On Body and Soul


心と体と  (2020年11月)

ここんとこ毎日世間の耳目を集めていた米大統領選もやっと終わり (まだ終わらせないつもりの者もいるようだが)、少なくとも少しはまだ未来に希望が持てそうな今日この頃、「心と体と」を見てみようと思ったのは、昨年だかわりと長い間公開していたのを覚えていたのと、一昨年に舞台となるハンガリーのブダペストを訪れていて親近感があったのと、最近の選挙疲れのストレスから、私らしくもなく、久し振りに恋愛ものでも、と思ったためだ。 

 

ブダペスト郊外の食肉処理工場に、臨時で品質管理の女性職員マーリアが配属されてくる。ただしマーリアは人付き合いが下手で、融通を利かせずばっさりと厳しい品質評価を下すので、同僚からほとんど疎まれていた。その上司に当たるエンドレは、美人のマーリアが気にならないこともないが、しかしその人当たりの悪さに、多少マーリアを持て余しているというのが実情だ。 

 

マーリアは人付き合いが悪いというよりも、これはアスペルガー症候群と断定してしまっていいんじゃないか。いずれにしても、これまで生きづらかったであろうことは想像に難くない。一方のエンドレは、人当たりは柔らかく如才なく立ち振る舞うこともできるが、右腕に障害を持っており、ほとんど動かない。つまり一方は感情的に、もう一方は肉体的に、障害を抱えている。 

 

その二人は、共に森の中で戯れる二頭のオスメスのシカの夢を毎晩見ていることが、会社の従業員相手のカウンセリングからわかる。二人は、多少のぎこちなさを伴いながらも近づきになり、エンドレは何もしないからと言って一緒に寝てみる提案をしたりするのだが、事は思ったようには運ばない。エンドレが積極的になろうとするとマーリアは引いてしまい、考え直したマーリアがエンドレを誘おうとすると、エンドレには既にその気はない。マーリアはこの世をはかなんで‥‥という筋書きだ。 

 

話の展開はスロウだが見てて飽きないのも事実だ。それよりも最初の方でぐっと来たのが、ウシを屠殺する工場の描写で、牛肉処理工場だから牛が殺されるのは当然ではあるが、しかし、微塵も慈悲を感じさせずに、機械のオートメーションのように、ウシの四肢が縛られ、首が切り落とされ、皮を剥がれ、吊り上げられて、解体される。思わず、見ていてぐっと来た。 

 

もちろんそこで働いている者にとっては仕事をしているだけであり、いちいち屠られるウシに感情移入していては仕事にならない。とはいえ、慣れてない者にとってはなかなか正視に耐え難いのも事実だ。昨年ヒストリー・チャンネルの「ザ・ブッチャー (The Butcher)」を見た時、吊り下げられたウシをサンドバッグ代わりに叩く「ロッキー (Rocky)」の時はほとんど何も感じなかったのに、それを切り捌く「ブッチャー」だとなかなか視覚的に強烈だなと思ったが、まだ生きているウシがケージに押し込められて情け容赦なく首を切り落とされる「心と体と」は、さらにそれに輪をかけて来るものがある。 

 

逆に言うと、必ずしも話の展開に直接関係しているわけではないこういう描写だからこそ、ある意味作り手が感じていること、言いたいことを暗に述べているとも言える。そういえば演出のイルディコー・エニェディは、出世作の「私の20世紀 (My 20the Century)」でも、ストーリーというよりもイメージ重視の作品作りをしていた。今回のウシといいシカといい、確かに感情に訴えかけてくるというのは言える。 

 

これらのウシやシカに較べ、実は登場人物の方は、特にそれほど親近感を抱かせない。主人公の二人は、女性のマーリアの方はアスペルガーで、本人の人間としての質はともかくコミュニケイションをとりにくいのは確かだろうし、男性のエンドレの方も、他人と距離を置くところがある。その二人が近づいていくことこそが純愛だろうとはいえ、第三者が介在する余地はほとんどなさそうだ。 

 

その他の人間は、手癖の悪そうな新入り、うざったい同僚、性格悪そうなカウンセラー、意地汚い刑事と、さらに近づきにはなりたくもない輩ばかりで、よく見ると実はこの映画、出てくる者は皆、性格に欠点がありそうな者ばかりだ。そういう者たちの仕事がウシを殺すことで、たぶん最も能率よくウシを屠って販売ルートに乗せることができる者が、最も評価される。そういった社会で、さらに肉体的精神的に障害持つ者同士の純愛を描く作品が、「心と体と」であるわけだ。 

 

一つ気になったのが、マーリアとすれ違うエンドレが、たぶん昔の恋人 (妻?) を呼び出してベッドを共にするシーンで、ことが終わった後エンドレは、一夜を一緒に過ごそうとする元恋人に対して、無情にも帰れと言う。もう夜だから泊まっていくという元恋人に対し、まだ11時だと非情に言い放つ。こんな自分勝手な男が本当にマーリアのことを思ってやれるとは、到底思えない。 











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ハンガリーの牛肉処理工場に臨時の品質管理スタッフとして配属されたマーリア (アレクサンドラ・ボルベーイ) は、厳格に基準を守って微妙な品質でもBクラスに落とすため、同僚からは評判が悪い。工場で責任者として働くエンドレ (ゲーザ・モルチャーニ) はマーリアに好感を持っていたが、決して人付き合いがいいとは言えず、他人と距離をとるマーリアを持て余し気味だった。ある時、工場に賊が押し入り、オフィスが荒らされる。全従業員が精神分析医のカウンセリングを受けることになり、最近の生活を微に入り細を穿って質問された挙げ句、実はマーリアとエンドレは二人共毎晩同じ夢を見ていたことが判明する‥‥ 


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