La LLorona


ラ・ヨローナ --彷徨う女--  (2021年2月)

ここまで我慢してきたのに、私の住むアパートの1階の住人からついに新型コロナウイルスの感染者が出た。若い女性3人がシェアしている物件で、若者がずっとアパートにこもり切りは難しいだろうとは思うが、しかし、ここまで来て、もう少し我慢すればワクチン接種率も上がって集団免疫が確保できるだろうに、今になって陽性か。 

 

私の住むニュージャージーのワクチン接種率は、現在25%というところだ。たぶん来月には60歳未満の住人も接種対象になるだろうと思われる。そうなれば私たち夫婦も晴れてワクチン打ってまた一歩日常の生活に近づける。ここまで来て、今、コロナに感染する気はさらさらない。 

 

しかし、彼女らの部屋は私たちのアパートの真下であり、廊下は共有スペースだ。重症化しているわけではないと聞いた感染した子は、たぶんマスクをして廊下に出て表玄関のメイル・ボックスをチェックをするくらいはするだろう。その時ウイルスが廊下に舞う可能性は、ゼロではない。 

 

というわけで、できるだけ廊下の空気を入れ換えるため、朝晩の散歩や外出時には、できるだけドアを開け放そうとしていた。そしたら、そういう時に限って、私たちのアパート・ビルの前で、スカンクが死んでいる。 

 

マンハッタンの摩天楼がすぐ川向こうに見えるとはいっても、こちら側のニュージャージーの高台側は、まだ結構緑が残っている。リスを筆頭に、アライグマも結構目にする。ドブネズミは見たくないくらいどこにでもいる。スカンクやグラウンドホッグも、そんなに頻繁ではないが、道を横切っていたりゴミ箱を漁っていたりするのを何度も見たことがある。 

 

うちの前で死んでいたスカンクも、メシを漁りに来てクルマに撥ねられたと思われる。最初、マスクをしているので気づかなかったが、ちょうど近くを歩いていた子供たちがわっと言って飛び退ったので何かと思って見たら、スカンクの死体だった。 

 

死体を見た瞬間には息を止め、すぐその場を離れた。しかし死体があるのがビルの目の前で、空気の入れ換えのために表玄関のドアを開け放つと、異臭が流れ込んでくる。あれは本当に臭い。翌朝には誰かが通報したのだろう、死体は撤去されてなくなっていたが、しかし、近くに立つとまだ異臭が残っている。あれは簡単にはなくならないのだ。 

 

というわけで、ウイルス疑惑は払拭できないまま、しかしドアを開けるとさらに問題の異臭が流れ込んでくるため、数日間は空気を入れ換えることもできなかった。ウイルスも怖いが、ビルの中にスカンクの異臭が充満するのはもっと怖い。感染の可能性より今現在の臭さが我慢できない。結局そういう今の要求のせいで人々は外食に出かけたりするんだろう。 

 

さて「ラ・ヨローナ」だが、今年のゴールデン・グローブ賞の外国語映画部門にノミネートされていたホラー映画ということで、気になっていた。それで調べてみると、たまたま同じ時期に、ほぼ同じタイトルの「ラ・ヨローナ --泣く女-- (The Curse of La Llorona)」という作品も提供されている。 

 

最初、てっきり同じ作品と思って、もう少しでそっちの方を見るところだった。中南米ではヨローナという幽霊伝承が至るところにあるようで、同時発生的に似たような作品もたまたまできてしまったようだ。日本で柳の下に幽霊という話がどこにでもあるようなものか。 

 

「ラ・ヨローナ」はそういう幽霊譚を、グアテマラに実際にあった、為政者による先住民族の大量虐殺事件と絡めて描く。要するに、差別、虐待、虐殺は、世界のどこにも、いつの時代にもある。現在アメリカでアジア系への差別や暴力が表沙汰になって問題になっているが、結局コロナはきっかけに過ぎず、根っこでは人は本質的に差別する。いかに民主主義とはいえ、いや、民主主義だからこそ、そこには必ず競争があり、競争があるところ、差別や敵対も必ずある。人が外に出られず鬱屈が溜まると、それまで蓋をしていたそういう憤懣がどうしても溢れ出てしまう。今回はその対象がウイルスを世界に撒き散らした中国人、ひいてはアジア系全般に及んだ。 

 

「ラ・ヨローナ」が評価されているのは、ショッカーに頼らない正攻法の演出だけでなく、そういう時代の雰囲気が今と合致していることも大きいと思う。グアテマラで起きたことは、つい100年ほど前までアメリカがネイティブ・アメリカンに行ってきたこととほとんど変わらないし、似たようなことは今現在も起きている。 

 

一方で、豪邸で使える召使い、特に女性メイドたちだけを見ていると、アルフォンソ・キュアロンの「ローマ (Roma)」を思い出して、一瞬懐かしいような気持ちになったりもする。しかしその「ローマ」でも、外の世界では暴動や騒乱があり、将来への不安があった。結構簡単に世界は平和や不穏に針は振れるようだ。 














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