、とにかく、つわものどもが夢の跡的な、もの哀しい印象を受ける街が、パターソンだ。そのパターソンに住む主人公パターソンは市バスのドライヴァーで、カメラはパターソンの運転するバスと共に街中をとらえる。それで特に栄えている街ではないことに気づくが、しかし現場に行くと、もっと空気が沈滞している。というか、時代に取り残された的な、今と別種の時間が流れているような感覚がある。さらに白人がそれほど多くない非アメリカ的な異世界感。ああ、ジャームッシュはこれに強く惹かれたんだなと思うのだった。この街自体に惹かれたからこそ、パターソンという街で、パターソンという名を持つ男が主人公なのだろう。 

 

だいたい、職場でも多くの場合ファースト・ネイムで呼び合うことの多いアメリカにおいて、主人公パターソンは職場でもパターソンと呼ばれている (パターソンがファースト・ネイムという可能性もないではないが)。妻は、ではパターソンをなんと呼ぶのかというと、名を呼ばないのだ。家の中では常に近くにいるため、名を呼ぶ必要がないらしい。話しかける時はいつも「You」になる。パターソンはパターソンなのだ。 

 

演じているのはアダム・ドライヴァーで、つい先頃「サイレンス 沈黙 (Silence)」で、宣教師となって18世紀日本で苦汁を舐めたのを見たばかりだが、今回はこんなに肩の力が抜けていていいのか。ドライヴァーが「パターソン」でパターソンという名のバス・ドライヴァーを演じる。洒落なのかなんなのか。 

 

妻ローラに扮するのは、「ワールド・オブ・ライズ (Body of Lies)」でレオナルド・ディカプリオのラヴ・インテレストの女医を演じていたゴルシフテ・ファラハニ。実はパターソンも、妻 (私は同居しているガールフレンドだとばかり思っていた) を名前でローラなんて呼ばない。こちらも常に相手が目の前にいるので、名を呼ぶ必要がないようだ。ローラという名だったのかというのは、家で情報をチェックしていて初めて知った。 

 

ドライヴァー自身はヨーロッパの色んな人種の血が入っているそうで、あの濃さを見ると、ネイティヴの血も入ってるんじゃないかと推測する。ファラハニもイラン生まれだ。他にも主要登場人物は黒人かインド系で、白人らしい白人は登場しない。かなり無国籍だ。留めが最後近くに登場する永瀬正敏で、ここまで来ると意図的に白人を出すのを避けているとしか思えない。白人出すくらいならイヌを撮ると決心しているようだ。しかし永瀬、見るのは「ミステリー・トレイン (Mystery Train)」以来か。あん時はプレスリー・ファンだったのに、今ではよれっとしたスーツ姿で詩を読んだりして、なんか歳とったなあ。私より年下だろうに私より年上に見える。 

 

永瀬が登場するのが上述したグレイト・フォールズで、やっぱりパターソンを撮るならここが背景に入らないわけがない。見ている時からこれは、と思った私は、上映終了後に女房共々グレイト・フォールズに足を運んで、ドライヴァーと永瀬を真似てパターソンごっこをして遊んだのだった。こういうことが気楽にできるのも、人も疎らなパターソンならではだ。この木のとこで永瀬が振り返ってうん、ふん、とか言ってたな、とかいって真似してみる。あー、ばっかみたい。 










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パターソン (アダム・ドライヴァー) はニュージャージー北部の、歴史はあるが今では寂れた町パターソンで、市バスの運転手をしている。一軒家に妻のローラ (ゴルシフテ・ファラハニ) と愛犬のマーヴィン (ネリー) と一緒に住み、唯一とも言える趣味は詩作だ。何気ない日常を生きる人々を見ながら、今日もパターソンの一日が過ぎて行く‥‥


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