Tick, Tick... Boom!


チック、チック...ブーン!  (2022年1月)

年末になるとミュージカル映画が封切られるのは例年の倣いであり、昨年はスティーヴン・スピルバーグによる「ウエスト・サイド物語 (West Side Story)」のリメイク「ウエスト・サイド・ストーリー」が、年末にかけてはミュージカルの話題を独占していたという印象があった。 

 

一方、昨年は「ウエスト・サイド・ストーリー」以外にも、「イン・ザ・ハイツ (In the Heights)」と「チック、チック...ブーン! (Tick, Tick... Boom!)」という、計3本のニューヨークご当地ミュージカル映画が公開された。 

 

ブロードウェイのあるニューヨークは元々ミュージカルと関係が深いが、この3本はニューヨークはニューヨークでも、芽が出なくて苦しんでいる金のない若者や、人種差別を受けている側が主人公という点で、一般的な恋愛もの、サクセス・ストーリーとはまた異なるものになっている。 

 

このことは、「イン・ザ・ハイツ」をプロデュースし、「チック、チック... ブーン!」を監督しているリン-マヌエル・ミランダと大いに関係がある。ブロードウェイで空前の大ヒットを記録したラップ歴史ミュージカルの「ハミルトン (Hamilton)」を作詞作曲主演したミランダは、今やブロードウェイを代表するスーパースターだ。 

 

しかし、「ハミルトン」以前はミランダとて無名であり、夢はあっても明日がどうなるかはわからない一介のミュージシャンに過ぎなかった。要するに「チック、チック、チック...ブーン!」の主人公ジョナサン・ラーソンと同じ思いをミランダも経験しており、「チック、チック...ブーン!」は、ミランダにとって他人事ではなかった。 

 

ラーソンは、90年代に一世を風靡したロック・ミュージカル「レント (Rent)」の作者だ。「チック、チック...ブーン!」は、ラーソンが「レント」を作る前に、売れないミュージカル作家として四苦八苦する様を物語った半自伝的ロック・モノローグで、これを踏まえて「レント」に繋がって行くまでを描くのが、今回の「チック、チック...ブーン!」だ。 

 

「レント」は、月々の家賃、レントを遅れずに支払うのにも苦労する、ヴィレッジに住む、金はないが夢はある若者たちを描くミュージカルだ。それまでにもオフ・オフで話題になっており、オフ・ブロードウェイに昇格、しかし、そのプレヴューの初日の前日の夜に、ラーソンは大動脈瘤破裂で死亡する。まだ35歳だった。 

 

ラーソンの死が作品の内容とも相俟ってマスコミの大きな注目を浴びたのもむべなるかなで、私は特にブロードウェイに詳しくも注意を払っているわけでもないが、当時大きく報道された「レント」絡みのニューズは、今でもよく覚えている。それまでにも作品自体注目されていたものが、その作者がオフ・ブロードウェイで上演される前日の夜に死ぬという悲劇性はまるでそれ自体が演出されたドラマのようで、マスコミの格好のニューズ・ネタになった。 

 

「レント」はラーソンの死の翌日にオフ・ブロードウェイでデビューしたわけだが、映画はその事実を伝えて終わる。ところで、現実にはその事実を知ったキャスト・メンバーは、訃報を聞いて急遽ただ舞台上で、全員椅子に座って歌うだけの、いわゆる通し稽古的な舞台でその日は終えようとしていた。しかし段々歌に感情が乗ってくると、本番さながらになって、結局、皆私服のままキャラクターに没入して舞台を演じ、最後には拍手と喝采が鳴り止まなかったそうだ。 

 

ハリウッド映画ならそこまでを含めて一本の作品にしそうなものだが、映画はその手前で、「レント」が上演される劇場を映して終わる。ミランダとしては、苦労して育ててきた作品が一つの作品として上演される、そのことが一つの節目、一つの達成という認識があったと思われる。「レント」は「チック、チック...ブーン!」の一部に含まれるものではなく、新しい章の始まりなのだろう。また、一つの作品をブロードウェイに乗せるということが、どんなに難しいことかを暗に示しているとも言える。 

 

昨年、ブロードウェイの大御所スティーヴン・ソンドハイムが死去した。映画ではそのソンドハイムにブラッドリー・ホイットフォードが扮しているのだが、そっくりなので最初本人が自演かと思ったくらいだ。よく見ると若過ぎる嫌いがあるし、別人と気づくが、それにしてもよく似ている。思わず死が間近なのを押して特別出演したのかと思った。「オール・ザット・ジャズ (All That Jazz)」を例に出すまでもなく、この世界の住人って、死ぬ寸前まで舞台の住人であるような気がする。 


 










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1992年。ジョナサン・ラーソン (アンドリュウ・ガーフィールド) は芽の出ないミュージカル作曲家演出家で、ニューヨークのヴィレッジの安アパートに住んで、近くのレストランで働きながら新しい作品を準備していた。しかしインスピレイションは簡単には訪れず、ガールフレンドのスーザン (アレクサンドラ・シップ) ともすれ違いの日々が続く。金欠になって親友のマイケルの伝手でフォーカス・グループに参加してもそれをぶち壊し、友人のフレディはAIDSを発症して入院、そしてスーザンも業を煮やしてジョナサンから去って行く‥‥ 


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