In the Heights


イン・ザ・ハイツ  (2022年2月)

「イン・ザ・ハイツ」は、現在ブロードウェイで最も注目されている才能の一人であるリン-マヌエル・ミランダが手がけるミュージカルだ。こないだ映画監督として初めて演出した「チック、チック...ブーン! (Tick, Tick…Boom!)」を見たばかりだが、「イン・ザ・ハイツ」の方はプロデュースの方に回って演出は手掛けていない。 

 

とはいえ「イン・ザ・ハイツ」はミランダの事実上の出世作で、ブロードウェイでは作曲主演もしている。これがあったからこそ、一世を風靡した「ハミルトン (Hamilton)」に繋がった。ミランダとしては作品に愛着もあるだろうが、さすがに40歳という年齢では、主人公のウスナビを演じるのは無理があると判断したようだ。 

 

昨年、「イン・ザ・ハイツ」同様ブロードウェイのヒット作品を映像化した「ディア・エヴァン・ハンセン (Dear Evan Hansen)」で、ブロードウェイでも主演したベン・プラットが映画でも主人公を演じた。しかし、高校生を演じる20代後半のプラットがスクリーンでアップで映ると、話の内容やでき如何よりも、単純に無理があり過ぎるという意見が大勢を占め、大きくこけた。 

 

一方、私がストリーミングで見たのは年が明けてからだが、「イン・ザ・ハイツ」も昨夏公開されている。本当なら2020年公開予定だったが、コロナウイルス蔓延のせいで公開が延期されていた。それでも地元映画ということで公開時はかなり宣伝がかまびすしく、ニューヨークのメディアもよくとり上げていた。 

 

それが、公開とほぼ同時に誰も話題にしなくなった。むろんまだパンデミックの最中で、特に興行成績が期待されていたわけではないだろうが、それでも第三者の目にもはっきりと、これはこけたなというのがわかった。「ディア・エヴァン・ハンセン」と異なり、もしかしたらプラットより知名度で勝るミランダが主演したらまた違った結果になったのかもしれないが、いずれにしても、昨夏注目された、2本のブロードウェイ・ヒットの映画化は、共に大きく失敗した。 

 

個人的には、「イン・ザ・ハイツ」の失敗は、エスニシティにこだわり過ぎたことにあるように思う。むろん、ニューヨークでのマイノリティを描く「イン・ザ・ハイツ」は、それこそがキモで、そこを強調しなければそもそも作品の意義がないが、しかし今回に至っては、そのことが裏目に出たような気がする。 

 

自分の出自を大切にするのは構わないし、むしろ推奨されて然るべきだ。しかし「イン・ザ・ハイツ」の場合、あまりに殻にこもり過ぎているという印象を受ける。作品の舞台であるマンハッタンのワシントン・ハイツは、実際にラテン系が多く住む場所だ。私がかつて通ったシティ・カレッジは、そのハイツに片足踏み込んだような場所にあり、最初、同じマンハッタンでありながら、高層ビルの建ち並ぶミッドマンハッタンとの差に驚かされた。すぐ南は、今のように開かれているという印象がまだ薄かったハーレムだったというのもある。 

 

一度大学で泊まり込みの作業があって、夜、外に晩飯を買いに出たことがある。危ない目つきや足どりをした、ヤバそうなやつらがたむろしていて危険な雰囲気が濃厚で、できれば夜この辺は歩きたくないなと思わせられた。要するに、決して治安がいいとは言えない場所だった。「イン・ザ・ハイツ」は、主人公のウスナビが10年前を懐古するという体裁だから、私が経験した時代のハイツとそう印象は違わないだろう。 

 

もちろん、そういう場所だからこそ同じ民族が結束して生きていかなくてはいけないというのはある。しかし、何もそこまで白人を敵視しなくても、とも思ってしまう。そこまでラテン系が差別や蔑視されているものだろうか。それなら黒人やアジア系はどうなんだ。人種のるつぼマンハッタンが舞台で、なぜこうも画一的にラテン系しかいない? とかなり見る者に思わせ、なかなか感情移入しにくい。演出をミランダでなく中国系のジョン・チュウに任せたのはその辺の含みもあったかと思う。 

 

一方で作品の演出自体に関しては、ほとんど文句はない。主人公ウスナビがマンハッタンを引き上げて、故郷のドミニカ共和国に帰り、そこで子供たちに自分の若かりし頃を語って聞かせるという導入部が最後に反転する構成は、どんでん返しの本格ミステリ好きの私には大いにアピールするし、同様に、非常階段でのベニーとニーナの逢瀬の天地が移動するダンス・シークエンスの視覚的興奮は、ミュージック・ヴィデオではたまに見るが、フィーチャー映画では、これを効果的に使ったのはクリストファー・ノーランの「インセプション (Inception)」くらいしか思いつかない。 

 

スウィミング・プールでのシークエンスは、ヒップ・ホップではなく、往年のバズビー・バークリーのゴージャスないかにも白人的アップスケール・コレオグラフィをマンハッタンの公営プールで展開するという、これまた意外性抜群な面白さを提供する。これを非常に面白いと思わせるのは、白人ではないラテン系の、スタイルがいいという者ばかりではないダンサーたちのダンスだからというのもある。つまり、ラテン系ばかりという体裁、構造、キャスティングが、マイナスに出る面もあるが、プラスに出ると面白さを倍加させる。欠点も長所も含めて、「イン・ザ・ハイツ」は面白い。 


 








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ニューヨーク、マンハッタン北部のワシントン・ハイツは、ラテン系、端的にカリブ出身、それもドミニカンが多い、低中所得層が住む、お世辞にもおしゃれとは言えない町だ。ウスナビ (アンソニー・ラモス) はなんとか一旗揚げようとこれまで頑張ってきたが、経営している雑貨食料品店を畳み、故郷のドミニカ共和国に帰る決心をする。しかし惚れているヴァネッサ (メリッサ・バレラ) への思いも絶ち難く、親友のベニー (コーリー・ホーキンズ) やその他諸々の友人知人とも別れ難い気持ちもあり、心は千々に揺れる‥‥ 


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